3話 10年後、本当の意味での始まり
神奈川県の某所にある住宅街、その一角にある一際大きな家の横にある巨大な倉庫の中で、平凡という言葉が似合いそうな大学生の吉樹浩二は、自分の車のトランクに荷物を詰めていた。
荷物というのは、水素ボンベである。浩二は昼間は大学に行き、夜はこうした怪しいものを運ぶ運送業をやっている。
荷物を仕舞い終わると、階段の近くにある机の上に置いてあった携帯電話が鳴った。画面を見ると、運送仲間の佐藤輝からだった。
「もしもし」
『……準備は出来た。今度の客は怪しい。念のため用意しておけ』
「そうか。分かった」
電話が終わると、浩二は携帯をポケットに仕舞い、机の引き出しの鍵を開けた。中には黒く光る拳銃が入っていた。浩二は仕事柄、ヤクザとよく絡む。護衛用にと前の仕事の報酬で貰った銃だった。何度か撃ったので、扱い方も分かる。
腰のベルトの部分にそれをねじ込むと、車のエンジンをかけ、倉庫を出た。
◆◇◆◇◆
道の至る場所に、警官が立っている。
10年前に起きた、とある事件がきっかけだった。
《行方不明者続出事件》最初はただの誘拐事件だと思っていた。が、数ヵ月後には被害者が10人を超え、世間が騒ぎ始めた。一番奇妙なのは、いつになっても、犯人の痕跡すら見つけられないことだった。
2015年に入ると、被害者はなんと1万人を超え、日本全土が警戒態勢に入った。自衛隊が慌ただしく街を駆け回る中、東京の中学校で恐ろしい事件が起こった。
大量殺戮事件だ。生徒の1人と、侵入してきた男の2人が銃をや手榴弾などを使い、生徒73人と教員5人、さらに駆け付けた警察官や自衛隊員合わせて50人以上が死亡し、負傷者も合わせると被害者が200人以上となる、過去最悪の大量殺戮事件となった。
この事件は犯人の射殺で幕を閉じた。が、死体を搬送中の車の中で、見張りをしていた警官は見てしまった。死体が欠片となって、一瞬で砕け散って消える瞬間を。
その現象を見てしまった警官は、政府の上層部からの命令で、ある場所に監禁された。太平洋沖に建設中の人工島、その中の政府が秘密裏に武器を制作する兵器廠の一室に閉じ込められた。
だが、どういうわけか、その人工島から生命が消えた。そして、情報が漏れ出した。
日本中がパニックに陥った。それに乗じて、テロリストたちが日本に上陸し始めた。それが分かったのは、翌年の2月に起きた、皇居爆破未遂事件だった。
政府上層部はこれを受け、遂に決意を固めた。何もかもを容赦無しに潰していく、最強と呼ばれ人間たちを集めた、最強の集団が日本へと上陸した。
死の部隊。ロシアのスペツナズの中でも精鋭と呼ばれる10人と、何かしらのエキスパートと呼ばれている最強の傭兵を10人。日本にいるテロリスト、それだけではなく様々な犯罪者を徹底的に掃討する為の特殊部隊だった。
17年の5月までに、全国に散らばっていたテロリスト73名を射殺或いは爆殺。それ以外にも、東京でヤクザの抗争に巻き込まれた時は、その場で武器を持っている人間を全員射殺すると言った行為なども行っていた。
世間は怒号が絶えず飛び交い、恐怖と言う闇に支配される。路地裏は血と硝煙の臭いが蔓延り、日本と言う平和な国が、悪夢の螺旋階段を下りていく。
◆◇◆◇◆
車を降りた浩二は、辺りを見回して溜息をついた。満天の星空に、綺麗な空気。千葉の某所にある山の中だ。
無論人は全くいない。依頼人が所有している山だと言う。明かりはあるが、それ以外は特に何もなく、不気味な場所だった。
そんなことを思っていると、車が走っている音が聞こえた。おそらく依頼人と仲間だろう。
