10話 ミラ軍第20特殊小隊
10分後、浩二はようやくエピの誤解を解くと共に、おそらく浩二と同じく地球から来たと思われる少女の手当てをした。エピは意外にも応急手当の方法などを熟知しており、そのための包帯や薬なども全て調達してきたという。
ちなみに、逃げ惑っていた兵士たちから徴収したものだと言うが、詳しくは聞かないことにする。
とにかく少女の手当ても無事終わり、一段落ついたところで、浩二たちはレーションを食べる為に焚き火を熾した。
死の瀬戸際から帰還して、さっきまで共に戦った少年と、こうして洞窟の中でレーションを食べ交わす。燃え盛る焚き火を見ながら、浩二は少しばかり笑っていた。
「どうした?」
エピが不思議そうにそう言う。だが、浩二は何も答えずに缶詰の中に入っていた肉を食べた。今まで食べたことのない味だったが、どこか懐かしい味だった。
だが、こんな時間が永遠に続けば、とは微塵も思っていない。何故なら、外は火焔地獄と化していたからだ。
解放軍が所持していたUAV、通称ジェノサイドドラゴンに搭載されているもう一つの兵器。ドラゴンブレスと言う名前の通り、大量の火焔を撒き散らす無差別殺戮兵器だ。当然、その炎で生きてる人間も死んでる人間も、燃える。結果として、おぞましいほどの悲鳴と凄まじい異臭が発生する。
その凄まじい異臭が、洞窟内にも入ってきた。人が焼ける臭いは、異常なほどまでに臭い。浩二は何とかその中でレーションを食べ終えると、水で流しこみ、空になったペットボトルを捨てた。
「エピ、この山の頂上まで、あと何分はかかる?」
テキパキと準備を進める浩二を見て、エピは少し笑いながらこう答えた。
「3時間はかかる。この臭い耐えられなくなったか?」
不意に浩二は手を止めた。そして、入り口の方を見てこう言った。
「敵が来る。しかもさっきのとは雰囲気が違う……特殊、部隊か?」
「そうみたいだな。とりあえず外出てそいつら片付けるか?この子供は、まだ起きそうもないし……?」
少女の顔に、少しだけ変化が起きた。
顔が歪んでいく。おそらく意識が戻ったのか、或いは魘されているのか。
後者はすぐに消えた。少女は目を開けるや否や、涙を流してこう言った。
「……痛いよ。助けて」
浩二は、瞬時に理解した。
おそらく少女は撃たれた時、そのあまりもの痛みで気絶をしていた。今まで痛みを全く感じていなかったのだ。
そして今、運悪く目を覚ましてしまい、銃弾が体に穴を開けた痛みを味わうこととなってしまった。
それを知った、いや知ってしまった浩二は、エピにバッグを寄越すと、紅剣だけを持って入口の方へと行った。
「どうするつもりだ?」
エピは半ば呆れていた。まるでこの現実が許せなくて勝手に凸して死にに行くのか、と言うように。
だが、今の浩二にはどうでも良かった。
「手短に話す。今からお前はその子を眠らせて、山頂まで運び出せ。俺が先に道を開く。3分経ったらすぐに移動する。いいな?」
そうして浩二は、エピの返事も待たぬまま外に出ていってしまった。
溜息をついたエピは、ポケットから小型のスタンガンを出すと、威力を最小限に抑えた状態で、その少女の首筋に当てた。
バリッ!という音と共に、少女はまた眠りについた。
◆◇◆◇◆
外に出ると、まず1人の黒ずくめの兵士がいた。その兵士は、浩二を見た瞬間に銃を向けた。
「何者だ」
そう言ったのは、兵士ではなく浩二だった。
口元に、冷酷な笑みを浮かべた。その瞬間、反射的に兵士は引き金を引いていた。
だが、弾は出なかった。正確には、銃自体が引き金を引く直前に分断された。それに気付いた兵士は、既に身も綺麗に分断されていた。
