栄光の始まり
それからどれくらいの時間が経ったのか。
目覚めは快適とは程遠かった。
堪えがたい激痛に、イスタリスは絶叫とともに跳ね起きた。
すぐそばで手を伸ばしたまま固まっているダイアナと目が合う。彼女が回復魔法を使ったのだと瞬時に理解できた。
「てめぇ殺す気かッ!」
「なによ、怪我を治してあげたんじゃない!」
言われてイスタリスは脇腹に手を当てる。
たしかに傷口が塞がっていた。
「あのまま放っておいたら出血多量で死んでたかもしれないんだから、感謝されるならともかく、文句を言われるなんて心外だわ」
ダイアナとしては当然の主張であろう。
さすがのイスタリスも自分に非があることを認めざるを得なかった。
「……悪かった。一応、礼は言っておく」
そっぽを向きながら言って、再び床に腰を下ろす。傷は塞がったものの、体力と魔力は底を突いたままで、とても立ってはいられなかった。
あらためて周囲を見渡すと、そこは地上ではなく先ほどの広間だった。
「俺はどれくらい気を失ってた?」
「ほんの十分くらいよ」
「そうか……」
「……ねぇ、どうしてそんなに回復魔法を嫌がるの?」
ダイアナがおずおずと言った様子で問いかけてくる。
「別に嫌がってるわけじゃねぇ」
「さっき起きた時だってすごい大声出してたし、なにか事情があるんじゃないの?」
「おい、調子に乗んな。てめぇには関係ねぇだろう」
イスタリスは突き放すように言ったが、ダイアナは追及の手を緩めなかった。
「関係あるわよ。パーティの仲間じゃない」
「気色悪いこと言うな」
「なによその言い方。回復魔法を受けられないなら受けられないで、それを事前に言っておいてくれればよかっただけの話でしょ」
完全な正論である。
ダイアナが「ちゃんと話してくれるまでは絶対に許さないんだから!」と腰に手を当てて詰め寄ってくる。カイルの呪いを解いたことで自信を付けたからなのか、いつになく強気な態度に、イスタリスはため息を吐いてから両手を上げた。
「ちっ、わかったよ。ちゃんと説明する。だがそれは今やる事じゃねぇ。話は無事に地上に戻ってからだ」
すると、それまで黙っていたリアムがその通りだとばかりに大きく頷いた。
それから一行は地上を目指して移動を開始した。
気を失ったままのカイルはリアムが背負った。もちろん、討伐の証拠としてガラルハインの死骸を持ち帰ることも忘れない。
ガラルハインの死骸は腐った球根のようにぐずぐずになっており、直接触れるのは憚られた。なのでロープでぐるぐるに巻きにして引きずるように運ぶ。
運搬はイスタリスが担当した。本来ならばそんな重労働は断るところだが、カイルを背負ったリアムが無理なのは当然として、非力なダイアナに運べるはずもなく、消去法でそうするしかなかったのである。
全員が疲労困憊でまともに戦える状態ではなかったが、幸いなことにゴーレムと遭遇することなく、なんとか無事に地上に戻ることができた。
地上の世界は、すっかり夜の闇に覆われていた。
さすがにガラルハインの死骸を引きずったまま街中をうろつくわけにもいかないので、一行は依頼の完了を報告すべく領主の城へ向かう。
その途中で、カイルが目を覚ました。
「……ん、あれ……ここは?」
「地上よ」とダイアナが答えた。
「……俺はなんでリアムに背負われているんだ?」
「覚えてないの?」
「なんか頭がぼんやりする……」
こめかみに手を当てて頭を振るカイルに、ダイアナが事情をかいつまんで説明した。
「……そうか、俺はガラルハインの呪いに……。君が解呪してくれたのか?」
「うん。少しはお役に立てたかしら」
「ああ、君は命の恩人だ」
カイルはリアムの背中から下りると、いきなりダイアナを抱きしめ、「本当にありがとう」と礼を口にした。
