其のさん
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銀貨を指で弾きながら溜息がこぼれた。
これが夢であればと、何度思った事だろうか。それでも感覚という全てが現実だと語っているのに嫌気がさす。
「これが金ね。こんな狭いとこで、勉強させられるとは思わなかったな」
「これでも一等の馬車よ。感謝しなさい。姫様に」
真島隆也の前で腕組みしている女は――リネルと名乗っていたが、隆也は忘れている――蒼い髪をひとつに纏めている。
ありえねえ。蒼? 鎧に剣。次は馬車に銀貨ときたもんだ。これが、幸雄の言ってたロマンか。
「姉御。戻りやした。兄さんに似合う服と革鎧で」
「鎧まで? おいおい。俺は何か? 冒険者か?」
隆也が驚いているのをよそに、服を受け取ったリネルが睨んでくる。
「早く着替えて。説明を続けるから。冒険者って、そっちにも居たのね」
「いねえよ。つか、ここで着替えろと?」
「なに? 引き千切るわよ?」
なに、この馬鹿女?
「まあまあ、姉御。こんなんでも客人だ。片耳にしちゃまずいですって」
なに、このチャラ男?
「仕方ないわね。どこまで説明したかしら」
この馬車は狭いし、これが客人の扱いとか、最低な奴らだ。
高さだけはあるが、横幅がない。大人が四人もいれば、肘が当たるのを気にしなければならない。
幸いなことに、チャラ男が手綱を引いているから、実質二人か。確かに十分っちゃあ、十分だな。
「ユライルって国が、姫さんだろ? カクシカが巫女。自由すぎる国が、ティタニア。んで、村が近いから、服を買いに行った所で、金の説明を」
「そうそう。今の銀貨が一エル。銅貨が一〇〇テルで、一エルになる計算よ。一〇エルあれば銅紙幣一ピルになって、一〇ピルあれば銀紙幣一レルになるわ」
「あ? 一円、百円、千円、一万か」
服を着替え終わった隆也が鎧を睨んでいる。
「なにそれ」
「俺の国の紙幣価値。金の呼び名がめんどくせえが、わかった。実物はあんのか?」
「あるわ。さっきまで、エルがなかったけどね。お釣りあったし」
「見せてくれ」
銅貨も銀貨も雑だな。中心付近に混じっているだけか。パチンコ屋の景品みたいだな。紙幣も同じか。なるほどねえ。
「まあ、呼び名がわかんなくても、銅貨、銀貨、銅紙幣、銀紙幣で覚えておけばいいわ。貴族か、貴族と付き合いのある商人ぐらいしか言わないし」
「んじゃあ、説明すんな」
「なに? 姫様の気持ちを馬鹿にするわけ? 引き千切るわよ?」
「お前のことがわかってきたよ」
金を返しながらも思考する。「それじゃ、一旦、まとめるぞ」
主な国は三つ。
神唱国カクシカは神様万歳。
夢幻国ユライルは姫が美しい。
独走国ティタニアは自由すぎる。
酷いまとめ方だと思うなかれ、それしか説明されていないのだから。
「違うわ。姫様はとても美しいの。それを言葉で説明できていると思わないことね」
「お前が馬鹿だということはわかった。それで、ユライルに向かってるわけだが、今後の事を知りたい。俺に何を期待している?」
隆也の眼が細くなると、リネルは笑った。
「理解が早くて助かるわ。貴方の仕事は簡単よ。抑止力になって欲しいのよ」
「抑止力……って事はだ。その、俺らを召喚したとかいう」
「カクシカの巫女よ」
「そう。カクシカに対してか?」
「それだけじゃないけど、主にそれね。貴方には武力を期待している」
「なるほどね。ったく、めんどくせえ。幸雄の奴は上手くやってるのかねえ」
隆也が落ちたのは、幸いにしても村が近い草原であった。あの地震があった瞬間、道路標識が折れ曲がってきたのだ。幸雄を突き飛ばし、紙一重で避けられた事は幸運だと思っている。
草原でひとり、立ち尽くしていた所、この馬車が通りかかったので声をかけた。
