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ある盾役の憂鬱 外伝Ⅱ<孤高の魔人と癒しの聖女>  作者: SDN


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代償

 斥候部隊の死体を見てから、一行の口数は明らかに減っていた。

 決戦が近い――口に出さずとも全員がその認識を共有していた。

 邪悪なモンスターの悪意が満ちていくかのように、進むほどに静寂が深くなる。


 やがて、これまでにはなかった大きな広間に出た。ちょっとした舞踏会が開けるくらいの広さはあるだろう。ドーム状の天井や床に怪しげな幾何学模様がびっしりと刻まれており、その模様が淡い光を発して広間全体を照らしている。

 正面の壁にはさらに奥へと続く通路があった。


 ……その通路の前に標的がいた。

 頭部を失った人間の体に、まるでその代わりとばかりに濁った緑色の球体がくっ付いている。首の付け根の部分から、胴体に入りきらなかった触手がうねうねと全身を這いまわる姿は、おぞましいの一言に尽きた。


「ガラルハインだ……」


 カイルが小さく呟く。

 その声が届いたのか、それとも気配を感じ取ったのか、ガラルハインがゆっくりと振り返り、巨大な眼球でぎょろりと一行を見据えた。

 ダイアナが「ひっ!」ひきつったような悲鳴をあげる。

 すかさず前に出ようとするリアムの肩をカイルが掴んで止めた。


「待て。向こうの通路に入られると厄介だ。おびき寄せて、こっちの通路に引き込むんだ」


 リアムは頷いて一歩下がった。

 だが、ガラルハインはすぐに動こうとはせず、じっとパーティを見つめている。


(こいつ、ひょっとして俺らを値踏みしてやがるのか?)


 イスタリスは直感的にそう思った。目玉ひとつのバケモノの表情などわかるはずもないが、モンスターの大半は人間を見れば見境なく襲ってくる。それをしないということは、このモンスターに戦うか退くかを見極めようとするだけの知能があるということを意味していた。


 やがて結論が出たのか、ガラルハインは背を向けて奥の通路へ移動を開始した。手足をばらばらに動かして歩く様は、まるで酔っ払いが踊っているかのように不自然で、それゆえに不気味だった。


「おい、逃げちまうぞ!」


 イスタリスはカイルに向かって叫ぶ。


「仕方ない。追うぞ」


「それじゃこっちがいいようにおびき寄せられてるじゃねぇか」


「だとしても追わないわけにはいかないだろう」


 そう言って走り出すカイル。

 イスタリスも「ちっ」と舌打ちしつつ後を追う。

 奥の通路は遮蔽物など一切ない一本道で、遥か前方でガラルハインが悠然と待ち構えていた。距離は五十メートル近くあり、全力で走ってもたどり着くまで十秒近くかかるだろう。


「……あのやろう、ちゃんと自分の能力の活かし方を心得てやがる。どうすんだよ、通路に入れば破壊光線の餌食だぞ」


 イスタリスは通路を覗き込みながらカイルに向かって言う。


「さっきも言っただろう。俺とリアムでやる」


「正気か?」


「俺が前に出る」


 カイルではなく、リアムが答えた。

 彼が手にする円形の盾には強力な防護魔法が付与されている。これまでストーンゴーレムの拳を幾度となく受けてきたにもかかわらず傷ひとつ付いていない。あの盾ならば、そう簡単に破壊されることはないだろう。だが――


「奴の破壊光線は鉄の扉もぶち抜く威力だ。そう何発も受けられねぇぞ」


「盾が壊れる前に片を付ければいい」


 自信ありげに言い切ったカイルを、イスタリスは呆れたように見やった。


「……そこまで言うなら止めねぇよ。勝手にやれ」


「任せておけ」


 カイルとリアムは互いに目配せしてから通路に突入した。

 宣言通り、リアムが盾を構えて前に出る。

 待ってましたとばかりにガラルハインの眼球が白い輝きを放つ。輝きはそのまま光の束となって、ふたりに襲い掛かった。

 リアムがそれを正面から盾で受けた。

 ボボボボッという耳障りな音が通路の壁に反響する。

 リアムは光線の勢いに押し込まれそうになりながらも前進を続ける。

 するとガラルハインは一旦射出を止め、目を閉じた。

 再度開かれた眼球の色は白から黄色へと変わっていた。

 次いで眼球から放たれたのは電撃だった。

 通路内の空気がひび割れたかのように雷光が走る。


「ぐぅっ!?」


 盾で受けたリアムが苦しそうに呻く。全身を金属製の鎧で覆う彼にとって、電撃は最も堪える攻撃である。

 だが、それでも彼は足を止めなかった。獣のように雄叫びをあげて突進を続ける。

 二度の攻撃を受けても前進を止めないリアムの姿に、ガラルハインは動揺したかのように後ずさった。

 その隙を逃すカイルではない。雷撃もかくやという素早さでリアムの背後から飛び出すと、一足飛びでガラルハインに接近し、剣を繰り出した。

 その一撃は見事にガラルハインを両断した――かに見えた。


「ちっ!」


 カイルが舌打ちする。両断したのは人の胴体部分だけだったのだ。肝心の本体は恐るべき速さで胴体から離脱し、長い触手を使って天井に張り付いていた。

 再び攻守が逆転する。

 ガラルハインは瞬きごとに眼球の色を変じ、容赦なく光線の雨を降らせた。

 カイルはその攻撃を華麗な身のこなしで躱し続ける。

 だが、さすがに反撃に転じるだけの余裕はない。一旦退いて体勢を立て直そうにも、下手に背中を見せれば破壊光線の餌食になるだけである。

 このままではジリ貧になるのが目に見えていた。


「――ったく、口だけ野郎が!」


 イスタリスはそう吐き捨てると、通路に突入し、魔法の詠唱を開始した。

 ガラルハインの目に魔法を無力化する力があることはわかっている。

 あの厄介な目は攻防に優れた武器だが、無制限に使えるわけではない。奴は能力を発動する前に必ず瞬きをする。おそらくそれが必要な予備動作なのだ。

 ならば、その瞬間を狙えばいい。


(次に目を閉じた瞬間がてめぇの最期だ!)


