死者と生者の縁紡ぐ幼き神
――それぞれの世界は“泡”で包まれている。
その“泡”一つ一つは、“創造神”の神格を持った単一または複数の“神”によって創られ、それぞれの“泡”を創った“創造神”により管理されている。
“泡”自体は内に擁する世界を守るバリアである。
“泡”の中で宇宙が発生し、物質が生成され、そしてその“泡”世界独自の法則が生まれ、やがて生命が誕生する。
それがこの世界の法則。“泡沫世界”。
それらの泡一つ一つが何もない空間に浮かび、“基本的”には、その“泡”同士が重なることはない。
だが、ひとたび重なることがあれば、その“泡”の中の世界や大陸、異なる法則同士がぶつかり合い――大破壊が起こり、その重なった“泡”が双方ともに弾け飛ぶ。
それが“前提”。
しかし――ここ“地球”が存在している“宇宙”は、その“前提”が当てはまらない“唯一無二”の“泡”である。
それゆえ、“地球”では様々な神話体系の創造神が存在していた。例えば日本では造化三神。天之御中主神が“泡”を作り、高御産巣日神が物質を生成し、神産巣日神が生成された物質に魂を定着させ生命を作った。
そして日本国土を創造したのは、伊邪那岐尊、伊邪那美命。
当然ながら、上記の神が創造・支配しているのは“日本”のみ。
各地域ごとに、ヤハウェ、カオス、ブラフマー、女媧、マルドゥクなど――様々な創造神たちが混沌としているのが、“地球”を含む宇宙である。
通常“泡沫世界”ごとの神話体系は一つであるのに対して、何故“地球”には様々な神話体系が存在しているのか?
それは――
幾つもの奇跡・偶然が重なり合ったから、としか言いようがない。
何の偶然か、それぞれの神話体系を持つ複数の“泡沫世界”が一度に重なり合ってしまった。
本来ならば、そこまでの複数の“泡”が重なると、周囲の“泡沫世界”をも巻き込んだ“大破壊”が起きるはずだった。しかし、大破壊は起こらなかった。
何故なら、その各“泡沫世界”は似通った法則を持つ世界同士であり――尚且つ、“泡沫世界内部”の星々や大陸同士が奇跡的に重なり合うことがなかったためである。
似通った法則を持つ世界同士なので、法則が反発し合うこともなく、星々や大陸が重ならなかったことで、各所の大破壊も起きなかった。
奇跡の産物。
そうしてここ、“地球”を中心とした宇宙を内包する“融合泡沫世界”が出来上がったのである。
そしてこれは、そんな“融合泡沫世界”地球の一地域――現代日本では珍しい、神の力の衝突があり……そこから“生じた幼き神”が、神としての経験を積むための旅の記録の一部である。
───────
「ダイちゃん、このまま森の奥に進むの!
……そこから“声”が聞こえてくるの」
「……分かった」
“お母さん”から付けられた保護者――“お母さん”を守護する“四方天”の一角である“ダイ”ちゃんと一緒に、わたしは森の奥に向かっていた。
一緒に、というか“ダイちゃんの肩の上に乗せてもらって”というのが正しいの。
わたしはまだ成長期なの。だから歩幅的に森を歩くのには向いてないの。
ダイちゃんみたいに三メートルにまで成長できるかは分からない。けど、努力はしてるの!
お母さんに栄養満点の“牛乳”をもらって毎日飲んでるから……いずれはダイちゃんも追い越せる、と思うの!
そして“声”の元にたどり着く前に――
木陰から、ひょっこり熊さんが現れた。
大きさはダイちゃんと変わらないくらい?お腹が空いてるのかな?血走った目をしていて、涎をだらだらと垂らしているの。
「……獣か。退け」
ダイちゃんが少しだけ威圧を込めて、熊さんに言い聞かせる。
だけど……熊さんはダイちゃんの威圧が分からなかったのか、こちらに向かって突進し、腕を振りかぶってわたしを――
「ダイちゃん!殺しちゃダメ!」
「……言われずとも殺さぬ。己はオマエ――エンの母の“友人”でもあるのだぞ。
……アイツは無駄な殺生を嫌うからな」
ダイちゃんはそう言って、熊さんの攻撃を右の手の甲で軽々と払い除け――左手で本当に軽くデコピンした。
すると、熊さんは森の木々を破壊しながら随分遠くまで吹き飛んで行った。
「……ダイちゃん。あの子、本当に死んでないの?
