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ある盾役の憂鬱 外伝Ⅱ<孤高の魔人と癒しの聖女>  作者: SDN


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19/25

難敵

 イスタリスの願いもむなしく、五層に下りる階段はあっさりと見つかった。

 灰色の床に開いた穴に、新たな犠牲者を誘うかのように螺旋階段が伸びている。

 一時間ほどの休憩を挟んだあと、一行はその階段を使って第五層へと下りた。

 そこはこれまでの階層とはあきらかに違っていた。

 壁は灰色ではなく黒曜石のように鈍い光沢のある材質に変わり、通路の幅も天井の高さも一回り大きくなっている。

 それらの変化に、一行の緊張感がにわかに高まる。

 カイルを先頭に、これまで以上に慎重に進んだ。


 最初の十字路に出くわしたところで、カイルが鋭く片手を上げて止まるよう指示を送ってきた。


「どうしたの?」とダイアナが小声で問いかける。


 カイルは返事の代わりに十字路の右手側を指し示した。

 ダイアナが怯えたように一歩後ずさったので、代わりにイスタリスがカイルの肩越しに通路を覗き込んだ。

 真っすぐ伸びた通路の遥か先に、こちらに向かってくるゴーレムの姿が見える。

 ただ、そのゴーレムはストーンゴーレムとはまったく異なる個体だった。全身が滑らかな流線型を描いており、色も灰色ではなく黄金で出来ているかのように金色の輝きを放っている。


「こりゃまた厄介なのが出てきたな……」


 イスタリスは首を引っ込めながら言った。


「あれが何か知っているのか?」とカイル。


「ありゃ『ジェノキャス』っていう特別仕様のゴーレムだ。魔力を練り込んだ特殊な粘土を使っていてな、頑丈さで言ったらストーンゴーレムなんか比じゃねぇ。おまけに魔法防御力も高いときてやがる」


 イスタリスが一目でジェノキャスの正体に気付くことができたのは、かつてケーネイアと共に暮らしていたときに、彼のいくつかある拠点に守護者として設置されていたのを見たことがあるからだった。いくら魔法で攻撃しても壊れないので、よく修行相手として利用したものである。


