あ、あのですね、それはちょっと……
空が朝日のオレンジ色から変わり、気持ちの良い晴天になっている。
そんな空の元、俺は目を覚ます……のがいつもの習慣である。しかし、今日の俺はその習慣を外れ、さっきのいわゆるオレンジっぽい空の時に起きたのだ。
そんな時間に起きたあげく、いつもならだらーっとしながら朝食を食べているであろう時間の中、俺がいるのは苦労して入学した高校の教室である。
入学してもうすぐ一ヶ月。いま座っている席も見慣れてしまい、そろそろ新鮮味も欲しくなってくる。
まぁ新鮮味が欲しいからって、席替えをしたいわけじゃないけど。
なんたっていま俺が座っている席は、窓際の後ろから二番目。日当たりが良く、教師からは死角になる部分が多くあるベストポジションなのだから。
授業を思わずサボってしまう俺には、この上ないくらい良い席なのである。
ちょっとした欠点があるとするなら、購買まで行くスタートダッシュが遅れること。旨いものを食べようと思ったら、スタートダッシュで遅れるのは厳しい。うかうかしてると、あっという間になくなっちまうからなぁ。
そんなことを考えている内に、コツコツという足音が聞こえて来た。
しばらく待つと、教室のドアが開く音がした。そちらを見くても誰かは分かるのだが、やっぱり見てしまう。
突然だけど、自分が気にしている異性って、見るだけでどうしようもなくテンションが上がってこない?
こう、『なんでもやってやるぜ!』みたいな感じ。そういう時って、嫌なこととかもそんなに気になるようなもんじゃないよな?
さて、話を戻すと俺はいまそんな気分の真っ只中なのだ。教室に入って来た彼女を見るだけで、なんというかもう大満足です。
わざわざこんな朝早くに登校しているだけあって、余計にその気持ちが大きい。
あぁ、そうだった。挨拶でもしようかな。
「おはよう」
………言ったは良いけど、顔は合わせられない。い、未だにまだ慣れないんだよなぁ。
それに……
「…………」
無言でスルーされるって酷くないか!?
篠宮さーんっ?
せめてちらりとでも見てくれませんかねぇ!?
さっきまで舞い上がっていた気分は、一気に急降下しました。あ、墜落。なにかが壊れる音がする……。
もうこんな状態が四日間。月曜日……つまりはユキとゲッシュなるものを初めてした日の、翌日は挨拶すら出来ず、さらには一緒の空間に居るってだけで自ら退室した時に比べればまだ良い。
あの日、帰ってからまた同じゲッシュをし、火曜日からなんとか挨拶程度はしているのだ。が、さっきもあったように、完全な無視。それが週末の金曜である今日までずっと続いている。
ぶっちゃけると、いい加減、俺のココロも折れそうです。
「はぁ……先は長いなぁ……」
窓の外を眺めながら呟く。空は憎たらしいほどの快晴だ。
そういえば今週の月曜、初めてこの状況になった日もこんな天気だったっけ。
あの日の酷さといったら、もう穴でもあったら入りたいくらいに情けなかった。
そんなことを考えていると、いつの間にか篠宮さんは自分の席に向かっていた。
いつもながら、やっぱり綺麗な人だと思う。可愛い、より綺麗、美しい。そんな人からの好意がもし向けられたら、この世に未練はなくなっちまうかもしれん。い、いやダメだ。それだと、好意を向けられただけで終わりじゃないか!
やはり、男の夢はその先! ……いや、なにもやましいことではなく、幸せにそんな人と暮らしたいなというだけでして。
(本当、いまのままじゃどうしようもないな……)
好きとか嫌いとか以前に、無視されているのだ。これって辛いんだぜ?
俺は頑張るけどな!
まぁ……今は篠宮さんと例え静かでも、一緒の空間に二人きりでいる。それだけでも満足だ。
机でノートにペンを走らせている彼女を見ながら、俺はそんなことを思った。
俺が静かながらも幸せな時間を感じているというのに、それをぶち壊すやつが現れた。
「やぁ。おはよう、万年残念男」
「朝の挨拶がそれってどういうことっ!?」
教室の扉を勢いよく開けて叫んだのは、俺の友人だった。
いつにも増して俺の呼び方が酷すぎる……。
「いーじゃないか。そんなちいさい事を気にしてる時点で残念なやつなんだ」
「いやいや、そこ気にしない奴はそれこそ万年残念だろ」
「つまり自分は残念だと」
「どうしてそうなる!?」
朝っぱらからよくもまぁこんなに騒がしいな。
それに便乗して、思わずツッコミを入れてしまう俺も俺だけど。家に帰っても大抵ユキとはこんな調子だから疲れるのだ。
「って、あ……」
「ん? どうかしたか?」
どうかしたか? じゃねぇ……お前が来たせいで篠宮さんがどっか行っちまっただろうが! とは言えず、視線を篠宮さんが歩いていった方向に向ける。
「はっはぁーん。なるほど、なるほど」
「……なんだよ。分かったような顔しやがって」
「いやいや、苦労してんるんだなと思っただけだ。今日はどうだったんだ?」
「全っ然、ダメ。完全に無視されたまんま」
思い出すだけで、ため息が出てくるあの対応。マゾなんかじゃない俺からしたらただの苦行だ!
ちなみに、浅くない交友があるこいつには、俺が篠宮さんに好意を寄せていることは知られている。
月曜日の時点で見付かり、朝はまずギリギリに登校する篠宮さんと俺が居ることに疑問を持ちはしたが、そこはなんとかごまかした。
幼女の天使が〜、なんて言ってもそれこそ残念男とか言われそうだしな。
「そう気を落とすな。マゾのお前にはピッタリだろ?」
「俺はマゾじゃねぇからなぁ!?」
くっ…………それにしても、どうしてこいつはいつもいつも暇さえあれば俺をけなすんだ?
「なに、ただのスキンシップだ」
「スキンシップとは掛け離れてる気しか俺には起きないんだけど!」
「はははっ。悩め少年。世の中には、未知のことがまだまだたくさんあるのだからな」
「今の流れで悩むとこってなんですか。逆に聞きたいな、おい!」
「恋」
「ぐふぉっ……」
いや、そりゃ悩みまくってますけど。ユキが家に来て、その言葉に乗せられて簡単に恋が叶うとか思ってた日が懐かしい。
ではな、隆也。また後で会おう。
そう言って、やけにうるさい友人はクラス委員の仕事をこなしに行った。
まったく、あんなやつがクラスの代表を務めるなんて、世の中分かったもんじゃないな。
しばらくぼーっと窓の外を見ていると、こんな会話が廊下から聞こえてきた。
「ねぇねぇ、今日の宿題やった?」
「やった、やった。なかなか大変だったから、少し頑張ってきた」
「本当っ!? お願いっ、見せて!」
「またやってないの? 仕方ないなぁ……」
……やっべ、俺もやってねぇや。たしか学年全体に指示出されてたっけ?
うわ、さっきあいつに貸して貰っておけば良かった。
朝から宿題に追われるという、あまり嬉しくないイベントしか無いとは……。
どこまで出来るか、時間を見ながら逆算しつつ、俺はプリントにシャーペンを走らせていくのだった。
ユキの力は本物のよう。
だけど、肝心の篠宮さんは隆也を無視する……。
そんな関係でこの先大丈夫!?
そんな心配を持たせながら、少し姿を見せた隆也の友人くん。
ユキも加えてなかなか騒がしいキャラたちの中、彼らに力を借りながらもこれから恋のために隆也ががんばります。