死の刻印
パーティを発見したジェノキャスが己が使命を果たさんと突進を開始する。
「うおおおおっ!」
リアムが雄叫びをあげてそれを迎え撃った。
メイスを左脚に叩き込む――が、ジェノキャスは小動もしない。
反撃とばかりにジェノキャスの右拳が振り下ろされる。
リアムはそれを辛うじて盾で受け止めた。そして再びメイスを振るう。まさに真っ向からの殴り合いである。
「くそっ、なんて間の悪さだ」
イスタリスは舌打ちする。ジェノキャスは単体でも苦戦を免れない強敵である。ガラルハインと同時に相手をして勝てる見込みはまずない。だが、逃げようにも前後の通路を塞がれていてはそれも不可能……まさに最悪の状況だった。
後ろからダイアナの悲鳴が聞こえてくる。
振り返ると、通路の奥からガラルハインが天井を這うようにして広間に近づきつつあった。おそらくジェノキャスの出現を知って自身の優位を確信したのだろう。
このままでは前後から挟撃される。そうなれば全滅は必至だった。
「落ち着け、ひとつずつ対処するぞ。リアムがジェノキャスを抑えてくれている間に、まずはガラルハインを片付けるんだ」
こんな危機的状況でも、カイルは冷静だった。
「ダイアナ、君はリアムの援護を。今彼を支えられるのは君しかいない」
「わ、わかった」
ダイアナは緊張を滲ませた顔で頷くと、さっそく魔法の詠唱を開始する。
「イスタリス、まだやれるか?」
「あたりめーだ。誰にモノを言ってやがる」
脇腹の傷は相変わらず耐え難い苦痛を生み出し続けているが、逆にそのおかげで意識を失わずに済んでいた。
「なら俺に考えがある」
カイルが口にした作戦を聞いて、イスタリスは思わず彼の顔を見返してしまった。ありきたりな戦法だが、この状況で咄嗟にそれを思い付くあたり、やはりこの男は非凡だった。
「よし、いくぞ!」
カイルは掛け声と同時に再び通路に突入すると、剣すら抜かずにガラルハインの前にその身を晒した。
当然のごとく破壊光線が襲いかかってくる。
カイルは素早い身のこなしでそれを躱し続ける。ひとつでもステップを誤れば命を落とす、まさに死のダンスである。むろん並の人間にできる芸当ではない。高い俊敏性と冷静な判断力を兼ね備えたカイルだからこそ可能なのだ。
イスタリスも後れを取るまいと、すぐさま魔法の詠唱に入る。
使うのは爆裂魔法。ただし、狙いはガラルハインではない。
奴が張り付いている天井だ。
ガラルハインに魔法は効かなくても、天井なら破壊できる。通路を崩落させ、瓦礫でガラルハインを圧死させる……それがカイルの作戦だった。
これまでは崩落が起こらないよう威力を調整して魔法を使っていたが、事ここに至ってはそんなことを気にしている余裕はない。
「恩義は等倍でいい。ただし、恨みは十倍にして返せ。相手が二度とこっちに手を出そうと考えられなくなるくらい徹底的にだ」
いつだったか忘れたが、ケーネイアが言っていた言葉だ。その教えに従うわけではないが、イスタリスはありったけの魔力を注ぎ込み、魔法を完成させた。
「クソモンスターが! さっきの礼だ、喰らいやがれ!」
放たれた光球が一直線に通路の天井に吸い込まれる。
一瞬遅れて爆発が生じた。激しい振動は広間にまで達し、次いで轟音と共に通路の天井が崩落する。
爆発に巻き込まれたガラルハインは、そのまま大量の瓦礫の下敷きになった。
「どうやら上手くいったみたいだな……」
いつのまに戻ってきたのか、すぐ傍でカイルが額の汗を拭いながら言った。
イスタリスはそれには応じず、瓦礫の山を注視する。
通路は完全に崩壊していた。いくらなんでもあの瓦礫の下敷きになって生きているとは考えにくい。が、なにせ相手はモンスターだ。油断などできるはずがなかった。
徐々に粉塵が収まっていく。
すると、瓦礫の隙間から数本の触手がはみ出ているのが見えた。触手はぴくりとも動かず、本体が押しつぶされているであろう瓦礫の下からは血なのか体液なのかわからない紫色の液体がゆっくりと広がりつつあった。
「やったか……」
イスタリスがガラルハインの圧死を確信した、その直後だった。
突然瓦礫の山が崩れ、中からガラルハインが勢いよく身体を起こした。
大きく開かれた眼球が真っすぐにイスタリスを見据えていた。
その色は――黒。
(黒はなんだったっけか)
そんなことを考えたせいで、イスタリスは反応するのが遅れた。
気付いたときには周囲がどす黒い瘴気に覆われていた。
次の瞬間、イスタリスは真横に突き飛ばされた。
振り返った視線の先に、手を伸ばしたカイルの姿があった。まるでスローモーションのように彼の身体に黒い瘴気が吸い込まれていく。
力なくその場に倒れるカイル。
ほぼ同時に、ガラルハインもすべての力を使い果たしたのか、枯れた植物のように干からびて崩れ落ちた。
イスタリスは慌ててカイルのもとへ駆け寄り、身体を抱え起こした。
特に目立った外傷はない。ただ、全身が瘴気に覆われ、額には奇妙な形の印が刻まれていた。文字というより、ただの落書きのようにも見える奇怪な紋様……。イスタリスは昔、魔法学校の書庫で同じものを見たことがあった。
「こいつは……死の刻印――」
ガラルハインの黒い目は、見つめた対象に呪いをかける。それもただの呪いではない。己の命を対価として対象の命を奪う死の呪いだ。
カイルの額に刻まれた印が徐々に薄くなっていく。これが完全に消えた時が彼の命が尽きる時だろう。
「てめぇ、なんで俺を庇った!」
イスタリスが身体を揺さぶると、カイルの目が薄く開いた。
「消去法、だ……俺のナマクラじゃジェノキャスはやれん……お前の……魔法の方が……まだ……可能性が……ある……」
「……」
「あとは……まかせた……ぞ」
カイルはそう言うと、そのまま意識を失った。




