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ある盾役の憂鬱 外伝Ⅱ<孤高の魔人と癒しの聖女>  作者: SDN


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13/25

理由

 領主との面会を終えた一行は、書庫でダンジョンの資料に一通り目を通すと、探索の準備のため一旦城下へ戻ることになった。


「おいカイル、引き受けたのはいいが、ダンジョン探索の経験なんてあんのか? 言っておくが俺はないぞ」


 城門を出てすぐ、イスタリスは前を歩くカイルを問いただした。


「俺とリアムは何度かある。直近だと北のラウスピッツ山の麓にある地下遺跡に調査隊の護衛として入った。まぁ、それを含めても片手で数えられる程度だけどな」


「あんのかよ……」


 カイルたちが下積み時代に手広くやっていたという話はイスタリスも聞いていたが、ダンジョン探索の経験まであるとは驚きだった。


「そう心配しなくても、今回は未踏のダンジョンを調査するわけじゃない。事前に資料も確認できたし、これから会うアントムに話を聞けば、かなり確度の高い情報を持った状態で探索できるはずだ」


「で、そのアントムってのは何者だ? 知り合いっぽいが信用できるのか?」


「前に話した行きつけの店の店主だよ。元冒険者で、俺とリアムが駆け出しのころからずっと世話になってる人だ。信用できる」


 カイルが自信満々に言い切ったので、イスタリスも「そうか」と矛を収めた。

 現役時代に稼いだ金で自分の店を構えて悠々自適に余生を……というのは、冒険者なら誰もが思い描く理想の未来だろう。もっとも、現実にそんな老後を過ごせる者はほんの一握りだけである。そういう意味では、アントムという男がそれなりに優秀な冒険者だったことは間違いなさそうだった。


「そんなことよりも、カイルはあの領主様とどういう関係なの? ずいぶんと親しげに声を掛けられていたけど」


 ダイアナが会話に割り込んできた。心なしか口調に棘がある。


「関係って言われてもな……ちょっとした縁で顔見知りになったというだけで、特別親しいわけじゃないよ」


「でも『私の誘いを足蹴にして』とか言われてたじゃない」


 ダイアナにしては珍しく食い下がる。


「以前、騎士として仕えないかと誘われたことがあるんだ。そのときにきっぱりと断ったんだけど、それ以降もことあるごとに勧誘してくるんだ」


 一年前、カイルは領主主催の剣術大会に参加したことがあった。

 名だたる騎士たちを相手に堂々と勝ち進み、決勝戦でレニゴールの騎士団長に惜しくも敗れたものの、準優勝という結果を残した。

 レニゴールの騎士団長は近隣諸国にも名が轟く豪傑である。その人物と互角の勝負を演じたカイルはめでたく新領主の目に留まり、今日に至るまで執拗かつ熱烈に勧誘され続けているのである。


「どうして騎士にならなかったの? その方がお金も名誉も手に入るじゃない」


 ダイアナは納得いかないとばかりにつっかかる。


「俺は誰かに仕える気はないよ。剣術大会に出たのだって騎士になるためじゃなく領主に顔を売るためだったしね。そもそも、あの領主は俺の能力だけを見て勧誘してきたわけじゃないんだ」


「どういうこと?」


 ダイアナが首を傾げる。


「領主に付き従っていた騎士たちを見たか?」


「え? 見たけど……」


「全員が美男子だっただろう?」


「……言われてみれば、たしかにみんな綺麗な顔立ちをしていた気がする」


「あの領主は気に入った小姓を騎士にとりたてて、自分の周りに侍らせているんだ。他人の趣味にとやかく言う気はないが、俺は領主のコレクションの一部にされるのは御免だね」


 その言葉に、ダイアナは実に複雑そうな表情を見せた。


「私、あの領主様はなんとなく信用できないかも……」


「俺だって別に信用はしていないさ。けど、この街で成り上がるなら、あの領主とも上手く付き合っていくしかないだろう?」


「それはわかるけど……」


「とにかく引き受けた以上、依頼は成功させる。領主が言っていたように、ダンジョンに入り込んだのが本当にモンスターだったとしたら、街に被害が出る前に対処しなくちゃならないからな」


