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ある盾役の憂鬱 外伝Ⅱ<孤高の魔人と癒しの聖女>  作者: SDN


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3/7

出会い

 穏やかな春の日差しが、草原に降り注いでいる。

 ニーレ王国は四方を山に囲われ、高低差の激しい起伏に富んだ地形が目立つ。国の中心から北部にかけては広大な台地が広がり、遥か遠くには万年雪に薄く化粧を施された山々の頂が白く輝いて見える。

 滅多に王都から出る機会がなかったダイアナにとっては、目に映る景色のすべてが新鮮だった。


 屋敷を出て四日。ダイアナは今、レニゴールへ向かう隊商の馬車にいた。

 多数の凶悪なモンスターが生息するニーレ王国では、人々は道中の安全を確保するために隊商を組んで旅をする。

 王都でも有数の大商会『ゴウテン商会』が運営する隊商は規模が大きく、多くの馬車やロバ、荷車で街道が埋め尽くされている。

 ダイアナが乗せてもらっているのは、雑貨屋を営んでいる若い夫婦の馬車である。幼い娘と家族三人で商売しながら国内各地を旅しているのだという。

 提示された条件は夫婦が働いているあいだの子供の面倒と、たまに店番をするだけという破格なもので、突然勘当を言い渡されたダイアナにとって、この家族と出会えたことは幸運以外のなにものでもなかった。


 ただ、そこから先のことはまったく決まっていないのが現状だった。

 冒険者になるといっても具体的な当てがあるわけではない。とりあえずレニゴールの街に行って仲間に入れてくれるパーティを探そう、くらいのことしか考えていなかった。

 それに、これまでは身の回りのことを侍女がほとんどやってくれていたが、これからは自分ひとりでやっていかねばならない。先の見えない未来に対する不安とわくわくが、心の中で半分ずつ場所を取り合っていた。


 王都からレニゴールまでは馬車でおよそ七日。街から遠く離れれば、それだけモンスターに襲われる危険性が増す。特にレニゴール領はモンスターの出現地点とされるラウスピッツ山を擁していることから、魔境の地としても有名で、他の地方よりも遥かに危険度が高い。

 隊商はレニゴールの領境に迫ったところで行軍を止め、しばしの休息に入った。

 ここからレニゴールの街までは常に襲撃に備えねばならないため、その前に英気を養っておこうと言うわけである。


「それじゃ店番を頼んだよ」


 夫婦が商品を抱えて馬車を出て行った。隊商の規模が規模だけに、行軍を止める度に隊商内はちょっとした市場と化すのだ。

 夫婦が不在の間、ダイアナは一人娘のマイラと店番を担当することとなった。


「これはね、ゴウテン商会が開発した魔法のランタンで、小さいのにちょっとの魔力で長持ちするっていうスグレモノなんだよ」


 マイラが売り物について得意気に解説してくれる。


「ずいぶんと詳しいのね」


「パパもママもいそがしいから、よくお店のお手伝いをするの。だから覚えちゃった。いつもはひとりだけど、今日はお姉ちゃんがいてくれるからうれしい」


「そう言ってもらえると嬉しいわ」


 ふたりは顔を見合わせて、ふふっと笑い合った。

 マイラは七歳という年齢の割にはしっかりしており、扱っている商品の特徴や価格を完璧に把握しているなど、とても頼りになる先輩である。

 人見知りしない性格らしく、ここ数日でダイアナともだいぶ打ち解けていた。


「マイラはやっぱり、将来はお店を継ぐの?」


「うん。えっとね、いつか王都におっきなお店を出して、たくさんの召使いをやとって、それで女ぼすになるの!」


「お、女ボス?」


「うん!」


 天使のような笑顔に相応しくない俗っぽい夢である。


「お姉ちゃんは? 将来なにになるの?」


「私? 私は……冒険者になってたくさんの人を助けることかな」


「そういえば、お姉ちゃんって魔法使いなんだよね?」


 上目遣いに問いかけてくるマイラに、ダイアナは「そうよ」と答えた。


「魔法でモンスターとかやっつけたりするの?」


「うーん、残念ながらそれは無理かなぁ」


 魔法士が扱う魔法にはそれぞれ適性というものがある。

 攻撃魔法や回復魔法、強化(バフ)系魔法や弱体化(デバフ)系魔法など、求められる効果によってまったく性質の異なる魔力が必要となるのだ。

 ダイアナは生まれつき回復魔法への適性が高い反面、攻撃魔法への適性は低かった。適性が合わない魔法も使えないわけではないが、ダイアナの攻撃魔法ではモンスターにダメージを与えることはできないだろう。