あと、無駄に木々をなぎ倒してしまったの。今度“木気”のお姉ちゃんに謝るの」
「……うむ。殺してはおらぬ……半分は。
そして……木々に関しては己の落ち度だ。追求されたら謝っておく」
半分……。まぁ……大丈夫だと思うの。野生の熊さんだもん。
それから追求されないと謝らないの……。“木気”のお姉ちゃんには密告しておくの!
「エン……声に出ているぞ。密告はやめろ」
「分かったの。密かには告げずに、そのまま伝えるの!」
「……うむ、もう良い。己の方から謝っておこう」
さすがダイちゃん、誠実なの!
「ならヨシ!なの。じゃあ、このまま真っ直ぐ進んで欲しいの。
……そこに、呼んでる子がいるの」
「おう」
わたしたちは何事もなかったかのように、森の奥に進む。
やがて――たどり着いた大きな木の根元。
そこには……野生の獣に食い荒らされたであろう“人間”のご遺体が横たわっていた。死後数日程度……なの。
そして――
そのご遺体のすぐ横に……半透明になっている人が立って、しきりに助けを求めていたの。
状況から見て、この半透明の人が、このご遺体の魂だと思うの。
(誰か、頼む!僕に気付いてくれ!誰でも良い!この“薬草”を妻の元へ届けてくれ!
……!そこの大きな人!お願いだ……僕の“願い”を……!)
「……己には見えぬし聞こえもせぬが……エンが案内したということはいるのだな?この遺体の魂が」
「うん……ご遺体の損傷が激し過ぎて断言はできないけど……すぐ横にいるの。
お兄さん、こんにちは。お兄さんは何を“願って”いるの?」
(……!!お嬢さん、僕が見えるのかい!?ならば、頼む!僕の死体の懐に、全ての病を治せると噂されている“薬草”が入っている。それを妻の元へ届けて欲しいんだ!)
「その“願い”聞き届けたの。少し待つの」
ダイちゃんの肩から下りて、そのご遺体の懐を探る。
でも……全ての病を治すことのできる薬草、なの……。
確かに、この“世界”には神の権能を擬似的に扱える“魔導”と呼ばれる技術があったの。
創造神が一部の神力を“泡”の中に撒き、それを分解して“魔素”という物質を生成。
生物がその“魔素”を身体の中に取り入れ、外に放出する際に想像した現象を起こす“魔導”。
その生物が身体の中に取り入れることのできる“魔素”の量によって、“魔導”で引き起こせる現象の質が上下し、一定時間が経つと、“魔素”によって引き起こされた現象は再び“魔素”に還る。
それが、この“泡沫世界”の創造神から伺ったこの世界の法則なの。
だけど、彼の懐から出てきたのは――ある程度の怪我を癒せるくらいの“魔素”が宿った薬草。
たぶん、彼は藁にもすがる思いだったと思うの。
でも――
「……お兄さん。たぶん、この“薬草”では……難しいかもしれないの……」
(どうして!?確かにその薬草は、最近出会った冒険者から聞いた――“万能の薬草”と特徴が一致しているはず……!)