「なるほど、そいつはたしかに厄介だな」


「どうする? 先に言っておくが、あれを倒すのは一筋縄じゃいかねぇぞ」


 カイルはさして考えることなく結論を出した。


「無駄な消耗は避けたい。気付かれる前に一旦退いてやり過ごそう」


「異議なしだ」


 一行は音を立てないように急いで通路を引き返す。

 ジェノキャスはこちらに気付く素振りすら見せず、十字路をまっすぐ抜けていった。

 それからゆっくりと百を数えてから、一行は移動を再開した。


 だが、その十分後。新たな異変が一行を出迎えた。

 目の前に現れた凄惨な光景に、全員の足が止まる。

 あたり一面が、真っ赤に染まっていた。まるで塗料をぶちまけたかのように壁どころか天井にまで赤い飛沫が飛び散っている。

 床には血まみれとなった人と思しき複数の死体……。姿格好からして先行していた斥候たちで間違いなさそうだった。


「……おいおい、こりゃひでぇな」


 イスタリスは死体に近づき傷口を確認した。

 どの死体も、鎧を貫通してどてっ腹に風穴が開いていた。傷口が焦げていることから、ダンジョン入口の扉に穴をあけたのと同じ手口に見えた。


「さっきのジェノキャスの仕業か?」


 同じく死体の検分をしていたカイルが問いかけてくる。


「いや、違うな。これがジェノキャスの仕業なら死体はミンチになってるはずだ」


「つまり、ここで侵入者を発見して戦闘になったということか……」


「その可能性が高いだろうな。それっぽい死体がないところを見ると、返り討ちに遭って全滅したってところだろう」


「領主から聞いていた斥候の数は四人だ。それだと数が合わない」


 言われてイスタリスは死体の数を数えた。

 たしかに、この場にある死体は三つしかなかった。


「こっちだ」


 少し離れた場所でリアムが声を上げた。

 彼の足元に人間の生首が転がっていた。他の死体はすべて首と胴体は繋がっている。つまり、その死体だけ胴体が行方不明ということになる。


「……決まりだな」


 カイルの言葉に、イスタリスも頷いた。

 破られた結界。

 ダンジョン入口の扉と、斥候の死体に開けられた穴。

 そして行方不明の胴体……。

 これらの情報を統合することで、答えは自然と導き出された。


「ちっ、想定していたなかでも最悪なヤツじゃねぇか」


 イスタリスは思わず天を仰いだ。


「なにかわかったの?」


 ダイアナが青ざめた顔で問いかけてくる。


「侵入者の正体がわかった」


「ホントに?」


「ああ、正体はガラルハインで間違いねぇ」


「ガラル……ハイン?」


「お前な、仮にも冒険者やってんだからモンスターのことくらい勉強しておけ。それくらいしか取り柄がないんだからよ」


「ご、ごめんなさい……」


 ガラルハイン……『七色の目を持つ悪魔』という異名を持つモンスターである。

 濁ったような緑色の球体に巨大な目玉がひとつという不気味な姿をしており、本体の下から生えた無数の触手を使って地面を這うように移動する。シルエットはクラゲに似ており、本体部分は三十センチメートル程度の大きさだが、全長は触手を含めれば一メートルを超えるだろう。


 恐るべきはガラルハインの眼球である。

 その異名が示す通り、様々な色に変化する。むろん、ただ色が変わるだけではない。色に応じた様々な特殊能力を発動させることができるのだ。

 見つめた対象を眠り、麻痺、石化、魅了、恐慌、呪いなどの様々な状態異常に陥らせるだけでなく、あらゆる属性の破壊光線を放つこともできる。

 最も厄介なのは、魔法を無効化してしまう分解光線だろう。入口の結界は、この能力によって無力化されてしまった可能性が高い。

 大型種や名前付き(ネームド)ばかりが危険視されがちなモンスターの中で、ガラルハインは小型種ながら、ダンジョンなどの閉鎖された空間においては大型モンスターに匹敵する脅威度を誇るおそるべきモンスターであった。


「ようするに、俺ら魔法士にとっての天敵みたいなもんだ。滅多に見かけない希少種なんだが、まさかこんなところに入り込んでいるとはな」


 イスタリスはそう説明を締めくくった。

 すると、すかさずカイルが補足を入れる。


「ガラルハインは人間や動物の身体を奪い、そのエネルギーを使って活動すると言われてるんだ。おそらく行方不明の胴体は、今頃ガラルハインの新しい胴体として再利用されているはずだ」


「そ、そんな危険なモンスターと本当に私たちだけで戦うの?」


 ダイアナの顔色は青を通り越して真っ白になっていた。


「さっきのジェノキャスと潰し合ってくれれば最高だが……まぁそう簡単にはいかねぇだろうな」


 イスタリスはカイルに視線を向けた。

 この自信家が難敵相手にどう立ち回るつもりなのか興味があった。

 が、カイルが口にした作戦は期待に反して至極単純なものだった。


「気を付けなきゃならないのは目だけだ。ダンジョンの地形を利用してうまい具合に視線を切って、敵が接近してきたところで一気にケリをつける」


「そんなうまくいくか?」


「ある程度の攻撃を喰らうのは覚悟の上だ。長期戦になる方がまずい」


「俺は的になるのはごめんだぜ」


「安心しろ。俺とリアムでやる。魔法は効かないだろうから、ふたりは戦いが始まったら後ろで支援に徹してくれ」


 カイルは気負った様子もなく答えた。

 その隣でリアムも無言で頷く。


(ま、たしかにこいつらならやれるかもしれないな)


 イスタリスはそう思った。

 彼らはたった二人であらゆるモンスターと戦い、そのすべてに勝利してきたのだ。類まれな才能と豊富な実戦経験、そして高い練度を誇る連携。勝算は十分にあるだろう。


「なんにせよ遭遇する前に敵の正体が知れてよかった。死体の状態から見ても、そんなに時間は経ってなさそうだ。上手くすればこの階層で捕捉できるかもしれないぞ」


 カイルはそう言うと、床に点々と続く血痕を追って歩き出した。



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