 ダイアナは複雑な表情を見せながらも「そうね」と同意した。


「よし、それじゃさっそく手分けして準備に取り掛かろう。俺はこれからアントムの店に話を聞きに行くから、リアムは拠点に戻って探索に必要な道具類を持ってきてくれ。ダイアナは市場に行って三日分の食料の調達を頼む。集合場所はここにしよう」


 カイルがそう指示を出すと、リアムとダイアナはさっそくそれぞれの目的地に向かって移動を始める。


「俺はその辺で酒飲んで待ってればいいか?」


 指示を出されなかったイスタリスは欠伸を噛み殺しながらカイルに尋ねた。


「お前は俺と一緒にアントムの店だ。さっさと行くぞ」


「なんでお前と一緒に行かなきゃならねぇんだよ。話を聞くだけならお前ひとりで事足りるだろうが」


「お前も資料を見ただろう。ダンジョンには魔法生物がいて、罠もあるんだ。魔法の専門家であるお前も話を聞いておくべきだ」


「後でお前から聞けば同じことだろ」


「たしかにそうかもしれないが、こいつは俺の優しさでもあるんだぞ」


「あん? どういうことだ?」


「お前はダイアナとは折り合いが悪いし、リアムとだってまともに会話が成立したことがない。このパーティでお前の相手をしてやれるのは俺だけだという事実にいい加減気付いてほしいものだな」


 その発言が冗談なのか本気なのか、イスタリスには咄嗟に判別ができなかった。


「……気を遣っていただいて恐縮だがな、俺が一番気に喰わないのはてめぇだよ」


「お、奇遇だな。俺もだ」


「このやろう……、だったらなんで俺をクビにしねぇんだよ!」


「必要な人材だからに決まってるだろう」


 カイルは事も無げに言ってのけた。


「小なりといえどパーティは組織だ。周りが俺の言いなりになる奴ばかりだと組織が腐る。それを防ぐには、お前みたいにずけずけと物を言ってくれる奴がいてくれた方が色々と都合がいいんだ」


「……」


 イスタリスは呆気にとられつつも、心の中で感心もしていた。

 たしかにリアムはカイルのやることに一切口出ししないし、ダイアナも異を唱えることは滅多にない。ふたりのカイルに対する信頼は崇拝の領域に片足を突っ込んでいると言っていい。その状態の危険性をカイルは正確に認識しているのだ。


 カイルは相当な自信家だが、同時にしっかりと己を客観視し、目的遂行のために理知的に物事を判断できる人物だった。

 先ほどの剣術大会の話もそうだ。騎士団長相手に惜敗したと言っていたが、おそらくわざと負けたのだと、イスタリスは思っていた。

 領主主催の剣術大会で冒険者に優勝を持っていかれようものなら、騎士たちの面子は丸つぶれになる。彼らの面子を守り、なおかつ自身の優秀さもアピールする。

 その最善手が決勝戦での惜敗だったのだ。

 目の前の勝利ではなく、目的のために敗北すら受け入れることができる度量と、冷静かつ合理的な判断力。カイルには間違いなくそれがあった。


 ただそうなると、どうしても無視できない問題がひとつ浮上してくる。

 イスタリスはこの際だとばかりに、それをぶつけることにした。


「……そういうことなら、お前の期待に応えてひとつ言いたいことがある」


「なんだ?」


「ダイアナのことだ」


「ダイアナがどうかしたのか?」


「とぼけるな。お前、本気でこのままあいつにパーティの回復役(ヒーラー)を任せるつもりか?」


「もちろんそのつもりだ」


「本気で言ってんのか? あの女、もう一ヵ月も経つってのに未だに戦闘中にまともに回復魔法が使えてないんだぞ。そんな奴に本気でこの先も命を預けようってのか?」


 結成以降、パーティは戦闘において負け知らずだったが、すべてが順風満帆というわけではなかった。

 特にダイアナは大きな壁にぶつかっていた。

 この一ヵ月、ダイアナの魔法の成功率は悲惨の一言に尽きた。実戦になると途端に落ち着きをなくし、詠唱が滅茶苦茶になってしまうのだ。


 魔法は高度な専門技術である。詠唱には繊細な魔力操作と高い集中力が必要であり、わずかな呼吸の乱れさえも失敗の要因となりえる。戦場で魔法を詠唱するには、理論や知識以上に、常に冷静でいられる精神力の方が重要だと言われているくらいである。

