魔王の深淵
魔王の強大な力によって滅びを迎えつつある世界。
その魔王を滅ぼす力を持つのは、聖剣のみ。
勇者とは聖剣を持つ者の名。
聖女とは聖剣を携える者を補佐する者。
だから。
二人は長い旅に出た。
3年。
いくつもの死線を乗り越え。
幾度もの眠れぬ夜を越えて。
二人は魔王の居城、魔王城へとたどり着いた。
~~~
「衛兵がいない?」
勇者と聖女がその城の門の前に立った時、強烈な違和感を感じた。
城門は開放され、門の前に立つ番人もいなければ、門の上に立つ衛兵もいない。
そして、開かれた門の中には中庭らしき光景が見え、魔物一匹、姿が見えない。
門の中のみならず、上空にも魔物一匹飛んでいないし、そもそも城の中から一切の気配がしないようにすら感じる。
「罠・・・か?」
「だとしても、進むしかありませんね。」
城の様子を警戒する勇者に、聖女が決然と言う。
その凛とした佇まいは、勇者にとって見慣れたものだ。
そして、聖女が間違えたことは、この旅の間、一度も・・・いや、何度もあった。
しかし、その使命を果たさんとする勇気は本物。
その勇気が、常に聖女を輝かせていた。
勇者がここまでこれたのも、その聖女の使命感に引っ張られて来たと言っても過言ではない。
つまり、勇者は聖女のためにこまで来た。
そして、聖女も勇者のことを憎からず思っている。
しかし、二人はまだ、そんな気持ちには蓋をして、魔王と対峙すべくここに立っている。
「そうだな。
行こう。」
聖女の言葉に、勇者は力強く頷いた。
~~~
魔王城の一室。
おそらくは客を迎えるための部屋。
魔王は、そこにいた。
テーブルの上にティーセットを置いて。
まるで、二人をお茶会に招待していたかのように。
「よく来たな、勇者と聖女よ。
茶でもどうだ?
人間はこうして談笑するものなのだろう?」
穏やかな笑みを浮かべて。
魔王は、そう、二人に呼びかけて来た。
勇者と聖女は魔王の呼びかけには応えず、すぐさま戦闘態勢を取る。
「なんとも余裕のないことよ。
だが、まあ、それもよかろう。
貴様等は何も知らぬのだからな。」
魔王は笑みを浮かべてそう言うと、聖女を見た。
「勇者と共にここに来たということは、そういうことか?
そなた、それでよいのか?」
問われた聖女が、構えた聖杖をぎゅっと握る。
そして。
「当然です。
私はそのためにここまで来たのですから。」
聖女は凛として魔王に言い返すと、その力を振るった。
眩く輝く巨大な光球が魔王に向かって飛んでいく。
途中、射線上にあるティーセットを薙ぎ倒しながら。
魔王はその攻撃を避けもしなかった。
ただ、その身に光球が触れた途端、光球は一瞬で消滅した。
しかし、その光球の後ろに隠れるようにして、勇者が魔王に向けて一直線に飛び込んでいた。
魔王には、光の玉から突然、勇者が現れたように見えたことだろう。
勇者は、魔王の心臓に正確に聖剣を突き立てた。
「やった・・・え?」
身の危険を感じた勇者が、魔王から聖剣を引き抜きつつ、バッと後方に飛退る。
その。
勇者のいた空間を。
黒い《何か》が横凪に薙いだ。
「なかなかいい勘をしているな、勇者。」
魔王が立ち上がりながら、余裕の笑みで勇者を見る。
「そんな、確かに聖剣で心臓を刺し貫いたはず。」
勇者が呟く。
聖剣とは、魔王を滅ぼすための剣。
なのに、その聖剣で心臓を貫いても魔王は死なない。
「なに、その聖剣では、私は倒せぬというだけのことだ。」
「そんな馬鹿なことがあるか!
お前を倒すために存在する聖剣だぞ!」
勇者が叫ぶ。
しかし、その声には焦りが含まれていた。
魔王の心臓を貫いても倒せなかったから。
「聖女よ。
貴様はまだ、正しい死などという幻想を信じるのか?」
魔王は勇者の叫びには応えず、聖女に語りかけた。
「貴方が先ほど仰った通りです。
たった一つの死で、数万、数十万の無辜の民の命が救われるのです。
それは正しい選択です。」
「いいや、そもそもその二つは比較するべき対象ではない。
それぞれが、それぞれに光り輝く太陽なのだから。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
二人とも、どういうことだ?」
優しく包み込むように微笑む魔王。
その魔王に挑むように鋭い眼差しを向ける聖女。
勇者は、その二人の会話の意味が分からず、混乱していた。
「ならばなぜ、貴方はその太陽を陰らせていくのですか。」
「誰かの犠牲の上に成り立つ世界など、間違っていると思わないか?
そのような世界、いっそ無くなってしまえばいい。」
「そこに住む、何万、何十万という命を犠牲にしてですか?
貴方の仰っていることは矛盾しています。」
聖女の指摘に、魔王はふっと笑みを漏らした。
「だから何だ?
世界が間違っているのだ。
ならば、私はこの世界の存在を認めることなど出来ぬ。」
「つまり、貴方を討たなければ、この世界は潰えるということですね。」
不意に。
聖女は勇者の手を取った。
右手。
それは聖剣を握っている手。
「え?」
勇者が止める間もなく。
聖女は聖剣で、自らの心臓を刺し貫いた。
~~~
勇者はただ一人。
荒野に立っていた。
主を失った魔王城が消えて行ったその場所に。
勇者は一度、聖剣を地面に突き立てて。
少し歩いた後、聖剣を振り返り。
それから、再び聖剣を手に取ると。
ただ、聖剣を運ぶだけだった
ただ、魔王を斬るという役割を背負わされただけだった
ただ、その場に居合わせるだけだった
ただ、それだけだった勇者は。
聖剣を手にしたまま、その地を後にした。
お読みいただきましてありがとうございます。
なんとも救いのないお話ですが、それでも何か、心に残った物がありましたら幸いです。




