27話 撤退
「倒れた……?」
珍しく、芽衣の顔には焦りが出ていた。
このままだと浩二が殺される。急がなきゃ。
そう思った時には既に、芽衣は宙に身を投げていた。
◆◇◆◇◆
「倒れたぞ!あの剣士め、何をやっているッ!」
朱雀は躊躇っていた。おそらくこのまま出ていっても瞬殺されるだけだろうと。
だが、すぐにその躊躇いは消えた。
「何ボケっとしてんのよ。行くよ」
凛とした顔でそう言った月菜は、既に戦闘態勢だった。
弓を構え、矢を放とうとしていた。
「浩二を助ける。その為なら命をかけるわ。何故なら、浩二は命の恩人だから」
「そうか。なら、俺も助ける為に溜めておいた大地の力を解き放つとするか」
「……何それ?」
「秘術、解放ッ!」
ドッ!という音と共に、朱雀が持っていた剣から黒色の粒子が飛び出していく。
その量は半端ではなく、先ほどの浩二よりも強い。
「嘘……!」
「さて、援護は頼んだぞ!」
朱雀は足に力を込め、その場を飛び出していく。
◆◇◆◇◆
「どいつも、こいつも、堕ちたな」
輝は振り下ろしたナイフを見て静かに呟いた。ナイフはしっかりと浩二の腕を突き刺していた。
狙いを逸らされた。そう思った時には既に刺した後だった。
刺し直そうと思ったが、そんな時間もない。
凄まじいスピードで、1人の剣士が、冥夜朱雀が突っ込んでくる。
「自殺志願か?」
剣を抜き、振り向きざまに斬りかかる。その間僅か、1秒にも満たない。
ギャッ!という音が響く。とりあえず、という感じで振っておいた剣だが、それでも十分な威力がある。常人なら胴体を真っ二つにするくらいの威力だ。
だがそれを、朱雀はいとも容易く防いだ。
「ほう。これは笑わせる……ん?」
ここで、朱雀の剣から放たれる属性の粒子の量が半端ではないことに気付く。
馬鹿な。そう思ったが、このまま何もしなければ間違いなく狩られるだろう。だが、スキルを解放してしまえば瞬時に決着がつく。いや、何を躊躇っているのか?
「隙あり」
ハッと、そこで輝は気付く。この瞬間、致命的な隙が出来てしまったことを。
だが、それがむしろ好機となった。輝は片方の青竜刀をさり気なく手放すと、瞬時にサバイバルナイフに持ち替えた。そして頭上から一気に振り下ろされるはずだった朱雀の剣は、見事に軌道が逸れた。
「何!」
黒い何かが、朱雀の剣の軌道を逸らし、見事に地面に突き刺さった。
「隙あり、だな。この厨二剣士が」
ザクッ、という音がした。朱雀の脇腹には、サバイバルナイフの刃が深々と刺さっていた。
だが、朱雀は笑顔だった。気味の悪いくらいの笑顔だった。
「……そういうことか」
バタリ。倒れた朱雀の下に血溜まりが出来上がる。気を失ったのか、ピクリとも動かない。ただ、不気味な笑顔だけはそのままだった。
そして輝はここで、スキルを使わざるを得ない。否、退却しなければならないことを悟った。
◆◇◆◇◆
「俺たちの目的は収束するか?いいや違う。お前たちは、裏切ったのか」
独り言のように呟いた輝の右側、10メートルほど先には、弓を構えた月菜がいた。そして左側、13メートル先にいたのは、バレットM82をまるでサブマシンガンのように軽々と構える桜木芽衣の姿があった。
「炎を司る呉射月菜。そして闇を司る桜木芽衣。お前たちは浩二を助ける為にここに来た。そうだな?」
低く、そして押し殺したような声。だが2人ともそれを意に介さず、ただ冷酷に輝を照準している。
「俺たちは意図的に敵にさせられた。だが俺たち同士での戦闘は、死に値する。違うか?」
「それを遵守してるのはあなただけよ。佐藤輝、あなたは何が言いたいの?」
「結論を言えば、俺たちの目的は何があっても吉樹浩二の殺害に収束する。だが、これは明らかに発散の方向に向かってはいないか?」
「根拠は?」
「そう急くな、呉射月菜。根拠をここで話す時間があると思えるか?それより1つ聞きたいことがある」
「質問を、質問で返すんじゃねぇよジジイ」
急に口調が変わった月菜を、輝は少し驚いたような顔で見つめた。芽衣も少し驚いてはいるが、表情には全く出ていない。
「ジジイか。そこまで老けてねぇよクソガキが。所詮炎と血しか操れないチビに用はねぇ」
「うっせぇよ。私はそれだけじゃない。暗殺者でもある」
「それがどうした。スキルを使わなきゃただの餓鬼だ。序列6位も、スキルがなきゃ叩き出せない。その神崩《獄炎ノ弓》も、スキルがなきゃまともに操れねぇ」
その輝の言葉が放たれた瞬間、月菜は弓矢を放った。炎を纏った矢は、神速の勢いで輝の胴体を木端微塵にしようと襲いかかる。だがそれはすぐに青竜刀で弾き飛ばされた。
「スキルを使うまでもない。所詮雑魚だな。だが、ここは撤退しておく」
青竜刀を収めた輝は、一瞬にして消えた。
◆◇◆◇◆
「してやったな……がはッ!」
朱雀は起き上がると同時に吐血した。
「喋らないで。今すぐトラックに戻って手当てするから」
口調が元に戻った月菜が、朱雀に肩を貸す。
痛みに顔を顰める朱雀は、落とした剣を何とか拾って鞘に収めると、月菜と共にトラックに戻る。
その様子をじっと見ていた芽衣は、ポケットからスリングを出すとバレットM82を肩から掛けるとその場で振り返り、倒れて動かない浩二の方に向かった。
「浩二……久しぶり」
囁く芽衣。だが浩二は目を覚まそうとしなかった。
その理由は、芽衣も良く知っている。




