羨望と焦燥
がつっ、と硬い物がぶつかり合う鈍い音が耳朶を打つ。
リアムが盾でストーンゴーレムの攻撃を受け止めたのだ。
ゴーレムとは魔法士によって仮初の命を与えられた魔動人形である。大小さまざまな大きさの石を泥でつなぎ合わせてできたストーンゴーレムは、半永久的にダンジョンの守護者として侵入者を排除する役目を担う。
そのおそるべき石人形が、角を曲がったところで襲い掛かってきたのである。
数は全部で四体。ただ、二メートルを超す巨体のせいで、狭い通路内ではせいぜい二体までしか同時に襲ってこられない。
その二体の行く手を遮るようにリアムが立ちはだかっている。
同じ前衛のカイルは手を出すつもりがないらしく後方で待機していた。「あんな石の塊と戦ったらすぐに剣が使い物にならなくなる」というのが彼の言い分である。もちろん、この程度の相手にリアムがやられることはないという信頼あってのことだろう。
ダイアナはいつでも回復魔法を唱えられるように身構えながら、リアムの戦いぶりを見守った。
強敵が相手の場合、リアムは決して攻めに出ない。ひたすら防御に徹し、耐え続ける。その姿はさながら殻に閉じこもるヤドカリのようである。
むろん、ただ守っているだけでは敵を倒すことはできない。
攻撃を担当するのは、パーティ唯一の遠隔攻撃役、イスタリスである。彼の詠唱が終わるまで耐えるのが盾役――リアムの役目なのだ。
それを理解していても、ダイアナは心穏やかではいられなかった。
ゴーレムの拳は盾で防いだとしてもかなりの衝撃を伴う。まともに受ければ骨折では済まされないであろう攻撃を、リアムは生身で受け続けているのだ。
できれば防御系の魔法を使って援護したいが、ダイアナはカイルから魔法の使用を制限されていた。
回復役の魔力を温存するのはダンジョン探索における常識ではあるが、理由はそれだけではなかった。戦闘中の魔法成功率がお世辞にも高くないダイアナの魔法を計算に組み込めないのだ。詠唱に失敗すると魔力が暴走し、思わぬ現象を引き起こす可能性もある。それを考慮しての判断だった。
「おい、ぼさっと突っ立ってんじゃねぇ! 邪魔だ、どけッ!」
イスタリスの罵声を受け、ダイアナは慌てて壁際に寄った。
直後に光の弾が目の前を高速で横切っていく。
イスタリスが得意とする爆裂魔法だ。
魔法の光弾がリアムの脇を抜け、ストーンゴーレムに命中、爆発した。
視界が白く染まり、爆発による衝撃で通路全体が激しく揺れる。
それらが収まると、床にはゴーレムの残骸が瓦礫となって散乱していた。
一方でリアムは盾を構えたまま微動だにせず立っている。
もはや見慣れた光景だった。
「リアム、怪我は?」
ダイアナが近寄って声を掛けると、リアムは兜の面頬を上げて「ない」と答えた。
「念のため回復魔法を……」
そう差し伸べた手がやんわりと押し返される。
「大丈夫だ。必要ない」
その言葉が嘘ではないことを示すように、リアムは平然と歩き出す。
ダイアナは呆然とその背を見送った。
いくら盾で防いだとはいえ、ゴーレムを一発で吹き飛ばすほどの魔法に巻き込まれてダメージを受けていないはずがない。
だが、リアムがやせ我慢をしているようにも見えない。実際、これまでに彼から回復魔法を要求されたことは一度もなかった。信じられない頑強さだった。
「ったく、あれじゃどっちがゴーレムかわかったもんじゃねぇな」
イスタリスが呆れたように言った。
戦士リアム……彼はパーティを守る鉄壁の盾であった。
――ダンジョンの探索が始まってから、すでに六時間ほどが経過していた。
現在、一行がいるのは第四層である。
