喪失1
俺は走っていた。
街中を当てもなくただ恐怖に囚われ走り続けた。
息が上がってしまい胸が苦しい、全身から汗が流れ落ちる。
おかしい……何かが変だ。
俺には一戦闘終えても汗ひとつかかない強靭な体力があるはずなのに何故だ?
俺は路地裏にふらふらと入り現状を把握する事にする。
俺の強靭な体力、それは契約した悪魔からもたらされた絶対の力、それがなぜか全て喪失しているのだ。
荒い息で信じられない現況に思わずつぶやいてしまう、
「何故だ……」
あの悪魔導師は俺の剣を破壊しただけじゃなく俺から全ての魔力を奪い去ったとでも言うのか、何の為に……
わからない、だが知らなければ何もわからないだけで終わってしまう、
「魔宮に赴け」
その言葉を思い出す。
魔宮に行けば俺の疑問の全てが解決されるのか?
魔宮はこの街の中心にある。しかし、悪魔の巫女が住む場所だ。そこは深い森に閉ざされて、悪魔の守護者が警備しているのだ。
前の自分ならそんな守護者など格下だ。
堂々と道を通り魔宮に赴く事ができたであろうが…
いや、現実問題としてこの街から自分の家に帰る事さえ困難な状況だ。
ここは悪魔の世界、デビルワールドなのだ。
全ての悪意に満ち溢れた世界、力無き者は力の前に服従を要求される世界なのだ。
単なる魔戦士にさえ怯えて逃げた俺にはここは地獄の世界なのだ。
荒い息が収まり、徐々に体力が回復して来る。
逃げ込んだ路地裏の光景が目に見えてくる。
そして俺を見つめる複数の視線に気付く、それはこの世界では最下層の住民達、鼠の擬人たるマウスマン達の視線だった。
前の俺ならこんな連中が束になってかかって来ても歯牙にもかけない無力な存在達、しかし今は……
俺は自分の体を探る。
武器が必要だ。心がそう告げている。
探り当てたのは一本のナイフ、それは戦闘用ではなく、単なる調理用に使っていた。弱い金属で出来た小さな刃だった。
俺はその小さな刃を握りしめ路地裏の赤い目達と対峙する。
マウスマンは小さい、大型の個体でも全高50㎝ぐらいの偽人種だがその小ささが武器になる事もある。
数で襲いかかるのが常套手段となっているのだ。
赤い目の光はその数を増している。
おそらくもう少し増えれば奴らは俺に襲いかかって来るだろう、俺はまた汗を流す。今度は冷たい汗が流れる。
戦うか、逃げるか?
その選択によって俺の運命が決まるのだ。
時間は止まっているかのようにもどかしく流れる。
緊張が破綻する瞬間がゆっくりと近づいて来る。
俺は覚悟を決めてナイフを握る。
戦って死ぬ、その誇りだけは失いたくないと感じたからだ。
眼前の赤く光る眼滝が、その光が大きくなる。
俺はナイフを構えその時を待つだけだ。
しかし奴らはまだ襲って来ない、やがて赤い光は数を減らして消えて行く、
何故だ……
俺は安堵しつつもその疑問の答えを求める為に背後を振り返る。
「あなた鼠相手に本気出してどうするのよ?」
背後には女の魔剣士が呆れたような顔で俺を見つめていた。