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ある盾役の憂鬱 外伝Ⅱ<孤高の魔人と癒しの聖女>  作者: SDN


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22/25

覚悟

 広間の中央では、リアムとジェノキャスの死闘が続いていた。

 特別仕様のゴーレムを相手に一歩も引かないリアム。

 だが、彼の鉄壁の防御力を支える根幹――魔法の盾が限界を迎えつつあった。何度も破壊光線を防ぎ、ジェノキャスの拳を受け止め続けた結果、盾はもはや原形を留めないほどにぼろぼろになっていた。

 それでもリアムは怯むことなくジェノキャスに立ち向かっていく。


 ダイアナはそんなリアムを守ろうと魔法を唱え続ける。

 その成功率は目も当てられなかったが、とにかく今は自分にできる全力でリアムを支え続けるしかない。そうすれば、すぐにカイルとイスタリスが救援に来てくれる。そう信じて、必死に魔力をコントロールする。


「てめぇ、なんで俺を庇った!」


 そのとき、イスタリスの叫び声が聞こえてきた。

 つられて視線を向けると、床に仰向けに倒れているカイルの姿が見えた。


「カイル!?」


 ダイアナは悲鳴をあげて駆け出した。そして、すぐにカイルの身体に起きている異変に気付く。全身から黒い瘴気のようなものが溢れ、額には見たこともない黒い刻印が浮かび上がっていた。


「ガラルハインの呪いだ。それも致死性のな。このままだとあと数分で死ぬ」


 イスタリスが無慈悲に告げた。


「だったらすぐに解呪しないと!」


「無駄だ。ガラルハインが命と引き換えに発動した呪いだ。お前ごときに解呪できるわけがねぇだろ」


「そんなのやってみなければわからない! どいて!」


 ダイアナは強引に押しのけようとしたが、イスタリスは譲らなかった。


「馬鹿が、冷静になれ! こいつはもう助からねぇ。それよりもリアムだ。あいつがやられたら次は俺らの番なんだぞ!」


 ダイアナははっとして振り返った。

 今やリアムは完全に劣勢に立たされていた。容赦なく振り下ろされるジェノキャスの拳を亀のようにじっと耐えるだけで、反撃すらできなくなっている。


「このまま全滅するか、三人で生き延びるか、迷うまでもねぇだろうが!」


 イスタリスの言葉に、ダイアナは激しく動揺した。

 たしかに理屈の上では彼の言っていることが正しいのだろう。

 だが、まだ出会って一ヶ月程度とはいえ、共に戦い、苦楽を分ち合ってきた仲間であることに変わりはない。その仲間を見殺しにして自分たちだけ生き残る……そんな残酷な選択肢を選べるはずがない。

 なら、みんなで一緒に死ねばいいのか?

 それもありえない。少なくとも他のメンバーが生き残れる可能性があるのに、あえて全滅を選ぶことに何の意味があるというのか。カイルだってそんな結末は望んでいないに決まっている。


『誰よりも冷静に、冷酷に、命の取捨選択をする……それが回復役(ヒーラー)の役割だということをよく覚えておいてほしい』


 今になってその言葉が、胸に深く突き刺さる。

 ダイアナはどうすればよいのかわからず、呆然と立ち尽くした。


「……カイルを助けろ」


 苦痛に満ちた声が耳に届いた。

 声の主はリアムだった。ジェノキャスの拳を受け止めながら必死に訴えてくる。


「ダイアナ、お前はカイルの呪いを解くんだ」


「で、でも、そんなことをしたらあなたが――」


「大丈夫だ……俺は……絶対に……倒れんッ!」


 その言葉が嘘ではないことを示すように、押し込まれる寸前だったリアムの体勢が元に戻っていく。信じられない膂力だった。

 リアムにとって、カイルは自らの命を犠牲にしてでも助けたいと願うほどの存在なのだ。

 その悲壮な覚悟に、ダイアナは突き動かされた。

 あるいは単に他人に判断を委ねて楽になりたかっただけなのかもしれない。

 それでも、彼らを誰ひとり死なせたくないというのは、彼女の偽らざる本心だった。


「リアム! 私が戻るまでなんとか耐えて!」


 今度はイスタリスも止めようとはしなかった。

 ダイアナはカイルのそばに跪く。解呪の魔法は割と得意な系統の魔法だ。知識は十分にあるし、練習だって人の何倍もした。落ち着いてやれば絶対にできる。

 ……そのはずだった。


「なに……これ……」


 見たことのない凄まじい負のエネルギーが、カイルの心臓に絡みついていた。

 モンスターは魔法を扱わない。

 彼らの扱う呪いとは、邪悪な思念――負の魔力が生み出した毒のようなものだ。

 だから理屈の上では真逆の性質――正の魔力で相殺すれば、呪いは解ける。

 だが、ガラルハインの呪いは強力で、複雑すぎた。棘のついた細い糸が何重にも絡みついていて、強引に断ち切ればすぐさま呪いが発動し、カイルはたちまち命を落としてしまうだろう。