「もしかしたら、だけど……その冒険者さんの時は“そう”感じてしまうくらいの効力だったのかもなの……実際にある程度までの“怪我”なら治せるくらいの“魔素”は感じるの。でも、病までは……なの」
(そんな――)
お兄さんの魂が絶望の色に染まる。
でも――お兄さんが“死んでしまっても”、成し遂げたい“願い”があったから……わたしが導かれたの。
「お兄さん、安心するの。だから、わたしが“ここ”まで来れたの。
お兄さんの願いは――“死者と生者を繋ぐ”神である、わたしが聞き届けたの!じゃあお兄さん、一緒に奥さんのところまで行くの」
(え?お嬢さんが神様?でも、その薬草では治せないんだよね……?それに……何故か僕はこの場所から動けないんだ……)
確かに、“地縛霊”みたいになってるの。
たぶん、その“薬草”を妻の元へ持っていかねば、という強い思いが、“薬草”があるこの場所への未練になってるの。
だけど――
「わたしは“死者と生者を繋ぐ”神なの。この程度のことは“おちゃのこさいさい”なの!」
わたしがそう言って、半透明のお兄さんの手を引っ張ると……お兄さんは一歩、二歩と歩き、その場を離れることができるようになった。
(え……?動ける?それに今、僕に触れて……お嬢さん、貴女はまさか、本当に――)
「良いから!急ぐの!」
ここでグダグダやってて奥さんが手遅れになったら元も子もないの!
さぁ、急いで!
いそ――!!
……。
…………。
「……このお兄さんのお家、どこにあるか知らないの」
何故かお兄さんが勢いよく滑り、ダイちゃんがため息をついた。
このお兄さん……少し前まで地縛霊だったくせに、ダイナミックな動きをするの。“優”なの!
*
「ほぉほぉ、なの。お兄さんのお名前は“サイラス”って言うの」
お兄さん改め、“サイラス”さんが住んでいた村まで案内してもらう。
わたしが手を引いた時点で地縛霊化は解けてるので、サイラスさん自身に案内してもらってるの。ついでに言うと、やっぱりわたしの歩幅だと森歩きは厳しかったので、結局ダイちゃんの肩に乗せてもらっているの。
それにサイラスさんの“声”に導かれて、いきなりここの森に降り立ったから、この辺りの地理が一切分からないの。
“神”としての経験を積むための第一歩目から、いきなり問題点が炙り出されたの……。
次からは周辺地理を確認の上、降り立つことにするの。エン、覚えた。
「じゃあ、こちらも自己紹介するの。わたしは“縁”なの。“お母さん”に“名付け”てもらった正式な神名もあるけど、長いから割愛するの。
そして、こっちの大きな男の人は“ダイ”ちゃんなの。“ダイ”ちゃんの本当のお名前も割愛するの!」
「……エンと違って己の名はそこまで長くないが……許容しよう。“ダイ”だ。
ちなみに己にはオマエは見えておらんから、何かあればエンを通して伝えてくれ」
(よろしくお願いします。いえ、それにしても……ダイさんは大きいですね……普通の人間の二倍くらいの身長ありますよね?巨人族の方ですか?)
「巨人族?この“世界”には、そういう種族もいるの?」
(えぇ。僕は見たことはありませんが、峻厳な山地を住処にしている希少な種族だと聞いたことがあります)
ふむふむ、なの。やっぱり生まれ故郷と違う“泡沫世界”だと法則も違えば、種族も変わってくる、ってことなの。
もちろん大気組成も違う可能性が高いから、違う“泡沫世界”に元の世界の“誰か”を召喚しようと思ったら、“自然”の影響を受けなくなる“上位精霊級”以上推奨なの!
だけど、他所の“泡沫世界”に“偏在”して誰かを召喚するような“神”はお母さんくらいなの。おかげでわたしは助かってるけど、なの。“四方天”の誰かが付き添ってくれるのはとても心強いの!
