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ある盾役の憂鬱 外伝Ⅱ<孤高の魔人と癒しの聖女>  作者: SDN


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ダンジョン

 準備を終えた一行は、城門の前で合流すると、衛兵の案内で下水道を通ってダンジョンに向かった。

 レニゴールの街の歴史は古く、三百年の歴史を誇るニーレ王国建国以前から存在していたと言われている。

 考古学者のなかには千年前に滅んだとされる古代魔法王国エルグの遺跡の上に作られた街だと提唱する者もおり、街の地下を流れる下水道は当時から存在する地下通路をそのまま流用したものだとする説もあった。迷路のように複雑な地下構造は、領主でさえもその全貌を把握できていないという。


 そんないわく付きの下水道を進んでいくと、やがて巨大な植物の根が張り巡らされた場所にたどり着いた。街の中心部にそびえる大樹の根である。

 石造りの通路が太い根に覆われている。奥の方の床が一部崩落し、下にちょっとした空洞ができていた。

 根を伝って空洞に下りる。奥にアーチ状の形をした扉が見えた。高さは大人の身長の倍くらいあり、人間用に作った入口としてはいささか大きい。


「ここがダンジョンの入口です」


 若い衛兵が緊張をはらんだ声で言った。

 両開きの扉は金属製で、今もなお固く閉ざされている。が、扉としての機能を果たしているとは言い難かった。というのも、扉の真ん中付近に、人ひとりがなんとか通れるくらいの、丸くくり抜かれたような穴が開いていたのだ。


「……熱だな。焼き切ったような跡がある」


 イスタリスは穴の断面を指でなぞりながら言った。


「お前の魔法で同じことができるか?」


 カイルの問いに、イスタリスはあっさりと首を振った。


「無理だな。俺の魔法じゃこんな綺麗な断面にはならねぇ。っていうか結界を破れるほどの魔法士なら、わざわざこんな穴なんて開けなくても解錠魔法(アンロック)くらい使えるだろ」


 それを受けて、カイルは振り返って衛兵に尋ねた。


「本当にこの扉には魔法の結界が施されていたのか?」


「はっ、自分は巡回の際に何度か見たことがありますが、一目でわかるほどの強い光が扉から発せられていましたので間違いありません」


「結界もろとも扉を破壊したってか。やることが随分と派手だな」


 イスタリスは言いながら扉の取っ手に手をかける。鍵は掛かっていなかったので、そのまま体重をかけて扉を押し開けた。


「閣下より、二日経って戻らなければ全滅したとみなす、との言伝を預かっています。成果はどうあれ、それまでには一度戻ってきてください」


 直立不動の姿勢でそう告げる衛兵に、カイルは「承知した」と応じると、先頭に立ってダンジョンに足を踏み入れた。


 中に入った途端、びっくりするほどの冷気が一行の頬を撫でた。

 生命の気配をまるで感じない無機質で冷たい空気。壁は一面が灰色で、それ自体がかすかに光を発している。おそらく半永久的に効果が持続する魔法が付与されているのだ。

 通路は闇の向こうまで一直線に続いていた。


「ダンジョンって思ってたよりも寒いのね……」


 ダイアナがぶるぶると肩を震わせながら感想を口にした。


「最初に出てくるのがそれかよ。緊張感の欠片もねぇな」


 イスタリスは呆れたように発言者を見やる。この一か月で度胸だけは人並みについたようだった。


「寒いんだから仕方ないでしょ。こんなことなら上着を用意してくればよかった」


 言いながらローブの袖に両手を差し込むダイアナ。

 彼女が身につけているのは一般的な魔法士が身につけるローブである。

 魔法の詠唱には繊細な魔力の操作が必要となるため、魔法士は身体を締め付けるような恰好を嫌う。魔法の行使を優先した結果、耐寒性を二の次にしがちなのは素人の魔法士にありがちな話である。


 一方でイスタリスの恰好は一般的な魔法士とはかけ離れていた。

 ローブではなく厚手のシャツの上に革鎧を身につけている。戦士のような恰好は、ひとりで立ち回ることを想定して物理的な防御力を重視した結果である。それで魔法の詠唱を失敗したことは一度もないし、あんなひらひらしたモノなど着られるか、という彼なりのこだわりもあった。

