高揚感
「まだ奥に残党がいるかもしれないから、俺とリアムは中を掃除してくる。君たちはここで待っててくれ」
剣に付着した血を払いながら、カイルが言った。
「どうぞご勝手に」
イスタリスが雑に手を振って応じると、カイルは「よし、いくぞリアム」と呼びかけて洞窟に向かう。が、なぜかリアムはその場を動こうとしなかった。彼にしては珍しく険しい顔をしている。
「どうした、リアム?」
「なにかくる」
リアムがそう答えた直後、洞窟の奥から何かがのそりと姿を現した。
姿形はゴブリンだが、大きさが尋常ではなかった。身長は二メートルを超えているだろう。筋骨隆々で、巨大な棍棒を軽々と肩に担いでいる。
「な、なに、あれ……?」
そう呟くダイアナの声はあきらかに震えていた。
「ありゃ変異種だな」
イスタリスは素っ気なく答えた。
変異種とは、モンスターの中でごく稀に生まれてくる突然変異体である。種としての限界を超えた力を持ち、その強さは通常の個体とは比較にならない。たとえゴブリンであっても、一体でベテラン冒険者パーティを全滅させるだけの力があると言われている。少なくとも結成したばかりの急造パーティが戦っていい相手ではない。
「おい、どうする? 退くか?」
イスタリスが問うと、カイルは首を横に振った。
「いや、こいつを放置すれば周辺の村に被害が出る。ここで仕留めるぞ」
「そうこなくちゃな」
イスタリスは喜々として応じた。
変異種は危険度が高いため、討伐すれば報奨金が出る。低報酬だった依頼が一瞬にして割の良い仕事に変わったのだ。やらない手はなかった。
「グギャギャッ!」
手下を全滅させられたからか、変異種ゴブリンが怒りも露わに棍棒を振りかぶって突っ込んできた。
リアムが前に出て、その突進を正面から受け止める。
突進を止められたゴブリンは、さらに怒り狂って嵐のように棍棒を振り回した。
だが、その波状攻撃を受けてもリアムは一歩も引かなかった。盾を巧みに操り、すべての打撃を完璧に防いでみせた。
そこへ横からカイルが飛び込み、剣を閃かせる。鋭い斬撃がゴブリンの分厚い皮膚を斬り裂き、どす黒い鮮血が辺りに飛び散った。
「さすがだな」
イスタリスは感心したように呟く。
リアムが防ぎ、カイルが攻める。凹凸がかっちりと噛み合い、完璧な連携を生み出している。これほどの練度を誇るコンビにはそうそうお目にかかれないだろう。
おまけに、ふたりは『スキル』を使いこなしていた。
スキルとは魔力を使って瞬間的に身体能力を向上させたり、武器や防具に魔力を付与する戦技である。
魔法と違って詠唱を必要としない分、効果は限定的で体力の消耗も激しいが、わずかな差が勝敗を分ける近接戦においては非常に有効な手段となる。
むろん、そう簡単に実戦で使いこなせるような代物ではない。あの若さでスキルを完璧に使いこなせているのだとしたら、とんでもないセンスの持ち主と言えた。
が、それでも変異種が相手ではさすがに分が悪い。
変異種の中には長年生き続けることで固有の名前を付けられる個体がいる。そういったモンスターは『名前付き』と呼ばれ、やがて国中にその悪名を轟かせることになる。
この変異種ゴブリンも放っておけば、いずれ間違いなくそうなるだろう。それほどまでに手強かった。
カイルが幾度となく攻撃を仕掛けているが、変異種ゴブリンは剣で斬られてもまったく気にする素振りを見せず、狂った雄牛のごとく暴れまわっている。
いくらリアムが人間離れした頑強さを誇っていても、人間であることに変わりはない。いつか必ず限界がくる。ダイアナの回復魔法が当てにならない以上、このまま勝負を長引かせるのは得策ではない。
「悪いが俺は遠慮なんてしねぇからな!」
イスタリスはそう宣言すると、魔法の詠唱に入った。
さすがに手を抜ける相手はない。全力の爆裂魔法で一撃で仕留める。可能な限り範囲を絞るつもりだが、正面から変異種とやり合っているリアムは確実に巻き添えを喰らうだろう。
それでもイスタリスは躊躇せずに魔法を発動させた。
