序章
稚作を不定期ですが連載します。
俺は何の為にこの世界で生きているのだろう?
それは俺が時々考えてそうして結論の得ない微かな疑問だ。
俺が生きている世界、それは悪魔達が支配する世界、そう、デビルワールドなのだ。
俺はこの世界を支配する悪魔の一人と契約を交わして存在しているのだ。
いや、その悪魔もこの世界を構築する創造主と契約を交わしていると言っていいだろう、それは神なのか悪魔なのかわからない存在だとしか認識できない、そしてその存在について考えるのはダブーとされているのだ。
俺の職業は剣士だ。
剣を武器に闘う戦闘の専門家だが、その職業のランク的にかなり高い位置にいる。
俺は暗黒剣士の称号を得ているからだ。
暗黒の称号はこのデビルワールドでは準最高位の称号なのだ。
『暗黒騎士』
『暗黒魔導師』
『暗黒の暗殺者』
そうして『暗黒剣士』は暗黒四天王としてこの世界ではかなり希少な存在なのだ。
俺の日常は契約した悪魔の指令がない限りはこの悪魔の創設した街でただのんびりと暮らすだけだ。
俺の暮らす街は『邪な街』契約した悪魔がそう命名した。
しかし、その名前とは裏腹に街は大きな発展を進めていて別に邪な暗黒面があるとは考えられない、戦争が起きない限り平和な街だと言えるだろう。
街には商店が軒を連ね、その住民は幸福そうに日常を楽しんでいる。
当然の様に酒場があり俺はそこに向かいながら考え事をしていたのだ。
酒場の扉を開けるとそこには数人の先客がいた。
「よぉ、リック、調子はどうだ?」
その中の一人が俺に声をかけて来る。
「最悪でも最低でもない……」
俺はその相手にぶっきらぼうに返事する。
「それならいいな……」
声をかけてきた相手はあきらかに俺を恐れている。
この髭を生やした歴戦の魔戦士でも勝てない相手がいる事を承知しているのだ。
「ダニエル、最近暇だな……」
俺は魔戦士の横のカウンター席に座り話しかける。
「ああ、天使側の攻撃があっても相手は雑魚ばかりで俺達まで召集されないからな、アイ様は同じく雑魚で対処するので充分と考えておられるのだろう」
アイ様と言うのは俺達が契約した悪魔の代理の巫女の名前だ。
「これだけ街の発展度が高いと天使軍単体では襲って来れないからな、雑魚同士のロストの仕合で相手の力量は理解出来るし、もうギルドの規模ではアイ様に対抗できる勢力は天使側にはないのだろうな……」
ギルドとは悪魔達による同盟関係だ。その中でもアイ様が率いる同盟はその規模、戦闘力共に突出して強いと語られている。
「聞いたか?新しいクエストが追加されるらしいぜ」
「ああ、何でも天使領域に侵入して神の息吹きを破壊する内容だったな……」
俺は注文したカクテルを飲みながら他人事のようにそう返事する。
「アイ様はそのクエストを達成させたいらしい……」
カクテルは高濃度のアルコールで急激に酔いが俺を襲う、俺は思わずグラスを握りつぶして、
「それは本当か!」
驚いて思わずダニエルに叫んでしまった。
「落ち着けよ、まだ決まったわけじゃないんだ。ただ難易度Sのクエストだ。アイ様は慎重に人選から始めているってのが噂だぜ……」
俺の頭の中ではその人選に自分が加われるかだけが最大の関心だ。
「難易度Sのクエストは最初の試みだ。難易度Aとレベルが違う、暗黒剣士であるあんたは難易度Aでも一人で片付ける自信があるだろうが、しかし未知を前にしてその自信はあるのかな?」
俺を挑発するように語るダニエル、自信、そんなものはいくらでもある。俺はこの街では最強の一人なのだからだ。
「人選の必要なんてない、俺一人で片づけてやる!」
俺は興奮して思わず席を立って背中の大剣を抜いて見せる。
暗黒剣、これで斬れ無い物は存在しないと言う伝説の希少アイテムだ。
黒光りする金属に魔法の文字が刻まれている。
俺が剣を抜いたせいで酒場内は喧噪に包まれる。
その時一人の老人が俺の前に歩み出て悲しそうな顔で俺を見つめる。
「な、何だじじい!」
鼠色のローブを羽織った老人は若々しい声で、
「アイ様は人選を行う、クエストに参加出来るのは五人、さて暗黒剣士よ、そのうち一人は既に決まっておる。それはわしじや、悪魔導師たるわしがあとの四名の人選を任さておる。じゃが期限がある。貴様が暗黒の上に到達すれば考えてやらんでもない、希少は更に希少になりて価値を持つ、なら最強を目指すのじゃ」
老人はそう言うと暗黒剣向かい手を翳す。
呪文の詠唱ののち暗黒剣は粉々に砕け闇に消え去る。
「真意が知りたければ魔殿に赴くがよい、辿り着けたら理解できよう…」
老人はそう言い残して酒場から出て行く、俺は無動き出来ない状態でその姿を見つめるしかない、何故か動けなかった。体中から冷たい汗が流れて落ちる。
悪魔導師、その言葉は知っていたがこれほどまでに強力な魔力の存在が理解できない、俺の心に恐怖が、今まで感じたことのない感情が湧き上がってくる。
「ふん、たわいもない……」
ダニエルの嘲笑と呼べるその言葉で俺は正気に還る。
酒場にいる全員の視線が俺を嘲笑しているのだ。
ここは悪魔の世界、そうだ。力無き者は嘲笑われる存在なのだ。
暗黒剣を失った俺はもはや暗黒剣士ではないのだ。
武器を持たない無力な存在なのだ。
恐怖がさらに増大する。
「さて、今までの貸を返してもらおうかな」
ダニエルが魔剣を抜いて喜悦の表情でそう言い放つ、凶暴な目でで俺を見つながら、全身が歓喜で溢れている。
「待ってくれ、俺は……」
しかし言い訳は出来ない、俺が強かった時はダニエルを散々虚仮にして遊んだ事があるからだ。
悪魔の世界、一見平和そうでも力が力で支配する世界、俺が強かったから支配する側だったと今更考えてもどうする事も出来ない。
俺に今できる事は……
俺は思わず酒場の扉を押し開け外に向かい走り出した。
もう逃げるしか選択の余地は残されていなかったのだ。