「ダイちゃんは巨人族ではないけど、ここでは巨人族ってことにしておくの!」
「……うむ」
(巨人族ではないのですか……とはいえ神様と一緒に行動しているってことは、それに近しい存在なのでしょうね)
「サイラスさんは頭の回転が早いの。ダイちゃんは“神”に近い存在で間違いないの」
“四方天”のうち、ダイちゃんともう一人は“上位半神級”。二柱は“下位神級”なの。
だけど……お母さん次第では、ダイちゃんたちの格が上がるのも時間の問題なの。
お母さんはあちこちで色々とやらかしてるから……“お母様”も頭を抱えていたの……。
そうこうしていると森を抜けたみたい。視界が開けたことで、ようやく少し遠目に村のようなものがあることが分かったの。
(あそこが僕の住んでいる村です。……まさか……こんな状態になってまで戻ってこられるなんて……)
その時――一瞬サイラスさんの半透明な身体が少し揺らめいた。
「サイラスさん、気を強く持つの。そうしないと……魂が地上から離れそうになってるの」
どれだけわたしの“権能”で留めていたとしても……それ以上は本人次第になっちゃうの。無理に留め過ぎちゃうと、“魂”自体が損傷する可能性があるから、要注意なの。
(……申し訳ありません……生まれ育った村に帰ってきたら……何だか安心して……)
「サイラスさん。奥さんのことを“想う”の。サイラスさんはこのまま、病気の奥さんがどうなるか見届けないまま旅立って良いの?」
(……!!いえ……せめて、“ミリル”が回復するまでは――僕は旅立つわけにはいかない!)
……うん。何とか安定したの。死した者を地上に留めるためには励ましも必要なの。
それがわたしの――“神”としての役割なの。
サイラスさんを励ましながら、進んで行くと――やがて、簡易的な木の柵で囲まれた村にたどりついた。
これまた簡易的な木でできた門には一人の若い男の人が門番をしているみたいで……近づいてくるわたしたちをあからさまに警戒していた。
「そこの……大男。そこで止まってくれ。この村に何の用だ」
門番の人は手に持った槍を構えながら、とても警戒している様子なの。
……どうしよう、なの。死者と生者を繋ぐことばかり考えていたから、こういう場合どうすれば良いか判断がつかないの……。
(マイル……僕の声が届きさえすれば……)
「マイル?」
この門番さんのお名前かな?
「……何故、俺の名前を知っている?」
わたしの見た目なら警戒されづらいかもなの。一旦ダイちゃんから飛び降りて、っと。
「サイラスさんからの頼まれごとを解決しにきたの。だから村の中に入れてほしいの」
「サイラス!?頼みごとって……!アイツは一体どうしたんだ!?森に入っていった後、何日も帰ってきてないんだぞ!昨日も村の男衆で浅いところを探してみたが、影もかたちもなかったんだ……」
この村の規模なら、森の浅い部分でさえ探索は大変だったはず。サイラスさんはこの村でずいぶんと信頼されていたようなの。
「……サイラスさんは亡くなったの。でも、そのサイラスさんから、奥さんの病気を治せる薬草を託されたの。だから……奥さんの元に案内してほしいの」
「亡くなった!?あぁ……サイラス……!お嬢ちゃん、本当に……アイツは死んじまったのか……?」
「……本当なの。森の奥の方で……獣にやられてしまったようだったの。そこで奥さんの病気のこと、その病気を治せる薬草のことを聞いて、託されたの」
「じゃあ、本当に、アイツは……ここで少し待っててもらっても良いか?アンタらは普通の人には見えないから、俺じゃ判断できない……。村長にそのことを伝えてくる」
マイルさんはそう言うと……心配になる足取りで村の奥に向かっていった。
門番が一人しかいないのに、要警戒人物から目を離してしまっているの……。それだけショックな出来事だったんだろう。
(ミリルもマイルも幼なじみなんです。マイルは腕っぷしが強くて自警団と門番を兼任していて……僕は弓が得意だったから狩人になって……あぁ、マイルにも……もう、会えない、のか……)
その時再び、いや、さらに強くサイラスさんの半透明の身体が揺らめいた。
「サイラス!気を強く持て!なの!」
(……はっ……!申し訳ありません……)
これは早く終わらせないとマズい、かもなの……。
この世界の“魂”は、創造神の神力から作られた“魔素”を固めて形作られているの。だから……“魂”――人としての意識を保っていないと……“魔素”に還っちゃうの。
わたしが内心じりじりとしていると、マイルさんががっちりとした体格の五十代ほどの男性を伴って歩いてきた。
「お待たせしました。あなたたちが、サイラスの最期を看取った方々、ですな?