その光景を、200メートル先から見ていた9人の兵士は、恐怖した。
偵察で向かった、部隊内でも凄腕の隊員は、銃を撃つ間もなくあの男の剣によって殺された。
「あいつを……殺せ」
誰かがそう言った。そして怒りは力へと変わる。
「殺せ!殺せぇ!!」
1人がそう言ってあの男へ、吉樹浩二へと突撃していく。そしてそれを追うように、また1人。さらに1人、と。
冷静さを失った9人の兵士は、発狂しながら浩二目がけて銃を撃った。
だが、無意味だった。
浩二は姿勢を低くして射線をから逃れると、一番手前にいた兵士を躊躇いもなく斬った。血飛沫がすぐ後ろにいた兵士の顔に飛び散る。その事実を認識しているところに、浩二の斬撃がまた1人を殺していく。そして、そのまま剣を水平に持った浩二は、敵を薙払うように剣を振った。前にいた5人の兵士の胴体が分断され、鮮血と内臓をぶちまける。
残り2人。どちらも浩二の圧倒的な力に気圧されて戦意を喪失していた。片方の、デカい兵士に浩二は質問をした。
「どこに所属してる?」
質問をしたが、全く答える気配はない。
溜息をついた浩二は、立ち上がるや否や、その男の首を刎ねた。
「ヒッ!!」
もう1人の小柄な兵士が、悲鳴を上げた。
「質問に答えなきゃ、お前はこいつ以上にひどい死に方するぞ」
「分かった!何でも答えるから!命だけはッ!」
「よし、ではどこの所属だ?」
浩二はとりあえず剣を収めると、兵士は少し落ち着いた。
「……ミラ軍、第20特殊小隊。任務は、偵察だ」
「任務までは聞いていないが?……まぁいい。偵察とは、すなわちあのUAVの?」
「そうだ。あのUAVの調査だ。もし隙があれば、あれを鹵獲するはずだったんだ」
「鹵獲だと?馬鹿げてるな。そんなことが出来るのか?」
「出来る。山の上に、全ての通信機器を一時的に無効にする、EMP爆弾があるんだ」
「山の上?ひょっとして第20特殊小隊の隊員がまだいるのか?」
「俺を入れて12人。そして今日、お前によって8人が死んだ」
「そうか……。それは、済まなかったな」
浩二は再び剣を抜いた。すると兵士は俯き、こう呟いた。
「殺すならそれでいい。こいつらと一緒の場所にいたいからな。ただ、それならあんたに頼みがある」
兵士は顔を上げた。
「上にいる3人も、殺してくれ。出来るだけ苦しまないように」
その言葉を聞いた途端、浩二は思わず笑いそうになった。剣を構えると、浩二はこう言った。
「さっきと言ってることが矛盾してるな。残念ながら、お前には現実という地獄で苦しんでもらう。まぁ安心しろ。お前はまだ死なないし、これからもきっと幸せに生きていけるさ」
そう言った瞬間、浩二はその兵士が何か言う前に、鳩尾に蹴りを入れた。そしてすかさず首筋に手刀を叩き込み、気絶させた。
◆◇◆◇◆
「……終わったぞ。エピ」
後ろを振り返ると、いつの間にか少女を背負ったエピがいた。
「気配は消せない、か。済まないが話はある程度聞いた。山頂にもまだいるって?」
「らしいな。とりあえずここにレーションと水を置いていく。あと山頂にいる敵に関しては、3人だったな。そいつらは捕虜にしたい」
「捕虜?何するつもりだ?」
「おそらく俺の予想じゃ、上には衛生兵ががいるはずだ」
それを聞いたエピは、しばらく考えた後に、頷いた。
「そういうことか。浩二って意外と勘が鋭いな」
「そうでもない。行くぞ」
「待ってくれ!これが軽そうに見えて案外重いんだぞ?」
「さっき俺も持ったが、大した重さは感じなかった」
「じゃあ持て!持ちやがれ!」
「断る。行くぞ」
「おいだから待てコラ!」
エピと浩二、そして痛みに苦しんでいた瀕死の少女の3人は、山頂を目指した。