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ある盾役の憂鬱 外伝Ⅱ<孤高の魔人と癒しの聖女>  作者: SDN


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夢なき魔法

 家族を失い、深い悲しみと孤独を抱えた少年に手を差し伸べたのは、意外なことにケーネイアだった。


「私の実験はまだ終わっていない。約束は守ってもらうぞ」


 そう言うと、彼は長年続けている諸国放浪の旅にイスタリスを同行させたのである。

 ただ、それは傷心の少年への憐憫の情などではなく、せっかく手に入れた実験体を手元に置いておきたいという自分勝手な理由によるものだった。

 拒む気力もないイスタリスは、表向きはケーネイアの弟子として彼と行動を共にするようになった。


 ケーネイアという男がただの流浪の魔法士ではないとイスタリスが知ったのは、旅に出てしばらくしてからだった。

 まず、彼は純粋な人間ではなかった。人間とエルフのあいだに生まれた混血児……いわゆるハーフエルフだったのである。

 頭に巻きつけている布を外すと、たしかにエルフ族特有の長い耳があった。見た目は二十代の青年だが、実年齢は三百歳を超えているという。

 だが、それ以上にイスタリスを驚かせたのは、彼が世間では英雄として称えられているという事実だった。


 世界には二系統の魔法が存在する。

 精霊魔法と術式魔法だ。

 精霊魔法は精霊の力を借りて発動する魔法で、風、土、火、水といった自然の力を自在に操る。一方で、術式魔法は魔力と呼ばれるエネルギーを呪文によって様々な現象に変換する。つまり同じ魔法でも根源がまったく異なるのだ。

 人間には精霊を使役する能力がなく、エルフは術式魔法への魔力適性を持たない。ゆえに術式魔法は人間族にしか扱えず、精霊魔法はエルフ族にしか扱えない。

 その点、両方の種族特性を持つハーフエルフは、どちらの魔法も扱える可能性を持つ唯一の種族であった。もっとも、理論上可能というだけで、ハーフエルフのほとんどはどちらの魔法適性も持たず、生涯魔法と無縁である者の方が多い。

 ケーネイアは類まれな魔法の才によって精霊魔法と術式魔法を高いレベルで使いこなすことができる稀有な魔法士だった。百年前の魔神との戦いでは、その力を如何なく発揮して勝利に大きく貢献した。

 人々はその偉大な功績を讃え、彼のことを敬意と畏怖を込めてこう呼んだ。


『双極の魔法使い』と。


 ただ、イスタリスから見たケーネイアは魔法士としては超一流だが、人間的にはとても尊敬できるような人物ではなかった。

 いや、そんな表現では生温いだろう。どこに出しても恥ずかしい立派なクズ、とでもいうべきか。そもそも平然と子供を実験体にするような外道である。


 ケーネイアはエルフ特有の美しい容姿と落ち着いた佇まいから理知的な人物として見られがちだが、性格は極めて尊大で傲慢。加えて飽き性で堪え性がなく、好奇心旺盛で我儘なところは幼子となんら変わらない。それでいて小心で疑り深く、決して人を信じない。思いやりや優しさの類は欠片もなく、目的のためには手段を選ばない卑劣漢……ざっと羅列しただけでもこれである。


 そんな男と共にする旅が楽しいはずがなかった。

 ケーネイアと共に過ごす時間は、イスタリスにとって苦痛以外のなにものでもなかった。

 扱いは実験体として過ごした三か月と大差なく、怪しげな実験や魔法の儀式は毎日のように行われた。本人曰く「必要な治療行為」とのことだが、好奇心と愉悦に満ちた表情が言葉を完全に裏切っていた。

 おまけにケーネイアの性格でトラブルを引き起こさないはずがなく、イスタリスは行く先々で事件に巻き込まれ、何度も命を落としかけた。

 唯一の救いは衣食住に不自由しなかったことだが、ケーネイアにとってはモルモットの世話をしている感覚に近いのか、互いの心の距離が近づくような心温まる交流はまったくなかった。