……見張りがいなくなっても、その場に律儀に留まっていただけている。それだけでも十分信用できそうです。それに……どちらにせよ、そちらの男性に暴れられたら……この村ではどうしようもありますまい。
……マイル。見張りは一旦、私が受け持つから……案内してあげなさい」
「村長……分かった。サイラスとミリルの家はこっちだ。ついてきてくれ」
マイルさんに続いて、村の中に入る。
簡素な木造の家と畑がそれぞれセットになっているようなの。
そんな村の中を歩くわたしたちに、マイルさんが声をかけてきた。
「俺の名前を知っていたのは……サイラスが何か言っていたのか?」
「うん、なの。幼なじみで腕っぷしが強かった、と聞いたの」
「死に際にまで……俺のことを話してくれたのか……」
(マイル……)
声を震わせるマイルさんを見て、改めて自分が死んでしまったことを自覚した面持ちになるサイラスさん。
「……それで……サイラスは本当にあの“薬草”を見つけたのか?」
「冒険者が言っていたのと“同じ薬草”は見つけられたみたいなの」
「そうなのか……。正直に言うと……そんな大層な薬草がこんな辺鄙な村の近くにあるとは思わなかったんだがな……。それでも、アイツは見つけた。ミリルのために……。こんなことになるなら、俺もついて行けば良かった。そうすれば、サイラスも死ななかったかもしれん……。
あぁ……ミリルに何と伝えれば良いんだ……」
悲嘆にくれるマイルさんについて歩いていると、品の良い綺麗な家にたどり着いた。
「ここが、サイラスとミリルの家だ。最近、結婚祝いに村のみんなで建てた家なんだ……。少し待ってくれ。
ミリル、俺だ。マイルだ。……サイラスを見つけてくれた方々が……伝言を持ってきてくれている」
マイルさんが数回ノックして大きく声をかけた。
すると――ドタバタとした音が聞こえて、扉から三十代から四十代に見える女性が顔を出した。
「マイル……!うちの子――サイラスはどうしたんだい!」
「おばさん……。こちらが、サイラスの……最期を看取った方たちです」
「最期――!?」
「おばさん!!」
女性はショックが大きかったのか卒倒してしまい、何とかマイルさんが受け止めていた。
(母さん……)
どうやらサイラスさんのお母さんのようなの。サイラスさんが急に居なくなったから、義娘の看病をしていたのかも、なの。
「……とりあえず中に入ろう。おばさんも寝かせないと……ミリル、お邪魔するぞ」
「ダイちゃんは大きさ的に入れなそうだから、外でお留守番しててなの」
「……うむ。お留守番呼ばわりは微妙だが……分かった。何かあればオマエの“母”の方に念話を飛ばせ。そちらから己の方へ連絡がくる」
「分かったの!」
ダイちゃんはお母さんの眷属だから、お母さんからしか念話を飛ばせないの。
わたしとお母さん、というか親しい神同士は、“神”に標準で備わっている“能力”を使って、お互いに念話でやり取りできるの。
ダイちゃんもそのうち“神級”に達するはずだから、それまでは“神”同士の念話能力はお預け。
ついでに言うと……他の“泡沫世界”の“言葉”が理解できるのも“会話”できるのも、その標準で備わっている“神”の“能力”の一つなの。
大変便利なの。
マイルさんに続いて家の中に入る。入ってすぐ広間、団欒に使うであろうリビングになっていて、台所と食事で使うテーブルや椅子、食器棚等が綺麗に配置されていた。そこから左奥と右奥に扉があるから、そのどちらかが寝室になっているんだろう。
たぶん……右奥にミリルさんがいるの。“死”の気配があるの……。
「右奥が家主たちの寝室で左奥は客室になっているんだ。少し待っててくれ。客室におばさんを寝かせてくるから」
マイルさんはそう言って、サイラスさんのお母さんを客室に運んで行き……すぐに戻ってきた。
「それじゃあ……改めて……ミリル、マイルだ。申し訳ないが、部屋に入らせてもらうぞ。ミリルに客人が来ている」
マイルさんが軽くノックをしてから扉を開く。
(ミリル……)
そこには、ベッドに横たわった女性がいた。
顔色は青白く、結構な量の脂汗をかいている。
そして――腹部が膨れているように見える。
