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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

魔王の深淵

作者: 桐原コウ
掲載日:2026/02/10

魔王の強大な力によって滅びを迎えつつある世界。

その魔王を滅ぼす力を持つのは、聖剣のみ。


勇者とは聖剣を持つ者の名。

聖女とは聖剣を携える者を補佐する者。

だから。


二人は長い旅に出た。


3年。

いくつもの死線を乗り越え。

幾度もの眠れぬ夜を越えて。


二人は魔王の居城、魔王城へとたどり着いた。


~~~


「衛兵がいない?」


勇者と聖女がその城の門の前に立った時、強烈な違和感を感じた。

城門は開放され、門の前に立つ番人もいなければ、門の上に立つ衛兵もいない。


そして、開かれた門の中には中庭らしき光景が見え、魔物一匹、姿が見えない。

門の中のみならず、上空にも魔物一匹飛んでいないし、そもそも城の中から一切の気配がしないようにすら感じる。


「罠・・・か?」

「だとしても、進むしかありませんね。」


城の様子を警戒する勇者に、聖女が決然と言う。

その凛とした佇まいは、勇者にとって見慣れたものだ。

そして、聖女が間違えたことは、この旅の間、一度も・・・いや、何度もあった。


しかし、その使命を果たさんとする勇気は本物。

その勇気が、常に聖女を輝かせていた。

勇者がここまでこれたのも、その聖女の使命感に引っ張られて来たと言っても過言ではない。


つまり、勇者は聖女のためにこまで来た。

そして、聖女も勇者のことを憎からず思っている。


しかし、二人はまだ、そんな気持ちには蓋をして、魔王と対峙すべくここに立っている。


「そうだな。

 行こう。」


聖女の言葉に、勇者は力強く頷いた。


~~~


魔王城の一室。

おそらくは客を迎えるための部屋。


魔王は、そこにいた。

テーブルの上にティーセットを置いて。

まるで、二人をお茶会に招待していたかのように。


「よく来たな、勇者と聖女よ。

 茶でもどうだ?

 人間はこうして談笑するものなのだろう?」


穏やかな笑みを浮かべて。

魔王は、そう、二人に呼びかけて来た。


勇者と聖女は魔王の呼びかけには応えず、すぐさま戦闘態勢を取る。


「なんとも余裕のないことよ。

 だが、まあ、それもよかろう。

 貴様等は何も知らぬのだからな。」


魔王は笑みを浮かべてそう言うと、聖女を見た。


「勇者と共にここに来たということは、そういうことか?

 そなた、それでよいのか?」


問われた聖女が、構えた聖杖をぎゅっと握る。

そして。


「当然です。

 私はそのためにここまで来たのですから。」


聖女は凛として魔王に言い返すと、その力を振るった。

眩く輝く巨大な光球が魔王に向かって飛んでいく。

途中、射線上にあるティーセットを薙ぎ倒しながら。


魔王はその攻撃を避けもしなかった。

ただ、その身に光球が触れた途端、光球は一瞬で消滅した。


しかし、その光球の後ろに隠れるようにして、勇者が魔王に向けて一直線に飛び込んでいた。

魔王には、光の玉から突然、勇者が現れたように見えたことだろう。


勇者は、魔王の心臓に正確に聖剣を突き立てた。


「やった・・・え?」


身の危険を感じた勇者が、魔王から聖剣を引き抜きつつ、バッと後方に飛退る。

その。

勇者のいた空間を。

黒い《何か》が横凪に薙いだ。


「なかなかいい勘をしているな、勇者。」


魔王が立ち上がりながら、余裕の笑みで勇者を見る。


「そんな、確かに聖剣で心臓を刺し貫いたはず。」


勇者が呟く。

聖剣とは、魔王を滅ぼすための剣。

なのに、その聖剣で心臓を貫いても魔王は死なない。


「なに、その聖剣では、私は倒せぬというだけのことだ。」

「そんな馬鹿なことがあるか!

 お前を倒すために存在する聖剣だぞ!」


勇者が叫ぶ。

しかし、その声には焦りが含まれていた。

魔王の心臓を貫いても倒せなかったから。


「聖女よ。

 貴様はまだ、正しい死などという幻想を信じるのか?」


魔王は勇者の叫びには応えず、聖女に語りかけた。


「貴方が先ほど仰った通りです。

 たった一つの死で、数万、数十万の無辜の民の命が救われるのです。

 それは正しい選択です。」

「いいや、そもそもその二つは比較するべき対象ではない。

 それぞれが、それぞれに光り輝く太陽なのだから。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。

 二人とも、どういうことだ?」


優しく包み込むように微笑む魔王。

その魔王に挑むように鋭い眼差しを向ける聖女。


勇者は、その二人の会話の意味が分からず、混乱していた。


「ならばなぜ、貴方はその太陽を陰らせていくのですか。」

「誰かの犠牲の上に成り立つ世界など、間違っていると思わないか?

 そのような世界、いっそ無くなってしまえばいい。」

「そこに住む、何万、何十万という命を犠牲にしてですか?

 貴方の仰っていることは矛盾しています。」


聖女の指摘に、魔王はふっと笑みを漏らした。


「だから何だ?

 世界が間違っているのだ。

 ならば、私はこの世界の存在を認めることなど出来ぬ。」

「つまり、貴方を討たなければ、この世界は潰えるということですね。」


不意に。

聖女は勇者の手を取った。

右手。

それは聖剣を握っている手。


「え?」


勇者が止める間もなく。


聖女は聖剣で、自らの心臓を刺し貫いた。


~~~


勇者はただ一人。

荒野に立っていた。

主を失った魔王城が消えて行ったその場所に。


勇者は一度、聖剣を地面に突き立てて。

少し歩いた後、聖剣を振り返り。

それから、再び聖剣を手に取ると。


ただ、聖剣を運ぶだけだった


ただ、魔王を斬るという役割を背負わされただけだった


ただ、その場に居合わせるだけだった


ただ、それだけだった勇者は。


聖剣を手にしたまま、その地を後にした。

お読みいただきましてありがとうございます。

なんとも救いのないお話ですが、それでも何か、心に残った物がありましたら幸いです。

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