それって本当に効きますか?
これはどうしたものか。
俺の感想はこんなものだった。とりあえず信用せずにはいられないが、かと言ってあまりのファンタジックさになかなか納得は出来ない。
しかし、ユキの言うシシン術とやらがなければ、俺の母親が見ず知らずの人物を……子供とは言え、家に入れるとは思えない。もし入れたとしても、やはり事情説明等はしっかりしてくれるはずだ。でなきゃ、あんたの人間性を疑うぞ、マイマザー。
それに、さっき行われた暴露大会。俺しか知らないはずの恥ずかしい過去が彼女の口から出てきたのは事実なのだ。昔からバカだった俺には、失敗談ばっかりでよく恥ずかしい思いをしたことがある。
まさかそれをこうも簡単に知られているとは……。
見知らぬ幼女は、いつの間にか得体の知れない幼女になっていた。
ようは接し方が分からないのだ。なにせ自称恋のキューピッド。つまりは天使のようなもん。
どこの電波幼女さまでしょうか。
俺はそんな人と出会った経験は、今までに一度たりともないっ!
いや、あったらそれこそ困りものですけどね。
ん……まてよ。
そういや、恋のキューピッドなんたらかんたらって言ってたな。それも俺の恋の。
だったら、それを証明して貰うという理由で、シシン術だかを使って確認してみれば良いんじゃないか?
もし本当にユキが恋のキューピッドならば、あの篠宮さんと、俺がきゃっきゃっうふふなんて事が簡単に出来るのではないだろうか!
それにこれって、なにげに俺に損はないんじゃないか?
もし期待ハズレでも、家が少し騒がしくなるだけで済みそうだし、一人っ子の俺には話し相手が出来るのはなかなか嬉しかったりする。幼女……の割には口調が若干変な人物と、話がまともに出来るのかは不安だけど。
そうと来たら、ここはもう細かいことは気にしないで納得すべだ!
男ならやっぱり器の広さというものが必要だろう。
軽く他力本願が入っているが、実はもうそれが気にならないくらい俺の恋模様は先が暗かったりする。
とにかく、なにかしら出来ないかユキに聞いてみた。
「なんでもというわけではないが、融通はそれなりに聞くはずじゃぞ?」
「マジで!? じゃあさ、篠宮さんと二人っきりになるくらいは出来るのかっ?」
「なんじゃそれくらいなら、簡単じゃぞ?」
「おぉ!」
それって場所によっては相当幸せなシチュエーションになるぞ!?
俺のテンションはそれはもう、一瞬で上昇した。
だってさ、考えてみれば分かると思うが、ただの片思いの女子と二人っきりになる機会なんてそうそうあるものじゃない。
どんなに頑張ってその場面を作ろうにも、女子は大抵グループで集まっていることが多いからまず無理。
話かけるにもままならない。
ましてや、例え二人っきりになろうが、なにかしらの事情でもなければわざわざ男と一緒にいる理由もない。
それがもしユキの力とはいえ、本当に出来るなら。
と、ここで少し気になることが生まれた。
「あ、でもよ。それって、どんな魔法を使うんだ?」
「魔法とは違うぞ。まぁ似たようなものじゃが。仕神術のうちの、わしの使うものはゲッシュじゃ」
ゲッシュ? まったく意味がわからん。なんですかそれ。何語だよ。
でも俺には理解が出来ないんだろうなー。仕方ないけど。
「具体的にはどんなものなんだ?」
「ゲッシュというのは契約じゃ。本人の望むことをする代わりに、対価としてそれ相応のものが必要じゃ」
「なんだよ、キューピッドっていうわりには対価なんて必要なのか?」
まるで悪魔の契約みたいだな。もしそうなら、魂とか?
いやいや、そんなのだったらいくらなんでも嫌だぞ?
夢を叶えた瞬間に魂抜かれてさようなら、なんて洒落にならなさすぎるし。
しかしまぁ当然のことながら、目の前の幼女は悪魔に見えない。自称するキューピッドにも見えないが。
こんなやつがもし魂とか抜くとしたら……あぁ、なんだかシュールすぎる。
俺はやたら可愛い顔に笑顔を浮かべて、おどおどしい魂を持ってるユキを想像した。
うん、意外に怖いかも。
「対価と言っても素人が考えるような、魂を貰うとはまた違うがの」
「うぐっ……わ、悪かったな、素人で」
なんでこうピンポイントで当ててくるのだろうか。ユキちゃん……恐ろしい娘!