それにしても第一声が“異界人だな”とは思っていなかったが。
*****
真栄田幸雄は爆笑していた。
「そ、それほど、可笑しかったでしょうか?」
真赤なローブを羽織っている女性は周囲に助けを求める眼を向けていた。
「いや、異界人ですからね。こちらとは常識が違うのかも知れません」
真青なローブを羽織っていた男性が渇いた笑い声を出している。
「ああ、笑った、笑った」
涙を拭うように目を擦りながらも、幸雄は二人を見た。「それで、真赤な巫女がニア様。真青のローブが」
「システィです。姫の護衛も兼ねているので、蒼のローブを着ています。普段はそこの者らと同じように、白のローブですが」
「そうですね。システィには苦労をかけます」
「いいえ。これも神の思し召し。本来であれば、カグラ様が同行されるのですが」
「私の我が儘です。本当に申し訳ありません」
ニアが頭を下げるのを見て、システィが慌てている。
「まあ、そんな事は置いといて」
幸雄が言うと、周囲の人間の視線が集まった。「失敗しちゃダメでしょ?」
幸雄が爆笑していた原因は、召喚に成功したものの“呼んだ場所がわからない”と言う事であった。
「確かに。肝が冷えましたが、こうして、ユキオ様に会えましたし」
「いやいや、もうすぐ死ぬ所だったけどね。まさか狙ってたとか?」
「あ、あれは、偶然です!」
システィの顔が真赤になっているのを見て、幸雄の溜飲は下がっていく。
さすがに考え過ぎか。命の危機を救ったから言う事を聞けぐらい言われるかと思ったが?
「システィの言う通りです。神の信託があったので、あの場所に向かったら、幸雄様とモールが戦っている様子でしたので、かなり慌てました。それと同時に納得もしました。幸雄様のお姿は、とても輝いておりましたから」
文字通り発光していた。
「まあね。やればできるかなあ? そう思ってたし」
幸雄が落ちた場所ではモールが争っていた。食物連鎖の一端を見た幸雄は、すぐさま木の陰に隠れた。
まあ、即座に見つかって、殺されかけたけど。こう、うん。中二病的に発光してみたら上手くいって良かった。
「あの光がなければ、発見は困難を極めていたでしょうね」
「そうですね。あの召喚時の膨大な魔素を考えると、幸雄様ひとりに対しては大き過ぎる気がしたのですが」
「ああ。僕一人じゃないと思うよ。その地震……じゃなくて召喚に巻き込まれたのは、後二人いるはずさ」
幸雄の言葉でニアが固まった。
「今、二人と?」
「そうだよ。ひとりは真島隆也。身長も君らぐらいある。僕の側に居たし、こっちに来てると思う。もう一人はどうだろ? 来ているかも知れないし、来ていないかも知れない」
ニアの眼が閉じられた。それを見て怪訝そうに幸雄が呟いてしまう。
なにをしてるんだろう?
「神からの信託でしょう。巫女はいつ信託を頂いてもいいように、準備をしておりますので」
まるで電波だ。常に待ち受け状態ってわけだ。
システィの説明を聞きながらも、幸雄は頷いている。
「システィ。異界からは三人来たようです。一人はユキオ様。そしてユキオ様が仰ったタカヤ様は、ユライルの使者と共に居るようです」
「ユライル?」
「国の名です。私達の召喚を知っていたようですね」
「生きているわけだね。もう一人は? 楓?」
「はい。その……ユキオ様のご友人なのでしょうか?」
ニアの顔が俯き加減になる。
「そうだけど……まさか!」
「いえ。生きています。生きていますが」
「居場所がわからない? 神でも?」
「いえ。わかっています。ステニアの谷に落ち、さらに落ちたと、神は仰っています」
「落ちて、落ちた?」
「はい。現在地はわからないと。ただ、生きている事はわかっているようです」
はあ。神も万能じゃないのね。それにしても楓も来ているわけだ。
「なるほどねえ。これこそ、ロマンだな!」