 ダイアナの魔力は質も量も十分で、術式の構築も素早く無駄がない。静かで落ち着いた環境ならば、彼女はその才能を如何なく発揮できるだろう。

 だが、実戦では使いものにならない。

 それがイスタリスの下した評価だった。

 これまで問題にならなかったのは、単に回復魔法が必要となる状況に陥らなかったからに過ぎない。それだけカイルとリアムが前衛として優秀であることの証左でもあるのだが、だからといってこのままで良いわけがなかった。


「彼女の場合、経験が足りていないだけだ。俺やリアムも駆け出しのころは酷いものだった。お前だってそうだろう?」


 カイルの擁護には、イスタリスを納得させるだけの説得力はなかった。


「たしかに大抵の人間は経験を積めばある程度マシになるが、あの女がそうなる保証も、それを待ってやる義理もねぇ。だいたい、俺が見るにあれは経験云々ではなく精神的なものだ。人間には向き不向きがある。いくら経験を積もうが使えねぇ奴はどこまでいっても使えねぇよ」


「たしかにお前の言う通り、現状で彼女は戦力になっていない。ただ、それでも俺は彼女をパーティから外すつもりはない」


 カイルはきっぱりと言い切った。


「なんだ、ずいぶんとお気に召してるみたいじゃねぇか。お前もあの女領主のことをとやかく言えないんじゃないのか?」


「そうじゃない。たしかにダイアナは素晴らしい女性だが、それとは別にちゃんと彼女を選んだ理由がある」


「ほう……聞かせてもらうじゃねぇか」


 イスタリスは目を細めてカイルを睨んだ。


「俺は以前、彼女の立ち回りにダメ出ししたが、自己犠牲の精神を否定したかったわけじゃない。むしろ逆だ。彼女が平然と仲間の命に優先順位をつけられるような人間だったらパーティには誘わなかった。最初からそれができる人間と、覚悟を持って行なう人間とでは根本が違う。彼女の優しさは回復役(ヒーラー)にとって得難い資質なんだ。今はまだ色々と噛み合っていないだけで、いずれ彼女は必ずこの街を代表するような回復役(ヒーラー)になる。少なくとも俺はそう信じている」


「それを待ってて死んじまったら元も子もないだろうが。もし自分のミスで仲間が死んだら、あいつは心に大きな傷を負うことになる。そうなる前に引導を渡してやった方があいつのためにもなるんじゃねぇのか?」


「彼女なら大丈夫だ」


「その根拠は?」


「彼女は俺たちが思っている以上に強い女性だからだ」


「はっ、笑わせんな」


 イスタリスは鼻で嗤ってみせた。

 ただ、実のところカイルの言っていることもわからなくはなかった。

 自分が足手まといになっていることは、ダイアナ自身も気付いているだろう。それでも彼女は、少なくとも表向きはまったくへこたれた様子を見せていないのだ。

 実際、イスタリスは彼女が詠唱の特訓をしているところを何度も目撃している。苦労知らずのお嬢様だとばかり思っていたが、どうやらそれなりに根性は据わっているらしい。その点だけはイスタリスも認めていた。


「とにかく、彼女のことはもうしばらく様子を見よう」


 この話は終わりだとばかりに背を向けて歩き出すカイル。

 その背に向かってイスタリスは言った。


「……リーダーはお前だ、好きにすればいいさ。ただし、俺は組む価値がねぇと判断したら、さっさとおさらばさせてもらうからな」


 すると、カイルは振り返って笑みを漏らした。


「誰しも自分のことになると途端に目が曇るらしいな。お前は自分が思っているほど非情にはなれない人間だよ」


「クソが、勝手にほざいてろ」


 やっぱりこいつは気に喰わねぇ。イスタリスは地面に唾を吐き捨ててから、カイルの後を追った。



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