俺はそうまでわかりやすいやつだっただろうか。
なんだか自分自身が普段どう思われるかが凄く不安になってくる。
それはともかくとして、だ。
「魂が違うなら、一体どんなものが対価になるんだ?」
所詮は素人の俺。
とくに趣味があるわけでもないので、そういった想像力は無かったりする。
そんな俺が他に何かを考えたとしても、まったくと言って良いほどなにも浮かばないのだ。
「それこそ、望むものによって変わるが、言動だったりものだったりと様々じゃな。例えば、さきほどわしが隆也自身に使った記録の読み取り。あれもまたゲッシュなのじゃが、対価として『対象の人物の警戒心を、ある程度まで解く』というものじゃ」
「なんというか、わかりにくい条件だな。そんなんで出来るのか?」
「不安になる気持ちはわかるがの。実際に出来ているのは、隆也、おぬし自身も認めたじゃろ?」
「ま、まぁそうだけど……」
あぁ、思い出すはさきほど俺がユキから聞かされた、俺自身の恥ずかしい思い出。あれを突き付けられては、ぐぅの音すら出なかった。
俺が普段から物事をかたーく考えるような人間でもなかった、というのも無くはないのかもしれない。
とにかく、なんだかんだで信じてしまってるんだよな。
俺の願望くらい叶えれる、という言葉に乗っかって!
「じゃぁ、もし俺と篠宮さんが二人っきりになれるなら、俺はどんなことをすれば良いんだ?」
「さっきも言ったが、それならとくに苦労もないはずじゃ。ちっと待っておれ」
ユキはそう言うと、おもむろに手の平を上にした両手を胸の前に持って来た。
そして、一言、
「ゲッシュ」
と、つぶやくと、途端に手の平に光が現れ、気付けばその手の中にやけに大きな本が現れていた。
黒表紙に角には金の装飾で痛みがこないようにしている。表紙の真ん中と背表紙には、金の印でなにかが書いてある。が、アルファベットにすら見えないそれは、俺には読めなかった。
ユキがゲッシュってつぶやいたってことは、これもその一種なのか?
行動が対価なら、どちらかというと儀式とかそういうのに近かったりするのか。
…………いやいや、頭もろくにないやつが考えてどうするよ。
間違った解釈する前に止めよう。
「それってなんの本なんだ? ゲッシュを使ったみたいだけど」
「察しの通り、ゲッシュによって引き出したものじゃ。
ここに記してあるものは、どれもゲッシュの内容と、それに対して求める対価じゃよ」
そう答えたユキは、ざっと見て広辞苑の二つ分くらいの厚さがあるその本を床に起き、バサバサとページをめくっている。
パラパラでもバラバラでもない。分厚さのせいか、そう聞こえるのだ。
「これじゃこれじゃ。……ふむ、なになに? 『日時、場所、対象とする相手を指定し、指定した前日の夜、睡眠を取る前に三十回、場所と相手の名前を唱える』となっておるな。ほれ、これならやりやすいであろう」
「いや、なかなか大変じゃないか、それ」
睡眠を取る前っていうと、多分眠気が来てからだろうな。
そこから三十回?
なかなか辛いな、おい!
「そうかの? 結構マシな条件なのじゃが……。他のものも知りたいか?」
「え? 条件っていくつもあるのか?」
「条件の選択肢じゃな。他の条件も見てみるか?」
「もちろんだ」
もしかしたらもっと楽な方法があるかもしれないしな。
「簡略して言うが……『ナンパ』」
「おい、いきなりなんだそれ」
「ナンパの対象は異性と同性の両方あるぞ?」
「そこじゃねぇ!」
「えっとあとは『公開告白』『覗き』『私物入手』『名前を叫びながら街中激走』『鏡の前で自画自」
「全ッ力で、最初の条件にさせて頂きます!」
「む、そうか」
やっばいやっばい……もしやったら、羞恥心で恋愛云々だなんて言ってられねぇぜ。
俺の目の前にある本にその詳細が書いてあるのだと思うと……おそろしいな。
「まだまだあるのじゃが……」
うぉい。それは聞きたくなかったぞ。
「いや、良い。あれで充分だ。さっさとゲッシュとやらをしとかないか?」
「それもそうじゃな。さて、それでは隆也、さっきわしがやったように手を前に出すのじゃ」
「こうか?」
俺は両手の手の平を上にして前に出した。床にあぐらをかいているので、立っているユキから見て、調度、顔の下あたりになる。
そうすると、ユキは満足げに頷いて自分の手を俺の手の上にかざした。
「まずは日時と場所、相手の指定じゃな。自分の口で言うことじゃ」
「わかった。そうだな……日時は明日の午前七時半。場所は俺の通っている教室。相手は篠宮楓さんだ」
実は篠宮さんと俺は同じクラス。しかし、篠宮さんは普段は学校に来るのが遅く、二人きりどころか話し掛ける暇すらない。……あの人、休み時間になるといつの間にかどっかに行ってるんだよねー。
その人が七時半、つまりまだ誰も教室に居ない時間帯に来るのなら、見事ゲッシュとやらは成立したというわけだ!
「うむ。たしかに聞いたぞ」
……この幼女は時々偉そうな態度をやたらと自信満々に言うんだよな。
今でも実に良い笑顔でこっちを見てきやがる。いや、まぁたしかに俺が頼る側になるのだろうけど、どうも釈然といかないものがね?
「どうした、隆也、仕上げじゃぞ」
「了解、了解。お願いします、自称恋のきゅーぴっどさん」
可愛いから反則なんだよなー。
そんなことを考えながら俺は、
「ゲッシュ」
本日何度目かのそれを、ユキが言うのを聞いていたのだった。