初陣の洗礼
パーティ結成の翌日。イスタリスは新しいパーティメンバーと共に、街から二時間ほど離れた森を訪れていた。
カイルの知り合いだという酒場の店主から斡旋された依頼で、村の近くに棲みついたゴブリンを退治してほしい、というのがその内容だった。依頼人の話では、一週間ほど前から森の奥にある洞窟に勝手に棲みついたのだという。
ゴブリンは緑色の肌をした小鬼で、数が多く群れで行動するため、この地で最もよく見かけるモンスターである。人間の子供くらいの大きさしかないが、残忍で狡猾なモンスターとして知られている。
とはいえ戦い慣れた冒険者であれば、まず負けることはない。パーティで初の実戦を行う相手としては手ごろと言えた。
「これまではずっとリアムと二人か、他のパーティの助っ人ばかりだったからな。自分のパーティは初めてだからちょっとワクワクするよ」
森を歩きながら嬉しそうにカイルが言う。
「おめでたい野郎だな。っていうか、もっと他にマシな依頼はなかったのかよ。ゴブリン討伐なんてたいした金にならねぇ依頼を受けてきやがって」
慢性金欠症に悩むイスタリスとしては当然の主張だった。
「たしかに報酬額は安いが、それよりももっと大切なものが手に入る予定だからいいんだよ」
「……まさか名誉とか言わねぇだろうな?」
「違う違う」とカイルは笑って手を振った。
「情報さ。一度の実戦で能力や考え方、癖なんかはだいたい把握できる。それを元に今後のパーティの方針や最適な戦い方を考えるんだ」
「俺の情報は把握してるんじゃなかったのか?」
「聞くのと見るのとでは大きく違うだろ。君の魔法がどの程度使い物になるのか、やっぱりこの目で実際に見てみないと。口だけの奴なんて世の中にごまんといるからね」
「おい、何度も言わせんな。俺がお前らを査定する側だ」
イスタリスにとって、そこは譲れない一線だった。
ただ、後ろから付いてきているもう一人の新入りを見ていると、カイルがそう言いたくなる気持ちもわからなくはなかった。
もう一人の新入り――ダイアナは明らかに緊張していた。どうやら彼女は本格的な戦闘経験がないらしく、出発してからずっと表情が強張ったままで、足元はおぼつかず、今もなにもないところで躓いたりしている。
「おい、頼むから足を引っ張るんじゃねぇぞ」
そう声を掛けると、ダイアナはこくこくと何度も頷いた。魔法学校時代なら間違いなく何か言い返してきたはずだが、そんな余裕すらないようだった。
(ま、ゴブリン相手ならなんとでもなるか……)
冒険者になって一年足らずのイスタリスだが、実戦は何度もこなしている。
カイルやリアムに至っては五年以上の経験があり、ゴブリンなら星の数ほど討伐してきたはずだ。今さら後れを取るとも思えない。
イスタリスにとっても、今回の依頼は彼らの実力を確かめる場であった。
特にあの大男だ。
あらためて前を歩くリアムに目を向ける。
討伐依頼ということもあって、彼は革鎧ではなく全身を覆うような甲冑を身に着けていた。背中の大型の盾は鈍い光を放っており、ひと目で強い魔力を帯びていることがわかる。
これだけの装備品を活動歴五年程度の冒険者が手に入れるのは容易ではない。カイルの装備品がごくありふれた物であることを考えると、稼ぎのほとんどをリアムに集中していることになる。
この大男が身に着けた装備品に相応しい強者か、それともカイルに付き従うだけの木偶の坊か、早々に見極めたいところだった。
森に入って一時間ほどで標的が生息しているという洞窟にたどり着いた。
岩肌にぽっかりと空いた穴はそこそこの奥行きがあるらしく、奥の方は真っ暗で見えない。
入口には見張りと思しきゴブリンが一体、暇そうにつっ立っていた。
ゴブリンは夜行性なので、昼間はねぐらで眠っていることが多い。おそらくほとんどは洞窟の奥にいるのだろう。
「あの中に入るのか?」
イスタリスは言外に拒否の意を込めてカイルに尋ねた。
「いや、暗闇はゴブリンに有利だ。外におびき出して戦おう。情報によると、あの洞窟は他に出入口はないらしいから、入口を塞げば逃げられる心配もない」
「なんなら俺が中に爆裂魔法をぶち込んでやろうか? それなら一発で終わらせられるぞ」
とイスタリスは提案してみる。
「普段ならそれもありだが……今回の目的を考えるとなしだ。ここは正攻法でいく。俺とリアムで前を受け持つから、君は後ろから好きに攻撃してくれ。ダイアナはリアムが負傷したら回復を頼む」
作戦とも呼べないような雑な指示を出すと、カイルは背中の弓を手に取り、ろくに狙いも定めずに矢を放った。
見張りのゴブリンは頭を射抜かれ、悲鳴を上げる暇もなくその場に崩れ落ちた。
「よし、いこう」
カイルはまるで散歩にでも行くような気安さで一同を促した。
洞窟の入口までやってくると、カイルとリアムが入口を塞ぐように並び立つ。
「イスタリス、歌でも歌って奴らをおびき出してくれないか?」
カイルが振り返って言った。
「ふざけんな、てめーでやれ」
「仕方ない。リアム、あれをやってくれ」
カイルに促されたリアムは、手にしたメイスで盾を打ち鳴らし始めた。
けたたましい音が、洞窟の壁に反響する。
やがてその音に「グギャグギャ」という汚らしい叫び声が加わった。
「きたきた!」
カイルは嬉しそうに言うと、のこのこと出てきた先頭のゴブリンの頭を剣でかち割った。