どうやら意識も薄いようなの。聞こえてくるのはミリルさんの荒い息遣いだけ。
これは……“薬草”ではどうしようもないの……おそらく、“癌”。
違う世界でも、生物は異常細胞の増殖からは逃れられないのかも、なの……。
でも、“わたしにとって”は都合がいいの。異常細胞に“死”を与えてどうにかできるのだから。
わたしにはお母さんみたいに、ほぼ死んでいるような生物を、生き返らせるくらいの勢いで回復させることはできない。
逆に“お母様”のように高次元の生物に直接“死”を与えることもできない。
わたしが“死”を与えることができるのは、菌やウイルス、寄生虫、癌など……だけ。
わたしが持っているのは、お母さんとお母様の中間のような中途半端な力。
回復させることもできる、“死”を与えることもできる。だけど……お母さんとお母様には遠く及ばない程度の力。
だけど、だからこそわたしには、道反之大神おば様――現世と黄泉の境界に立つような特徴的な力が固有の“権能”になっているの。
死してなお叶えたい強い願いがある魂の元へ導かれ、死した者の魂を一時的に現世に留め、その魂の願いを叶え、快くその魂を黄泉に旅立たせる。
それが、わたしに与えられた“神”としての役目。
まぁ……お母さんは“役目とか気にしないで楽しく行こうよ”って言ってくれるけど……お母さんと“違って”、わたしは最初から“神”だったから……どうしても気にしてしまうの。
「少し診させてもらうの。マイルさん、ミリルさんの汗を拭いたいから、おしぼりを持ってきてなの」
「分かった!」
マイルさんが部屋を出てすぐ、ミリルさんの腹部に手を当てて状態を精査する。
やっぱり……癌なの。
(エンさん!ミリルは……どうかミリルを助けてください!助けていただけるのなら……僕の魂をどうとでもしてもらって構いません!!だから、どうか……!)
「……サイラスさん、何か勘違いしてるの。わたしは別にサイラスさんの魂をどうこうしようとは思ってないの」
うん……なの。誤解を与えないために、次からはしっかりと説明して事を進めるの。
「それに、これならわたしでもどうにかできるの。安心してほしいの」
(本当に!?では、早くミリルを……!)
「少し待つの」
マイルさんが戻ってきてからじゃないと、サイラスさんが命をかけてまで手に入れた“薬草”が、ミリルさんを回復させたって分かってもらえないの。
……そうじゃないと、サイラスさんが浮かばれないの。
“三位一体”の神であるお母さんから遺伝した力の一つ――“収納”から乳鉢と乳棒を取り出す。
なんでそんな物が“収納”に入っているか、なの?
お母さんが一時期、スパイスから作るカレーにハマっていた頃のものなの。ただ……途中から“やっぱりカレールー使った方が楽だな!”って使わなくなっちゃって……それをわたしが譲り受けたの。
そうしているとマイルさんが部屋に戻ってきて、おしぼりを差し出してくれた。
「持ってきたぞ!」
「ありがとうなの。じゃあ少しミリルさんを綺麗にしたいから、部屋から出て行ってなの」
「……何か若干辛辣なお嬢ちゃんだな……分かった」
マイルさんが出て行ったら、手早くミリルさんを綺麗にする。
ほんの少しだけど、和らいだ顔になったの。
「マイルさん、入っていいの」
「おう。……で?サイラスが見つけた“薬草”でどうにかなりそうなのか?」
「それに関しては使ってみるしかないの。
……これが、その薬草なの」
時間が経ってしまって、少し萎びた薬草をマイルさんに見せる。
「これが……あぁ、確かに。この村に来た冒険者のオッサンに見せられた“薬草”と同じような見た目だ」
「外傷ならその薬草をすり潰して塗ったりするの。だけど、ミリルさんは身体の内側の問題みたいだから、すり潰したものを飲ませる必要があるの」
わたしはそこまで言って、さっそく薬草を乳鉢と乳棒ですり潰しはじめた。
……採取して時間が経っているから、少し水分が足りないの。
「“水”よ」
虚空から水瓶の幻影が現れ、ほんの少しだけ乳鉢に清い水を足す。
マイルさんが“魔導”……と驚いていたけど、この世界の住民なら質の上下はあるけど、似たようなことは全員できるのよ?