一、二層は事前に情報を得られていたことと、先行した斥候部隊が残してくれたであろう目印のおかげで、ほぼ迷うことなく突破できた。
二層と三層を繋ぐ階段に施された結界は予想通り破壊されていたため、一行はそのまま三層へと下りたのだが、そこから探索の難易度が一気に跳ね上がった。
迷路のように複雑に分岐する通路。
至るところに仕掛けられた罠と、徘徊する魔法生物……。
罠のほとんどは先行した斥候部隊によって解除されていたが、ダンジョン内を徘徊する魔法生物との遭遇は避けられず、幾度となく戦闘を強いられた。
それでも全員が怪我なく四層まで来られたのは、リアムとイスタリスの活躍によるところが大きいだろう。それに加え、リーダーのカイルの存在も欠かせなかったとダイアナは感じていた。
カイルは戦士としてだけでなく、斥候としても優秀だった。ダンジョン探索に必要な知識を身につけているのはもちろん、罠や魔法生物についても誰よりも詳しかった。なにより常に冷静で自信に満ちた言動は、この人に付いていけば間違いないと思わせてくれるだけの安心感をもたらしてくれた。
ただ、探索そのものは順調だったが、いまだ侵入者や斥候部隊の発見には至っていない。
一行は彼らの残した痕跡を辿りながら、ダンジョンのさらなる深層へと歩みを進めていた。
「……っていうかよ、このダンジョンはいったい何層までありやがるんだ?」
うんざりしたようにイスタリスが言った。
「さぁな。作った奴に聞いてくれ」
カイルも投げやり気味に答える。
資料によると、このダンジョンは領主の城の敷地面積と同じくらいの広さがあるとのことだが、縦に何層まで連なっているのかは判明していない。四層までかもしれないし、百層まであるのかもしれない。
常に緊張状態を強いられるダンジョン内では、いくら休もうが疲れは必ず身体の芯に残る。領主が探索の期限を二日と定めたのも、引き際を誤らせないようにするための予防措置なのだ、というのはカイルの言である。
「ここまで金目の物は何もなし。古代王国の秘宝どころか金の欠片さえありゃしねぇ。そりゃこんなシケたダンジョンじゃ早々に調査が打ち切られたってのも納得だな」
そう言ってイスタリスは床に唾を吐き捨てた。
「俺たちの目的は財宝じゃないだろう」とカイルが窘める。
「金を稼ぐのが目的ってところは一緒だろうが。俺は別に依頼が失敗しようがどうだっていいんだ。金目の物さえ手に入ればな」
「そういうわけにはいかない。パーティの信用問題に関わる」
「それこそ俺の知ったことじゃねぇ」
イスタリスは腰の水袋を手に取り中身を一気に呷った。
ぷはーっと吐き出された息からアルコールの匂いが漂ってくる。
水袋の中身が蒸留酒であることを、ダイアナは知っていた。
イスタリスはいついかなる時も絶対に酒を手放さない。たとえ戦闘中だろうが、おかまいなしに酒を飲む。
いくら酒が好きだと言ってもさすがに度が過ぎている。そう思ったダイアナは以前に「真面目にやって」と苦言を呈したことがあるのだが、「てめぇに指図される謂れはねぇ」とまったく相手にされなかった。
たしかにイスタリスが魔法の詠唱に失敗したことは、少なくともダイアナが知る限り一度もない。それどころか四六時中飲んでいるにもかかわらず、酔ったところを見たことがない。
だからなのか、カイルも咎めるつもりはなさそうだった。
「ところで、大丈夫か?」
おもむろにカイルがイスタリスに問いかける。
「あ? なにがだ?」
口元を拭いながらイスタリスは聞き返した。
「ここまででだいぶ魔力を消耗してるだろう」
「誰に言ってやがる。よゆーだ、よゆー」
「強がりはよせ。お前のやせ我慢で二度と太陽を拝めなくなるのはごめんだ」