銃に手をかけつつ、さり気なく携帯をいじっていると、間もなく車が浩二の前に停まった。中からは予想通り、仲間の3人と依頼人が1人出てきた。
「遅かったな」
浩二は少し笑いながらそう言うと、仲間の1人である薙咲雷希が、少々怒り気味な顔をしながら輝を指差した。
「こいつがヘマって渋滞巻き込まれるからよ!」
そう言ってる雷希を見て思わず苦笑した浩二は、依頼人をちらりと見る。20代ぐらいで、特に目立った風貌は無い。強いて言うならば、腕に黄色の腕輪を嵌めていることぐらいだ。
仕事上、名前は聞かないようにしている。裏世界では暗黙の了解で、不用意に名前などを聞き出そうとするものならば、たちまち病院送りだ。浩二も一度それを目の当たりにしたことがあるので、絶対に名前などを聞かない。
「荷物はこれで合ってるか?」
車のトランクを開け、中から水素が入ったボンベを取り出す。そしてそのまま依頼人の前に置いた。
すると、依頼人はいきなりそのボンベを蹴飛ばした。
「……何してる?」
後ろから輝が低い声でそう言った。辺りに殺気が充満する。
「お前、金も払ってない癖に、何商品蹴飛ばしてんだよ」
だが依頼人の男は微動だにしなかった。口元が、微かに動いた。
それを見ていた浩二は、咄嗟に車の陰に隠れた。
バンッ!バンッ!
森の中から銃声が聞こえた。
瞬間、依頼人が衝撃音と共に吹っ飛んだ。輝が蹴り飛ばしたのだ。
すると、全員が車の陰に隠れた。浩二の横には、輝でも雷希でもなく、いつも無口な桜木芽衣がいた。
「敵は4人」
おそらく銃撃の際のマズルフラッシュを見ていたのだろう。芽衣は4人の中でも動体視力に優れており、また身体能力も極めて高い。普段は無口だが、こういう危険な時はやたらと喋る。
浩二は銃を抜くと、素早く弾の状態を確認して、車の陰から森の中に向かって撃った。当然弾は当たらず、森の中からの銃撃が激しくなった。
「おい、敵はこの車ごと俺たちを吹き飛ばすつもりだ。急いでここから脱出」
輝の声が不意に途絶えた。振り返ると、依頼人の男がナイフで輝の心臓部分を刺していた。
血が噴き出しているのが鮮明に見えた。輝は目を見開いたまま、動かなくなった。
「シッ!」
芽衣が飛び出して行く。依頼人の男目がけて、隠し持っていたサバイバルナイフを投げつけた。だが、男はそれを弾き返した。手に握られていたのは、刃渡り50センチほどの短剣だった。
そのまま芽衣は依頼人の方へ突っ込む。素手で攻撃しようとしたが、それよりも一瞬速く、男の短剣が芽衣の首を穿った。
「雷希!」
咄嗟に浩二は叫んだ。だが、もう手遅れだった。
雷希の体には無数の穴が空いていた。おそらく回り込まれて銃撃されたのだろう。
と、そこで浩二は初めて気が付いた。自分が完全に囲まれていることに。
動こうとしたが、後ろから黒いものを突き付けられた為、手を挙げてその場で跪いた。
「お前が、吉樹浩二か」
女の声だった。見上げると、金髪の女がライフルを構えていた。
「……何で殺した」
周りには黒い戦闘服を着た3人と、依頼人の男が銃を構えていた。
「吉樹浩二、お前はあの事件のことを知っているだろう」
「あの事件……3万人近くが行方不明になった、行方不明者続出事件か」
「そうだ。冥土の土産に教えてやろう。私たちが、この事件の首謀者だ。そして実行犯は私たちと、16年に日本へ来た死の部隊の隊員たちだ」
「何が目的だ」
「それは、死んでからのお楽しみ。というわけで、さようなら」
パァン!という銃声が耳を劈く。後頭部が妙に生温かく、痛みももう感じることは無かった。
最期に見たのは、芽衣や輝、雷希の体が青白い欠片となって消える瞬間だった。