「できたの。ミリルさん、起きて、なの」
ミリルさんの頬を軽くぺちぺちと叩く。
「……?だ、れ……?」
息も絶え絶えにミリルさんが答える。
「わたしはエンなの。サイラスさんから託された薬草を持ってきてるの。
さぁ、これを飲むの」
「!サイラス……彼は、どこ……?」
「まずは、ミリルさんが治る必要があるの。だから……飲むの」
「……それ、を……飲めば……良いのね?」
ミリルさんの口元に乳鉢ごと擦った薬草を持っていき、口に含ませる。
「……苦、い……おいしくない……」
「良いから、最後まで飲むの。それがサイラスさんの“願い”なの」
「サイラス……」
わたしがそう言うと、少しずつすり潰した薬草を飲み込むミリルさん。
それに合わせて――少しずつ癌細胞に“死”を与えて行く。そして、わたしの“死”の権能に触れ死んだ癌細胞を“収納”に入れていく。同時にミリルさんが失っている体力の回復も“促進”させる。
そして――
「嘘……あんなに痛かったお腹が……痛くない。それに腫れもなくなってる……」
(ミリル!良かった……!ありがとうございます、エンさん!)
「おぉ……本当に、治ったのか……?医者でさえ……どうしようもない、って……」
驚く幼なじみの三人。
良かったの……何とかなったの。
「そうだ……!サイラス、彼はどこ!?森に薬草を探しに行ってくるって……!」
「ミリル……」
(…………)
「……ミリルさん、大変伝えづらいことなのだけど……サイラスさんは亡くなってるの」
「サイラスが!?……嘘よ……だって今私が飲んだ薬草はサイラスが、って――」
「その薬草を死に際に託されたのが、わたしなの」
「……!では、本当に……?」
「サイラスさんは亡くなっているの……」
「ああ――サイラス!!」
(ミリル……)
悲嘆にくれるミリルさん、そして傍にいるのに声をかけることもできないサイラスさん。
――ここが、わたしの“権能”の使いどころなの。
わたしの神としての特性から、お母さんみたいに“全て”をハッピーエンドに持っていくことはできないの。
でも……わたしなら――わたしの“権能”なら、“お別れ”をさせてあげることはできるの。
「ミリルさん、もう一度……少しの時間だけでもサイラスさんに会いたい?」
「当たり前じゃない!でも……もう……!」
「分かったの。“サイラス”さんと“縁”のある“ミリル”さんの“願い”――叶えるの」
わたしが導いた“死者”と“縁”のある“生者”の“願い”。
“権能”を使える条件が整ったの。
「サイラスさんの魂を一時的に現界させるの」
「何を……言って……」
“固有権能”――“死者に安寧を、生者には希望を”
わたしが“固有権能”を使うと……半透明だったサイラスさんが徐々に生きていた頃の色彩を取り戻し――ついには、しっかりとした実体を持って“現界”した。
「サイラス!!」
「ミリル!!」
二人が抱き合い、共に涙を流す。
“全て”は無理だけど……わたしもお母さんみたいに、ハッピーエンドにできたかな……?