すぐ後ろにいた別のゴブリンが敵襲に気付き、中に向かって喚き散らす。
その背に向かってカイルが容赦なく刃を突き立てる。
心臓を貫かれたゴブリンは断末魔の悲鳴をあげて地面に突っ伏した。
すぐに奥からわらわらとゴブリンが湧いて出てくる。その数はぱっと見でも二十体を超えていた。
リアムが雄叫びをあげながら、その中に飛び込んだ。手にしたメイスを振り回し、とにかく派手に暴れまわる。
(なんだありゃ、センスのかけらもねぇ)
リアムの戦いぶりを、イスタリスはそう評した。
迫力こそあるものの、わざとやっているのかと思えるほど攻撃が当たっていない。正確性と速さに難があるのだ。いくらゴブリンが小さくてすばしっこいとはいえ、一撃も当てられないというのは、戦士として致命的な欠陥があると言わざるを得ない。
とはいえ、敵を引き付けるという意味では、リアムは十分すぎるほどに役目を果たしていた。
圧巻なのはカイルだった。
彼はリアムの動きに合わせて周囲を風のように動き回り、正確無比な一撃で次々とゴブリンを仕留めていく。その洗練された剣捌きは、彼が評判通りの凄腕の剣士であることを物語っていた。おまけに視野も広く、後衛に向かおうとするゴブリンにもいち早く気付き、的確に対処している。
「さすがにでかい口を叩くだけのことはあるな……っと、感心してる場合じゃねぇか」
イスタリスはすぐさま攻撃魔法を詠唱し、リアムの周囲に群がるゴブリンの一匹を仕留めた。
が、それ以降は静観を決め込んだ。
カイルはいざ戦闘が始まると興が乗るタイプなのか、当初の目的を忘れて好き勝手に暴れ回っている。このまま放っておいても、ゴブリンどもはじきに全滅するだろう。
それだと依頼を受けた意味がなくなってしまうが、前線が安定しているなら無理に魔法を使う必要性を感じなかった。
むしろ問題は前線ではなく、すぐ隣にあった。
横でダイアナがパニック状態になっているのだ。
どうやら敵の標的となっているリアムを魔法で援護しようとしているようだが、詠唱がぐちゃぐちゃで、まともに術が発動していない。失敗が焦りを生み、さらなる失敗を生み出すという悪循環に陥っていた。
初めての実戦なのだから、ある意味で当然だろう。
魔法学校は魔法を正しく扱うための知識を学ぶ場であって、戦場での立ち回り方を教えてくれるわけではない。特に回復魔法は対象の肉体に干渉する分、ただ魔力を放出するだけの攻撃魔法よりも難度が高い。対象との距離がある場合はなおさらである。
ただ、今の慌てふためく彼女の姿には、かつて魔法学校で聖女と謳われた頃の面影は微塵もなかった。
見かねたイスタリスは、仕方なく横から口を出すことにした。
「おい、落ち着け」
そう声を掛けたが、ダイアナの耳にはまったく届いていないようだった。集中し過ぎて周囲に意識がまったく向けられていないのだ。
「おい」
「……」
「おい、万年二位女!」
三度目でようやく反応があった。
「なっ、なによ!?」
ダイアナの返答はほとんど悲鳴に近かった。
「深呼吸しろ」
「えっ?」
「いいからさっさとやれ! 三回だ!」
そう怒鳴りつけると、ダイアナは戸惑いながらも言われた通りに三回深呼吸した。
「落ち着いたか?」
こくこくと頷くダイアナを見て、妙なところで素直な奴だな、とイスタリスは思った。
「この戦い、お前はもう魔法を唱えなくていい」
「えっ?」
「ほっといても、あの二人だけで勝てる。それにあのリアムとかいう奴は馬鹿みたいに頑丈だ。なんならお前の回復魔法なんて必要ないくらいだ。だから無理に魔法を使う必要はねぇ。っていうか余計なことはするな」
「で、でも……」
「お前はまず、場に慣れろ。焦らず、じっくりとあいつらの戦いぶりを観察することから始めるんだ」
「……」
「わかったなら返事!」
「わ、わかったわ」
ダイアナは真剣な表情で頷くと、前線で戦うリアムを目で追い始めた。
「おい、リアムばっかり見てんじゃねぇ。俺たち後衛は直接モンスターと対峙しない分、常に周囲の状況に気を配らなきゃならねぇ。戦場全体を俯瞰しろ。それで味方が次にどう動くかを予測するんだ」
「そ、そんなこといきなり言われても無理よ」
「目だけに頼ろうとするからだ。魔力を使え。自分と味方を魔力で繋げるようなイメージでやるんだ。で、一度味方の魔力を掴んだら絶対に離すな。そこを起点にして少しずつ感覚を広げていくんだ」
「わ、わかった。やってみる」
そう言うと、ダイアナは目を閉じて集中し始めた。
「どあほう! 戦闘中に目を閉じる馬鹿がいるか! 死にてぇのかてめぇは!」
「ご、ごめんなさいっ」
「回復役は戦場じゃ真っ先に狙われんだぞ。常に周囲に気を配れ。敵の標的にならないよう、なるべく一か所に立ち止まるな。それでいていつでも味方に魔法を使えるように射線を意識しながら立ち位置を調整すんだよ!」
「だから、そんないっぺんに言われても無理よ!」
「甘えんな! 仮にも冒険者になろうってんなら、こんな素人でも知っている基礎的なことまで言わせるんじゃねぇよ、この無能女が!」
「そんな言い方しなくたっていいでしょ!」
「嫌ならそれくらいできるようになりやがれ!」
イスタリスの助言はダイアナの混乱を増長させただけのようだった。
結局、ふたりが不毛な言い合いをしている間に、カイルとリアムがゴブリンどもを全滅させてしまったのだった。