「だったら聞く相手を間違えてるぜ。俺じゃなくてこいつに聞け。だいぶ俺の魔法の巻き添えを喰ってるだろ」
イスタリスは前を歩くリアムを顎で指し示した。
「大丈夫だ。問題ない」と真顔で答えるリアム。
「けっ、相変わらずいけすかねぇ野郎だ……」
「それで、実際のところどうなんだ?」
カイルがあらためてイスタリスに問う。
「冗談抜きで言うなら、今のままのペースで進むとなると八層くらいまでが限界だな。それ以上はキツい」
珍しく真面目な顔でイスタリスが答えた。
カイルは「ふむ」と顎に手を当てる。
「……よし、じゃあ七層の手前で一度引き返すかどうか検討しよう」
「別にそれで構わねぇが、俺は五層に続く階段がないことを心から願ってるよ」
「それについては同感だ。とりあえず五層への階段が見つかったら一旦休憩を挟もう。さらに下層に行くなら状態はなるべく万全にしておきたいからな。ダイアナもそれでいいか?」
「えっ? う、うん」
唐突に話を振られ、ダイアナは慌てて頷き返した。話を聞いていなかったからではなく、声を掛けられると思っていなかったのだ。
「ちっ、ぼさっとしてんじゃねぇよ。たいして役に立ってねぇくせに、もういっちょまえにへばったのか?」
イスタリスから容赦ない揶揄が飛んでくる。
「そんなことない。適当なこと言わないで」
ダイアナはそう言い返したものの、語気に普段の勢いはなかった。
軽い気持ちで発したであろうイスタリスの「役立たず」という言葉が重く圧し掛かってくる。
この一か月、ダイアナは己の力量不足を認め、積極的に改善に努めてきた。
だが、大した成果は得られていないのが現状だった。あと少しでなにかが掴めそうな気はするのだが、そのあと少しが果てしなく遠い。
できることは戦闘後に傷の手当てをするだけ。イスタリスからは「歩くポーション」などと馬鹿にされる始末である。
パーティの戦力になれていない……。その事実にダイアナは疎外感を覚え、パーティの中に居場所がないように感じていた。
カイルもリアムも色々と気を遣ってくれるが、単に女性だからという理由以上の距離を感じるのはきっと気のせいではないだろう。
一方で、イスタリスはすっかりパーティに溶け込んでいた。
魔法学校時代、誰とも関わろうとせず常に一人でいた彼が、どういうわけかカイルとはまるで十年来の悪友のように接している。イスタリスは元々口が悪いが、普段温厚で紳士的なカイルまでもが汚い言葉遣いで応戦するほどに二人の間には遠慮がない。
性格は正反対で、決して仲が良いわけではないだろう。実際、ことあるごとに対立し、罵り合ってばかりいる。
ただ、それでいて一度意見が合致すれば大抵の物事がスムーズに進んでいく。
その理由がダイアナにはなんとなくわかるような気がした。
彼らはお互いに実力を認め合っているのだ。
人間的な好き嫌いを超越した、実力のみで繋がっている信頼関係……。
カイルとイスタリスの間には、間違いなくそれがあった。
(羨ましい……)
それがダイアナの偽らざる本音だった。
自分も彼らとそういった関係を築きたいと思う。
だが、今のままでは信頼関係を築くどころか、「お前のような役立たずは必要ない」と切り捨てられてしまうだろう。
カイルは焦らなくていいと言ってくれるが、いつまでもそれに甘えてばかりでいいはずがなかった。
「どうかしたのか?」
その声に顔を上げると、リアムが気づかわしげな目でこちらを見ていた。
「ううん、なんでもない。大丈夫」
ダイアナは無理やり笑顔を作って答えた。
(もっとしっかりしなくちゃ)
際限なく膨らみ続ける焦燥を必死に抑えつけながら、ダイアナはぎゅっと拳を握りしめた。