 そんな悪夢のような二年間が過ぎたある日。イスタリスは唐突にニーレ王国の魔法学校に預けられることになった。

 その理由をケーネイアは一言も語らなかった。

 ただ、二年間の付き合いで彼の人となりを理解していたイスタリスは、おそらく実験に飽きたからだと推察した。


 ケーネイアと過ごした二年間にろくな思い出などなかったが、彼はひとつだけ大切なことを教えてくれた。

 それは「力さえあれば大抵の理不尽は跳ね返せる」ということだ。

 単純な暴力でも、権力でも、財力でもいい。一定の水準を超えた力は、自由と安全を守る最良の盾となる。

 事実、領主殺しの大罪を犯したイスタリスが何のお咎めもなく旅を続けられたのも、ケーネイアが持つ圧倒的な魔法の力があったからに他ならない。

 力さえあれば、イスタリスは家族を殺されることはなかっただろうし、実験体にもならずに済んだだろう。


 そういう意味では、魔法学校に預けられたのは好都合と言えた。

 ここでなら力を手に入れられる。

 健常な肉体を犠牲にしてまで手に入れた魔法の力をさらに磨き、ケーネイアに匹敵するような魔法士になる。それがイスタリスの当面の目標となった。


 魔法学校では同い年くらいの生徒が数多く学んでいた。

 そのほとんどは貴族の子弟である。

 魔法学校は経済的に裕福な者しか通えないからだ。

 目を輝かせて魔法を学ぶ貴族の生徒たちを、イスタリスは「ぬくぬくと権力に守られ、自身の輝かしい未来を信じて疑わない無知蒙昧なボンクラども」と蔑み、強くなるために不要なものとして徹底的に無視を決め込んだ。


 魔法は力を手にするための手段であって、決して夢や希望を抱くような対象ではない。

 周囲の人間が夢だの青春だのにうつつを抜かしている間、イスタリスはひたすら実戦で役に立つ知識と技術だけを選んで身につけた。空いた時間は王立図書館で書物を読み漁り、さらに冒険者やごろつき相手に辻斬りまがいの勝負を挑み、実戦経験を積むことで実力を高めていった。


 その結果、イスタリスは孤高を貫いたまま圧倒的な成績を修め、魔法学校を首席で卒業した。

 魔法学校の主席卒業者は王宮魔法士になるのが慣例だが、イスタリスに王族や貴族に仕える気などあるはずもなく、卒業後は冒険者となった。力を利用して手っ取り早く金を稼ぐ手段として最適な職業だからである。


 だが、魔法士がひとりでモンスター討伐を行うことは無謀に近い。ケーネイアほどの実力があれば可能だろうが、魔法を正式に学んだことで、彼がいかに現実離れした存在であるかを痛感させられた。残念ながらイスタリスにそこまでの力はなかった。

 それだけではない。

 これまでに他者とほとんど交流していなかったことが仇となった。

 学校とは言わば社会の縮図である。人はそこで他者との関わり方を学び、社会で生きていくために必要な知恵と社交性を身につける。

 イスタリスにはその能力が致命的に欠けていた。

 試しにいくつかのパーティに入り込んでみたが、自分勝手な性格が災いし、どこも長続きせず、すぐに解雇された。


 このままでは冒険者は廃業か……そんなことを考え始めた矢先に出会ったのが、カイルとリアムだった。

 彼らからはケーネイアと同じ匂いがした。

 人間性ではなく、備わっている才能が、である。

 このふたりは使える――そう判断したイスタリスは、彼らを利用して冒険者として成り上がり、誰にも侵されることのない自由を手にすると決めた。

 どのみち、この身体では長生きなんて望めないだろう。

 だったら好き勝手に生きて、派手に散る。そんな生き様をイスタリスは望んだ。

 だから、アントムの期待は完全な的外れと言えた。

 イスタリスにカイルたちの暴走を止める気などさらさらなかった。

 むしろ暴走の果てに破滅するのも一興だとすら思っていた。


 手に入れるのは、刹那的な快楽だけでいい。

 失って絶望するくらいなら、大切なものはもういらない。


 イスタリスの心は、未だ深い闇に囚われたままだった。



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