「その代わり回復魔法は得意だから、怪我をした人を治したりはできるかな」


「じゃあ、マイラが怪我をしたら治してくれる?」


「もちろん」


 そう答えると、マイラは嬉しそうに笑顔を浮かべて抱き着いてきた。

 きっとこれまでに訪れた客は、この笑顔に魅入られて必要ない物まで購入させられたに違いない。そんなことを思うダイアナであった。


 それからしばらくマイラと楽しくおしゃべりに興じていると、戦士風の恰好をした二人組の男が馬車に近寄ってきた。

 ひとりは端正な顔立ちをした優男で、もうひとりは筋骨隆々の大男だ。おそらく護衛に雇われた冒険者だろう。

 来客に気付いたマイラがぴょんと御者台から飛び降りて出迎えた。


「いらっしゃいまてぇー」


 この舌ったらずな口調がマイラなりの演出であることを見抜ける者はそうそういないだろう。


「この馬車はたしか雑貨屋だったよね。ポーションはあるかい?」


 ふたりのうち、優男の方がマイラと目線を合わせるように屈んで尋ねた。


「あるよ――じゃない、ありまぁす!」


 マイラは荷台にある木箱をごそごそと漁ると、小さな小瓶をいくつか取り出した。


「えっと、これがゴウテン商会製のポーションで、ちょっと高いけど効き目はバツグンだよ。こっちは王都の魔法学校からパパが仕入れてきたやつで、安いけどその分とっても苦いんだって。それでね、こっちのは――」


 淀みなく商品の説明をしていくマイラ。優男は少女の勢いに若干呆気にとられながらも、都度「なるほど……」と頷いている。


 ダイアナは申し訳ないなと思いつつ接客をマイラに任せ、ふたりの冒険者を観察することにした。王都にも冒険者はそれなりにいたが、見慣れているわけではない。これから同業になる身としては、やはり興味をそそられた。


 ふたりとも年齢は自分とそう変わらないように見えた。

 優男の方はすらりと引き締まった均整の取れた身体つきをしており、はっとするほどの美男子だった。王都の市場を歩けば、すれ違う女性の半数は振り返るに違いない。

 単に容姿が整っているだけの男性なら王宮にいくらでもいる。ただ、この優男にはそういった人たちとは決定的に違う何かを感じた。覇気とでも言うのか、内側からあふれ出る自信と余裕が、容姿の良さを一層引き立てている。亡国の王子だと言われたら、思わず信じてしまいそうなほどである。


 もうひとりの大男は、野性味を強く感じさせる見た目をしていた。とにかく筋肉が凄まじく、剥き出しの二の腕は丸太のように太く、胸板は厚く逞しい。腰には鉄塊のような巨大なメイスを下げ、背中には大きな円形の盾を背負っている。簡素な革鎧を身につけただけの姿は、一見すると蛮族のようである。

 ただ、どういうわけか威圧感はまるで感じなかった。

 理由はすぐにわかった。目だ。つぶらな瞳と穏やかな目元。朴訥な顔にはどこか親しみすら覚える。大きな体躯と相まって、どこかクマのぬいぐるみを彷彿とさせた。


 と、視線に気づいたのか、大男がダイアナの方を向いた。

 当然、目が合う。


(あ、とってもきれいな目……)


 ダイアナはそんなことを思ったが、すぐに気まずさを覚えて視線を逸らした。失礼な女だと思われたかもしれない。


「それじゃ、こっちのゴウテン商会製のポーションをもらうよ」


 いつのまにか、マイラと優男の商談がまとまったようだった。


「ごいっしょに薬草はいかがですか?」


 商魂たくましいマイラが、しれっと不動在庫を売りつけようとする。


「いや、薬草はいらないよ」


 優男は苦笑しながら代金を支払い、ポーションを受け取った。それをそのまま後ろの大男に渡し「行こう」と声をかける。


「ありがとーございましたー!」


 マイラは男たちが見えなくなるまで手を振ってから、御者台に戻ってきた。


「ざんねん。薬草、売れなかった」


「でも、一番高いポーションを売ったじゃない。たいしたものよ」


「えらい?」


「えらいえらい」


 頭を撫でられたマイラが嬉しそうに寄りかかってくる。末っ子で甘えられた経験がほとんどないダイアナとしては、それだけで自然と頬が緩んでしまう。

 するとマイラが、上目遣いに問いかけてきた。


「で、お姉ちゃんはどっちの人が好みだったの?」


「……」


 実に末恐ろしい子であった。


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