意地
「やればできるじゃねぇか……」
ダイアナから感じる強い魔力の波動に、イスタリスは感動すら覚えていた。
ただ口煩いだけの女ではない、ということは魔法学校時代から知っていた。腐っても名門貴族の出だ。もともと魔力の質や量は間違いなく世界有数のレベルにあった。それに加え、触れただけで指が飛びそうなほどの研ぎ澄まされた集中力は、間違いなく彼女の生まれ持った才能だろう。
限界まで追い詰められたことで、その才能が一気に開花したのだ。
あとはジェノキャスを始末すれば、全員が生きて地上に戻ることができる。
「ま、それが難しいんだがな……」
イスタリスは自嘲気味に呟く。
魔法士が作り出すゴーレムは、胸部にある動力源――魔力核を破壊することで機能を停止させることができる。それはジェノキャスとて例外ではない。
ただ、高い魔法防御力を誇るジェノキャスの装甲は、生半可な攻撃魔法では突破できない。
天井を崩落させるのに魔力のほとんどを使ってしまったため、全力の攻撃魔法はあと一回が限界。加えて脇腹の傷もある。この条件で魔力核を破壊することがどれだけ難しいか、考えるまでもなかった。
むろん自信がないわけではない。今の自分の爆裂魔法ならば、装甲ごと魔力核を吹き飛ばすことができる。それだけの研鑽を積んできたという自負もある。
……だが、己の能力とは別に、大きな問題が立ちはだかっていた。
リアムの手から盾が失われているのだ。
盾を持たずに爆裂魔法に巻き込まれれば、いくら常識外れの頑強さを誇っていようが無事では済まない。
味方撃ちのイスタリス……その不名誉な呼び名を平然と受け流すことができたのは、味方を殺さないという絶対の自信があればこそなのだ。確実に命を奪ってしまう今の状況では、さすがに躊躇せざるを得なかった。
小刻みに震えながら圧力に耐えるリアムの姿は、全身に甲冑を纏っていることもあって、まるで壊れかけのブリキ人形のようだった。いつ壊れてもおかしくない。
とその時、兜に覆われたリアムの顔が、ゆっくりとイスタリスの方を向いた。
「なにを……している……早くやれ……」
イスタリスは耳を疑った。
「……てめぇ正気か? 死ぬぞ」
「かまわん、やれ」
リアムの返答は簡潔にして明瞭だった。
「ちっ、どうなっても知らねぇからな!」
イスタリスは魔法の詠唱に入る。
これは全滅を避けるための緊急措置。本人の同意が得られたのであれば、もはや遠慮する必要はなかった。
そもそも、他人がどうなろうと知ったことじゃない。
自分さえよければそれでいい。
これまでも、そしてこれからも、その生き方は変わらない。
……そのはずだった。
自分自身の心が納得していないことに、イスタリスは気付いていた。
先日のゴブリンとの戦いの後でリアムに言われた言葉がなぜか浮かび上がってくる。
――ああ、あの程度なら問題ない。
その発言の意図を本人に確認したわけではない。
ただ、イスタリスは自分の魔法が『大したことない』と評されたのだと思った。
要は舐められているということだ。
(気に入らねぇ……)
そもそも、ダイアナは己の意志を貫いてカイルの命を救ったというのに、その彼女を見下していた自分がリアムを犠牲にするというのか。
それで勝利して飲む酒は、さぞかし不味いことだろう。
「ちっ、めんどくせぇ!」
イスタリスはそう吐き捨てると、爆裂魔法の詠唱を破棄した。
今必要なのは、リアムを巻き込まずにジェノキャスだけを仕留められる魔法だ。
……ひとつだけ、そんな魔法に心当たりがあった。
イスタリスの脳裏にひとりの男の顔が浮かぶ。
その男は魔法学校の二学年後輩で、いつも研究室に籠って魔法の効果を数値化する研究に夢中になっていた変わり者だった。誰からも注目されなかった彼の研究のなかに、ひとつだけイスタリスの目を引くものがあった。
それは一度発動させた魔法に別の魔法を重ねることで、威力を増幅させるというものだった。
ただ、魔力制御の難易度が非常に高く、実行するにはとてつもなく複雑で精密な魔力操作が必要となる。事実、この方法を考案した男の論文には、「とても実戦では使い物にならない」と結論が書かれてあった。
それをはたしてぶっつけ本番でできるのか……。
(迷ってる場合じゃねぇ。やるしかねぇだろうが!)