 ガラルハインの瞼が下がる。

 イスタリスは即座に魔法を発動させた。

 手のひらから放たれた魔力の矢(マジックアロー)が宙を切り裂く。

 狙いも、タイミングも完璧だった。

 だが、ガラルハインはまるでその攻撃を予期していたかのように目を開き、飛来する魔力の矢を見据えた。

 その直後に信じられないことが起こった。

 魔力の矢が直撃する寸前、百八十度向きを変え、イスタリスへと跳ね返ったのだ。


「――なにッ!?」


 予想外の出来事に、イスタリスはわずかに反応が遅れた。

 次の瞬間には自分の放った魔力の矢に右の脇腹を抉られていた。


「がはッ!」


 激痛のあまり、イスタリスはその場にうずくまる。

 魔法反射マジックリフレクション……ガラルハインがそんな能力まで持っているというのは完全に想定外だった。

 ガラルハインは希少種故に情報も少ない。モンスターも生物である以上、人間と同じように個性がある。未知の能力を持っている個体がいてもなんら不思議はない。既存の知識だけで敵を知ったつもりになっていた――痛恨のミスだった。


(まさかてめぇの魔法の威力を身をもって知る羽目になるとはな……)


 渾身の魔力の矢を革鎧程度で防げるはずもなく、傷口を抑えた指の隙間から血が滴り落ちる。


「イスタリスっ!」


 ダイアナが蒼白な顔で駆け寄ってきた。


「すぐに回復を――」


「余計なことすんじゃねぇ!」


 イスタリスは傷の痛みも忘れて反射的にダイアナを突き飛ばした。


「きゃっ!」と尻もちをつくダイアナ。まさか拒否されるとは思っていなかったのだろう。顔には「なんで?」という疑問符が浮かんでいる。


「回復は……必要ねぇ……」


「で、でもすごい血が……」


「気にすんな」


「そんなの無理に決まってるでしょ!」


 ダイアナがむきになって手を伸ばしてくる。

 イスタリスはそれを邪険に振り払った。軽傷でないことは出血量から見て間違いない。それでも回復魔法を受けるわけにはいかない事情があった。


 力を得るための代償……。

 人並み以下の魔力しか持たない人間が一流の魔法士に匹敵する魔力を手に入れる……そんな夢みたいな話が、なんの代償もなく実現できるはずがない。


 イスタリスの体内にある魔力を司る器官は、純粋な人間のものではなかった。

 ケーネイアは百年前に討伐した魔神の臓器の一部を体内に埋め込むことで、イスタリスに人外の魔力を与えたのだ。

 だが、移植された臓器は当然のように拒絶反応を起こした。

 イスタリスの身体に施された刻印や、かけられた精霊の呪いは、それを無理やり押さえつけるためのものだった。

 しかも、それは完璧なものではなかった。肉体の成長に伴い、それらに歪みが生じたのだろう。体温の調整が上手くいかずに微熱が続き、魔力酔いにも似た症状に苦しめられるようになった。

 イスタリスは魔法学校の書庫で役に立ちそうな本を片っ端から読んで対処法を試したが、どれも決定打にはならなかった。成長期が終わるとある程度マシになったが、十五歳になる頃には、症状を紛らわせるためにアルコールが手放せなくなっていた。


 だが、一番の問題は別にあった。

 身体が他人の魔力を受け入れられなくなったのだ。

 眠りの魔法(スリープ)などの状態異常系の魔法だけでなく、バフ・デバフ系の魔法、そして回復魔法に至るまで、あらゆる魔力の干渉を人ならざるモノの臓器が拒絶する。

 それらの魔法は効果こそ得られるものの、受け入れた瞬間にとんでもない激痛を生み、眩暈や吐き気でまともに立っていられなくなる。

 だが、今それをダイアナに説明している暇はない。

 そもそも、誰かにこのことを話すつもりもなかった。赤の他人に弱みを見せることは、食いものにしてくれと宣言するのと同義だからだ。


「なにしてる! はやく広間まで退くんだ!」


 いつのまにか戻ってきたカイルが、強引にイスタリスの身体を引きずって広間まで撤退する。なんとか無事にたどり着けたのは、殿を務めたリアムが盾で破壊光線を防いでくれたおかげだった。


「致命傷か?」


 カイルが息を弾ませながら問いかけてくる。


「んなわけねぇだろ」


 イスタリスは間髪容れずに答えた。苦痛が声に出ないようにするのに少なからず努力が必要だった。


「ダイアナ、彼に回復魔法を」


「それが……」


 ダイアナが事情を説明しようとした、その時だった。

 突然、広間の入口から地響きのような音が聞こえてきた。

 振り返ると、そこには先ほどやり過ごしたはずの特別仕様のゴーレム――ジェノキャスの姿があった。



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