*
抱き合って、色々とお話しているサイラスさんとミリルさんを見守っていると……マイルさんから声をかけられた。
「お嬢ちゃん……俺は夢でも見ているのか?サイラスがいきなり現れたように見えたが……サイラスは死んでしまったんじゃなかったのか?」
「……サイラスさんが亡くなっているのは事実なの。今は……わたしの力で少しの間、現界しているだけなの」
「お嬢ちゃんの力……?そんなことができるなんて、聞いたことがない……。
まさか……お嬢ちゃんは“神様”、なのか……?」
「目の前でこんなことが起きたら、人間はそう思ってしまうものなの。
わたしは“神”ではあるけど……この世界の“神”じゃないの。神様見習いなの」
「この世界の神様じゃない……?神様なのに見習い?……もう意味が分からない……頭がどうにかなりそうだぜ……」
「それはしゃーないの。今ここで起きている“現実”だけ分かっていればいいの」
「そうする……」
マイルさんが頭を抱えているけど……わたしにはどうしようもないの。それが事実なの。
マイルさんと一緒に見守っていると……サイラスさんの身体から色彩が薄れてきた。
……そろそろ時間のようなの。
「サイラス!?身体が……!」
「あぁ……どうやら、ここに留まれる時間が終わりに近づいているみたいだ……」
「いやよ!どうして、こんな――」
「そもそも僕は死んでしまっているからね。今のこの時間も……奇跡みたいなものさ。
エンさん、そろそろ時間のようですね……お世話になりました。このご恩は決して忘れません。最後にミリルと会えて幸せでした」
「良かったの。サイラスさん、良き旅を」
「ミリル、愛して“いた”よ。これから幸せにね」
「サイラス……。えぇ、私も愛して“いた”わ。サイラスも……幸せに、ね……」
その言葉を最後に――サイラスさんの魂は“魔素”に還っていった。
*
サイラスさんの魂が還ると同時に、わたしは“偏在”の権能を使い、ダイちゃんと一緒に最初に降り立った森の辺りまで戻ってきていた。
「もう、済んだのか?」
「うん、なの。サイラスさんの魂は無事、“魔素”に還ったの」
「そうか……初仕事、お疲れ様だ。エン、よく頑張ったな」
ダイちゃんはそう言って、大きな手で頭を撫でてくれた。
「サイラスさんもミリルさんも良い人で良かったの。おかげで双方ともに綺麗な結末を迎えられたの。ダイちゃん……わたしも、お母さんみたいに……大団円を迎えることができたの?」
「エン。アイツと比べる必要はない。オマエはオマエだ。……これからも、エンが納得できるような結末を目指して、ゆっくりと歩いて行けば良い。
それが己たち“四方天”と、オマエの“母”たちの“願い”だ」
「うん、ありがとうなの!ダイちゃん!」
ダイちゃんに抱えあげられて、肩に乗せられる。
「初仕事を終えて、エンも疲れただろう。一度、オマエの“母”の“神域”に戻った方が良い」
「うん……そうするの!お母さんにいっぱい褒めてもらうの!」
「うむ。それで次はどうするんだ?まだこの“世界”で活動を続けるのか?」
う〜ん……どうしよう?一応、お母様からは色々な“世界”に行って経験を積んでこい、って言われてるの。
「そこも含めて、お母さんに相談してみるの!次もダイちゃんが一緒に来てくれるの?」
「分からぬ。その時に手が空いている者が来ることになるだろう」
「じゃあ、天おじさんやウブちゃん、玉おば――お姉ちゃんが来てくれることもあるんだ!」
「……エン。アイツをおばさん呼びしてしまう癖は直しておけ。……面倒な絡まれ方をするからな」
「肝に命じるの」
“四方天”の一人は玉“お姉ちゃん”。
エン、完璧に覚えた。
「じゃあ、ダイちゃんも一緒にお母さんの神域に行くの!せっかくだから、そのままご飯も食べて行くの!」
「……うむ。ご馳走になろう。オマエの母の飯は旨いからな。何というか……人間風に言うと“お袋の味”という感じなのだろうか?安心する味だな」
「わたしにとっては本当に“お袋の味”なの!
じゃあ、飛ぶの!」
ダイちゃんを巻き込んで“偏在”を使う。
わたしはこれから、色々な“泡沫世界”を巡って神としての経験を積んで行くの。
次は……どんな“世界”なんだろう。
死者に安寧を、生者には希望を与えるのが、わたしのお仕事だけど……少しは異世界への“お散歩”も楽しんで良いよね?
そしていずれは――お母さんとお母様が誇れるような立派な神様になるの!
わたしの“お散歩”はここから始まったの!
わたしは決意を新たにして、お母さんが待っている神域に飛んだ――