イスタリスは魔力の矢を詠唱する。対象に魔力の塊をぶつけることでダメージを与える、最も基礎的な攻撃魔法である。
手のひらにバチバチという音を発しながら白いエネルギーの塊が現れる。
ただ、これをそのままジェノキャスにぶつけたところでコアを破壊するどころか、かすり傷ひとつ付けられないだろう。
本番はここからだ。
イスタリスは両手に魔力を込め、白いエネルギーの塊を握りつぶすように外から圧力を加える。放出する魔力量を誤れば、魔力が弾けて一瞬で腕が吹き飛んでしまうであろう危険な行為である。
「ぐっ……」
脇腹の傷の自己主張がどんどん激しくなっている。このまま放置すれば間違いなく失血死するだろう。
それでもイスタリスは一心に魔力を操作し、作業を完遂した。
球状だった魔力の矢が、限界まで圧縮されて鋭く尖った槍の穂先のような形状になっていた。
すべてを貫く究極の槍――あとはこれに爆裂魔法を叩きつけて発射すればいい。
だが、いざ発射という段になって、ふっと意識が遠くなった。
力が抜け、地面に膝をつく。
やはりと言うべきか、爆裂魔法を詠唱できるだけの魔力が残っていなかったのだ。
「くそ……っ!」
このままでは魔法を維持できず、すべてが水泡に帰してしまう。
イスタリスはなんとか魔力を絞り出そうとするが、魔力は気合や根性で湧いてくるようなものではない。
そのとき、視界の端に床に置かれたままの魔法のカンテラが映った。
糞が付くほど真面目で几帳面な性格のダイアナは、こまめに魔法のカンテラに魔力を補充していた。
つまり、あの中にはまだ十分な魔力が残っているということだ。
それを取り込めば、魔法を完成させることができる。
だが――
他人の魔力を体内に取り込めば、確実に拒絶反応が起こる。それが何をもたらすか、これまでに嫌というほど味わってきた。
それでも、ここまできて引き下がれるはずがなかった。
イスタリスは手を伸ばして魔法のカンテラを掴むと、一気にすべての魔力を抜き取った。
直後に、胃の中にマグマを流し込まれたかのような激痛が体内で爆発した。
いにしえの魔神の細胞が人の魔力を拒み、暴れているのだ。
視界が真っ赤に染まり、意識が急速に遠のいてゆく――
「イスタリスッ!」
悲痛な叫び声が耳に届く。
イスタリスは反射的に声がした方へ顔を向けた。
涙でべちゃべちゃのダイアナの顔……その顔がなぜか一瞬、姉に重なって見えた。
……俺はまた奪われるのか。
理不尽な暴力に屈するのか。
家族を失ったときのように。
あんな思いは、もう二度と味わいたくない。
だから人の身体を捨ててまで力を手に入れたのではないのか。
それなのに、ここで諦めるのか。
お前は本当にそれでいいのか?
「――いいわけねぇだろうッ!」
たとえそれがどんなモノであっても、絶対に奪わせない。
奪おうとする奴は誰であろうと叩き潰す。
イスタリスは吹き飛びそうになる意識を歯を食いしばって繋ぎとめる。
激痛を気合いでねじ伏せ、根性で詠唱を続け、そしてついに魔法を完成させた。
「死ねやぁぁッ!」
イスタリスはありったけの力を込めて、爆裂魔法を魔力の矢に叩きつけた。
白い閃光が音もなく空を切り裂く――
刹那の出来事だった。
まるで時が止まったかのように誰も動かない。
ただひとつ変化があったとすれば、ジェノキャスの胸部に小さな穴が穿たれていたことだろう。
しばしの静寂の後、ジェノキャスの身体が乾いた砂のように粉々に砕け、地面に崩れ落ちていった。
「ざまぁ……みやがれ……ッ」
そう吐き捨てると、イスタリスはその場にへたり込んだ。
魔力は空っぽで、脇腹の傷も洒落にならない痛みを発している。今すぐにでも意識を手放してしまいたかったが、どうにか堪えた。
リアムが面頬を上げながら近づいてきていたからである。
「大丈夫か?」
「……目が腐ってんのか? 大丈夫なわけねぇだろう」
さすがに強がりを言うだけの気力は残っていなかった。
リアムは振り返ると、砕け散ったジェノキャスの残骸を見た。
「見事だ」
うるせぇ――そう返そうとして、イスタリスは意識が急速に遠のいていくのを自覚した。今度は抵抗せず、そのまま闇に身を委ねた。