突然の出来事にダイアナは目をしばたたかせ、次いで茹でダコのように顔を真っ赤にさせて硬直してしまった。
カイルはダイアナを解放すると、今度はリアムにも「よくふたりを守ってくれた」と感謝を伝え、熱い抱擁を求める。リアムは顔色ひとつ変えずにそれを受け入れ、カイルの背中をぽんぽんと叩いた。
嫌な予感がして、イスタリスはさりげなく三人から距離を取った。
が、その甲斐もなく、カイルが両手を広げながら近づいてきた。
「……おい、それ以上近づくんじゃねぇ」
「遠慮するな。これは感謝のハグだ」
「いらん。気色悪い真似すんな」
カイルは「……そうか、残念だ」と本当に残念そうな表情で手を引っ込めた。
「ったく、こっちはてめぇのせいで死にかけたんだぞ」
「それはお互い様だろう。だが、本当によくやってくれた。主席卒業は伊達じゃなかったな。お前と組んで正解だったよ、イスタリス」
「……けっ」
称賛されることに慣れてないイスタリスは、ついそっぽを向いてしまった。
「俺とリアムだけだったら、間違いなく死んでいた。やっぱりパーティってのは良いものだな」
しみじみと感想を口にするカイル。
「はっ、死にかけたってのにお気楽なもんだな」
「もちろん反省すべきところはしっかり反省して次回に活かすつもりだ。けど、死んだら死んだで、それまでの人間だったってだけの話さ」
その言葉に、イスタリスはアントムが言っていたことをあらためて実感する。
カイルは間違いなく天才だ。
が、完璧な人間などこの世にはいない。見込みの甘さや無鉄砲が過ぎるところ、自信過剰なところはこの男の明確な欠点だろう。
しかし、それは慢心とは少し違う。おそらくカイルは自分の命の価値にある程度の見切りをつけているのだ。もし自分が英雄になれる器なら、こんなところで死ぬはずがない――そんな根拠のない薄っぺらな信念に従って突き進んでいる。
要は頭のネジが何本か吹き飛んでいるのだ。
「ま、退屈だけはしなくて済むか……」
それに――
イスタリスはリアムを見た。
無茶を繰り返すカイルに平然と付き従う最強の盾役……。少なくとも、この男をぎゃふんと言わせるまでは、パーティを抜けるつもりはなかった。
その後、深夜にやってきた一行を、領主メリッサンは大喜びで歓待した。
そして侵入者の正体がガラルハインだったことを知ると、それを討伐したパーティの手腕を手放しで賞賛し、気前よく倍額の褒賞金を支払うことを約束した。
ガラルハインの死骸はゴウテン商会の仲介で魔法の研究機関に引き取られた。これが予想以上の値が付き、リアムの盾を新調してもお釣りがくるほどの収入となった。
この件を切っ掛けにカイルの名はレニゴールの街に一気に広まり、彼のもとには様々なモンスター討伐の依頼が舞い込むようになった。
パーティは依頼をこなす度に成果を上げ、実戦の中で連携を高めていった。
ダイアナは一度成功体験を得たことで才能が覚醒したのか、実戦でも臆することなく魔法が扱えるようになり、半年も経つ頃にはパーティの回復役としての地位を不動のものにした。
一方、イスタリスは相変わらず皮肉と文句ばかりを口にしながらも、無茶ばかりを繰り返すカイルとリアムの制止役をいつのまにか担うようになっていた。
図らずもアントムの言った通りになってしまったが、結局一度も「パーティを抜ける」とは言わなかった。
あれ以来、アントムの店には一度も顔を出していない。気まずいからではなく、収入が増えたことでパーティの行きつけが奇跡の大樹亭になっただけの話である。そうなるように仕向けたのは他ならぬイスタリスだが。
こうして栄光への階段を登り始めたパーティ。
これより後、ヨネサンとシェルファの加入によってさらなる飛躍を遂げることになるわけだが、それはまた別の物語である。