圧縮された魔力の塊が変異種ゴブリンに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
さすがと言うべきか、いち早く察したカイルはすでに十分な距離を取っていた。
だが、リアムは避ける素振りすら見せなかった。それどころか、敵をその場に留めるために果敢に攻撃を仕掛けている。
「おい離れろッ!」
忠告もむなしく、爆裂魔法はそのまま変異種ゴブリンに命中し、リアムを巻き込んで爆発した。
爆炎が巻き起こり、土砂が派手にまき散らされる。
「あの野郎、マジか……」
さすがにこの展開はイスタリスも予想していなかった。
……ゆっくりと土煙が晴れていく。
やがてイスタリスの視界に入ってきたのは、黒焦げになって地面に横たわるゴブリンと、盾を構えたまま堂々と立ち尽くすリアムの姿だった。
信じられない光景に、思わず目を見張る。
いくら直撃ではないとはいえ、至近距離で爆発に巻き込まれたのだ。盾で防いだとしても相応のダメージを受けたはずである。
だが、リアムはまるで何事もなかったのように平然としていた。
そしてカイルも特に驚いた様子を見せていない。リアムがあの程度の爆発で倒れないことを知っているのだ。
「なんなんだあいつら、イカれてやがる……」
イスタリスがそう呟いた直後だった。
突然、背後の草むらで音が鳴った。
振り返ると、一匹のゴブリンが短剣を手に突っ込んできていた。
(生き残りかっ!?)
大魔法を使った直後とあって、イスタリスは咄嗟に動けなかった。
(やべぇ!)
そのとき、イスタリスの目の前に人影が飛び込んできた。
ダイアナが庇うように両手を広げてゴブリンの前に立ち塞がる。
「馬鹿野郎! どけッ!」
そう叫ぶも、ダイアナは動こうとしない。その身体に凶刃が迫る――。
惨劇を防いだのは、カイルだった。
間一髪、彼の剣がゴブリンの胴体を真っ二つに斬り裂いていた。
「ふぅ……」と息を吐き出し、カイルはダイアナの方に顔を向けた。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
ダイアナはその場にへなへなと座り込んだ。
「ならよかった。イスタリスも、さっきの魔法素晴らしかったぞ。やはり主席卒業の肩書は伊達じゃないな」
「んなことより、あの野郎は大丈夫なのかよ。モロに爆発に巻き込まれてたぞ」
イスタリスは未だ立ち尽くすリアムの方を見ながら尋ねた。
「前に言っただろう。彼なら問題ないって」
「……」
「それにしても、こんなところで変異種に遭遇するとはな。これは事前の情報収集を怠った俺の失態だ。正直ちょっと浮かれてたみたいだ。すまん」
カイルは殊勝な態度で頭を下げた。
「……別にてめぇだけの責任ってわけじゃねぇだろ」
「そう言ってもらえると助かるよ。俺はこれから洞窟の中を確認してくるから、ふたりはそこで休んでてくれ」
そう言うと、カイルは踵を返して洞窟の奥へと入っていった。
その後、我に返ったダイアナは一目散にリアムのもとに駆け寄って回復魔法を唱え始めた。色々と衝撃的な出来事が重なったからか、それとも足を引っ張ってしまった自覚があるからか、「ごめんなさいごめんなさい」と泣きべそをかきながらである。
イスタリスは治療を受けるリアムに問いかけた。
「お前、本当に大丈夫なのか?」
リアムは小さく首を傾げる。
「なんのことだ?」
「いや、俺の魔法を喰らったはずだろう?」
「ああ、あの程度なら問題ない」
リアムは本当になんでもないことのように答えた。
その態度と発した台詞が、イスタリスの癪に障った。
リアムは今、「この程度」ではなく「あの程度」と言った。つまり、怪我の具合ではなく、魔法の威力について「問題ない」と評したのだ。
(……面白ぇ)
カイルとリアム……色々と気に喰わない点はあるが、少なくとも実力だけは本物のようだった。
その事実は、決して小さくない高揚感をイスタリスにもたらしていた。




