16話 奇跡と悲しみ
「落ちつけ。とりあえず浩二、これでも飲め」
「……ソル、無事だったか」
「無事じゃない。左腕をやられた。が、一応動く。とにかくこれを飲め。脱水症状を起こされると困るとメグが言っていた」
「分かった」
ソルは水の入ったコップを浩二に渡した。浩二はバレッタM82を地面に置くと、水を一気に飲み干した。
すると、不意に力が抜け、視界が霞む。
睡眠剤を盛られたと気付いたのは、意識が昏倒してからだった。
◆◇◆◇◆
左腕を負傷したソルと手術を終えたメグは急いで浩二を運んだ。部屋の中には、未だに意識が戻らない少女と、脇腹に50口径の弾丸を撃ち込まれて重傷のレイが並んで寝かされていた。
「これは助からないわ」
率直に、しかし冷酷な一言が、部屋の温度を一気に低下させるような錯覚に陥った。
「太腿の銃創が致命傷だわ。動脈が見事に吹っ飛んでる。仮に塞いだとしても、もう間に合わない。輸血用の血液は、ここには無かったの」
「じゃあ……」
「このまま死ぬのを待つしかないわ。残酷だけど、もう諦めるしか方法はない」
その時、後ろで何かが動く音が聞こえた。ソルが銃を向けたが、ずっと気絶していた少女が起き上がる音だった。
「大丈夫か?」
ソルは銃を仕舞うと、起き上がる少女に声をかけた。少し痛みがあるらしいが、特に何かあるわけでもなく、平然としていた。
「ここはどこ?」
「南側の山脈の内側にある村だ。さっき死んだエピって奴と、そこで死ぬのを待ってる吉樹浩二の2人がお前を運んでくれた」
「何で助けないの?」
少女はベッドから降りると、寝かされて死を待つ吉樹浩二の方へ歩き始めた。
「失血よ。輸血用の血液はこの村に無かったの」
「待って、失血で死に掛けてるのよね?」
「そうだわ」
「なら、何とかなるかもしれない」
少女は腰につけていたポーチから、高さ10センチほどの透き通った深紅色の結晶体を取り出した。
◆◇◆◇◆
「奇跡だわ」
メグは唖然としながらそう呟く。死を待つ吉樹浩二の体に、どんどんと血液が送り込まれていく。
「今のうちに、太腿を縫合して。終わるころまでには、いつもの血液量に戻ってるはず」
少女はそう言いながら結晶を浩二の脇腹の近くに置いた。
「自己紹介が遅れたね。私の名前は呉射月菜。さっきの血液操作能力が私のスキルよ」
呉射月菜と名乗った女は、神崩である短弓を背中に掛けると、ソルに握手を求めた。
「よろしく」
「……あぁ、よろしく」
そして月菜と握手を交わしたソルは、部屋の出口へと向かった。
「メグ、エピの死体を回収してくる」
「了解。月菜、だっけ。あなたもついてってくれる?」
「分かった」
2人は外に出ていく。メグは浩二の傷の状態をもう一度確認すると、微笑んだ。
「久々に燃えてきたわ。この手術は絶対に成功させる」
◆◇◆◇◆
ソルと月菜は、月明かりが消えて星明かりだけになった外に出た。まだ血と硝煙の臭いが残る村の入り口には、血に染まった無数の肉片が転がっていた。
その中で、1つだけ原形を留めているエピの亡骸が横たわっていた。背中から2カ所、上の方の心臓の部分を貫いた傷が致命傷だ。ただ、背中から下腹部にかけての傷も致命傷ではあるが、即死に至るほどのものではなかった。
2人は手を合わせ、数秒ほどだったが目を瞑った。
「よし、運ぶぞ」
ソルはそう言い、エピを先ほどの部屋まで運んだ。月菜はそれを見て少し考え事をしたが、結局何も無かったかのようにソルについていった。