 もっとも、鎧を着ざるを得ない別の事情もあるのだが……。


「これを使うといい」


 リアムが背負い袋の中から綺麗に折りたたまれた外套を取り出し、ダイアナに差し出した。


「ありがとう」


 受け取ったダイアナは嬉しそうに外套を羽織る。


「リアムって気が利くし、優しいよね。どっかの誰かさんと違って」


 ダイアナの刺すような視線がイスタリスに突き刺さる。


「おい言われてんぞ、カイル」


 イスタリスは雑に振ってみるも、カイルはまったく取り合わなかった。


「くだらないこと言ってないで行くぞ。隊列は俺、リアム、ダイアナ、イスタリスの順だ。イスタリスは魔法の灯りも頼む」


「へいへい」


 イスタリスは腰から短剣を引き抜き、その先端に魔法の光を灯した。壁自体が発光しているので、明るさだけならば魔法のカンテラひとつで十分だが、光源を複数用意するのはダンジョン探索の鉄則である。それくらいの知識はイスタリスにもあった。


 二つの光源に照らされた灰色の通路を一列になって進む。

 通路は四人が並んで歩けるくらいの幅はあるが、いざ戦闘となれば同時に戦えるのは二人までだろう。天井はかなりの高さがあり、リアムがメイスを振り回してもぶつける心配はまったくなさそうだった。

 ときおり水滴のしたたり落ちる音が聞こえてくるのは、上層の下水道から水が漏れているからだと思われた。


「ところで、どうやって侵入者を探すの?」


 ダイアナが先頭のカイルに尋ねる。


「領主が俺たちよりも先に斥候部隊を派遣したと言っていただろう? まずは彼らの足取りを追う」


「そういえば誰も戻ってきていないって……」


「ああ。生きているなら救助する必要があるし、もし死んでいたとしても遺体を見れば侵入者の正体が掴めるかもしれない。どっちにしても損はないさ」


「そ、そうね」


 カイルの冷めた口ぶりに、ダイアナは少し鼻白んだ。


「あと、親父さん――アントムから聞いた話だと、二層から三層に下りる階段にも結界魔法が施されているらしい。それが無事かどうかを確かめれば、少なくとも侵入者が三層に下りたかどうかがわかるはずだ。結界が無事なら一層と二層をしらみつぶしにするだけで済む」


「間違いなく三層に下りてるだろうぜ。賭けてたっていい」


 イスタリスがそう言うと、カイルは「そいつは賭けにならないな」と苦笑した。


「……ねぇ、侵入者はどうしてこのダンジョンに入ったのかな?」


 ダイアナがあらためて疑問を口にした。

 やや間が空いてからカイルがそれに応じる。


「普通なら財宝目当てとかになるんだろうが……侵入者がモンスターの場合はそれも当てはまらないだろうな。モンスターの多くは人里から離れた山林に巣や拠点を構えるから、大きな街に侵入することは滅多にないんだ。そう考えると、たしかに目的は気になるな……」


「そもそも、このダンジョンは誰がなんのために作ったのかしら?」


「それについては資料にも書かれていなかったな。アントムの話だと、このダンジョンを見た大魔法士ケーネイアは『古代王国エルグ時代に作られた実験施設の可能性が高い』って言っていたらしい。通路全体が淡く光っているのは、その時代に作られたダンジョンに多く見られる特徴なんだそうだ」


「そういえば、古代王国の魔法士は研究を邪魔されたくないからって地下深くに籠る人が多かったって文献で読んだことがあるわ。このダンジョンもそうだとしたら、モンスターが侵入したことと何か関係があるのかも……」


 ダイアナが深刻そうな顔でぶつぶつと呟き始める。

 イスタリスはそんなダイアナを睨んで言った。


「んなもんいくら考えたって無駄だ。死人に口はねぇし、モンスターが考えてることなんざわかるわけがねぇんだからな。さっさと見つけてぶっ殺せばいい話だろうが。つまんねぇことをごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ」


「なによ、そんな言い方しなくたっていいじゃない」


 ふたりの間に一触即発の空気が漂う。

 それを払ったのは、意外なことにリアムだった。


「狩りの基本は獲物のことを深く知ることだ。ちょっとした疑問が真相にたどり着く切っ掛けになることもある。ダイアナは間違っていない」


 滅多にない出来事に、イスタリスとダイアナは互いに睨むのをやめ、思わず無口な大男の顔を見つめてしまった。


「まぁ、イスタリスの言い分も一理あるさ」とカイルが場を取り成すように言う。


「モンスターの中には暗くてじめじめした場所を好む種もいるからな。単にここが理想の棲みかだったってだけなのかもしれない。理由なんて案外そんなものさ。なんにせよ俺たちに人間にとってはあまり長居したい場所じゃない。さっさと目的を果たして帰るとしよう」


 カイルは強引に話を打ち切ると、魔法のカンテラを掲げてダンジョンの奥へとさらに歩みを進めるのであった。



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