 解呪するには、糸を切らないように一本ずつ解きほぐす。そんな気の遠くなるような作業が必要だった。それも限られた時間のなかで、だ。


(と、とにかく、やるしかない)


 ダイアナは解呪の魔法を詠唱した。魔力を針のように細く伸ばし、カイルの身体に絡みついた呪いの糸を慎重にほどいていく。

 苦労の末、なんとか一本目がほどけた。

 だが、たった一本で相当な魔力を消耗していた。全身から汗が吹き出し、集中のし過ぎで目の奥がちりちりする。

 この作業をあとどれだけ繰り返さねばならないのか。


 そのとき、激しい金属音がダイアナの鼓膜を揺さぶった。

 派手な音を立てて金属の円盤が床を転がっていく。これまで敵の攻撃を一身に受けてきたリアムの魔法の盾がついに限界を迎えたのだ。

 リアムは瞬時に盾の残骸を投げ捨てると、両手でメイスを構え、ジェノキャスの拳を受け止めた。

 が、純粋な力勝負ではあきらかに分が悪い。じりじりと押し込まれ、膝が床につく寸前まで追い詰められる。


(早く、早くしなきゃ……)


 だが、焦れば焦るほど集中力が乱れ、それが詠唱にも悪影響を及ぼし始める。

 いつもとまったく同じパターンだった。

 カイルの額にある刻印はほとんど見えなくなっていた。


(だめ……こんなの、無理に決まってる……)


 心の奥底から絶望が容赦なくせり上がってきて、魔法を発動させていた手が力なくたれ下がっていく……。


「おいふざけんなッ! なに勝手に諦めてんだ!」


 今度は怒声が響き渡った。

 これまでに見たことのない怒りの形相で、イスタリスがこちらを睨んでいた。


「てめぇでやるって決めたんだろうが! だったら最後までやり遂げろ。こちとらてめぇのわがままに付き合って命張ってんだぞ!」


「イスタリス……」


「いつまでも甘えてんじゃねぇ! このパーティの回復役(ヒーラー)はてめぇだ! てめぇ以外にカイルを救える奴はいねぇんだぞ! できねぇならそいつと一緒に死ねッ!」


 激励のつもりなのか。それとも本当にただの罵倒なのか。

 ただ、ずっと歯牙にもかけられていないと思っていたイスタリスの言葉は、ダイアナの胸の奥深く突き刺さった。


 ――ぱんッ!


 ダイアナは目一杯の力で自分の頬を張った。

 痛みで気が引き締まる。


(……もう泣き言は言わない)


 足りないのは覚悟だった。

 未来への夢や希望。自由への憧れ。魔法士としての栄誉。貴族としての誇り。才ある者の責任と義務。そんな上っ面なだけの綺麗事ではなく、心から成し遂げたいことがある。

 カイル、リアム、イスタリス……彼らを支えるのではない。

 対等な仲間として、命を懸けて共に戦うのだ。

 今ここで解呪を成功させなければ、一生胸を張ってパーティの仲間だと名乗ることができなくなる。

 それだけは絶対に嫌だった。

 だから――


「絶対に成功させる!」


 ダイアナはそう叫ぶと、再び魔法の詠唱を開始した。

 リアムとイスタリスが近くにいる。彼らが守ってくれる。彼らを信じて己の為すべきことに集中すればいい。失敗したら、などと余計なことは考えない。すべての雑念を意識の外へと追いやる。


 突然、周囲の景色や戦いの音が消えた。

 肉体の感覚がなくなり、暗闇の中に意識だけが残る。

 ただひたすら、己の魔力に向き合う。

 やがて自分自身が魔力そのものになったような一体感を抱いた。

 魔力が自身を中心に爆発的に広がる。神経が蜘蛛の巣のように全方位に伸び、すべての事象に触れたような感覚を覚える。ジェノキャスの挙動や、リアムやイスタリスの息遣いまでもがはっきりと感じられる。

 だが、それで集中力を乱されることは、もうなかった。

 むしろ知覚が拡大したことで、扱える針の数が一気に増えていた。

 ダイアナはその無数の針を同時に操り、自分でも信じられないほどの速さで呪いの糸を解きほぐしていった。

 呼吸や瞬きさえも忘れ、無心で作業に没頭する。

 永遠にも、ほんの一瞬にも感じられる時間……。


 ……我に返ったときには、すべての呪いの糸がなくなっていた。

 黒く染まりかけていたカイルの肉体は元に戻り、生きていることを示すように穏やかに胸が上下している。


 解呪に成功したのだ――そう認識した瞬間、からっぽだった心が、今までに感じたことのないような達成感で満たされていった。


「やった……やった……っ!」


 際限なく溢れてくる涙を、ダイアナは止めることができなかった。



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