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ある盾役の憂鬱 外伝Ⅱ<孤高の魔人と癒しの聖女>  作者: SDN


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レニゴール領主

 レニゴール領主の城は、街のほぼ中心部にある。百年前の魔神との戦いにも耐え抜いたとされ、王侯貴族が住まう城というよりも、前線の砦のように質実剛健な造りとなっている。

 一行は門の前で衛兵に用件を告げると、城内の謁見室まで案内された。

 外観と違って室内は豪奢で、大理石でできた床は綺麗に磨き上げられている。入口から奥までは真紅の絨毯が敷かれ、一段高くなったところに城主が座るための玉座が置かれていた。


 待たされること十分ほど。別室に通じる奥の扉が開かれ、中から数人の騎士と共に領主が姿を現した。

 イスタリスは領主の姿を思わず二度見した。

 というのも、うら若い女性だったのだ。それも淡い紫水晶色の瞳と絹のように艶やかな金色の髪が印象的な美人である。ドレスではなく騎士候補生のような男装をしているが、それさえも彼女の美しさを引き立たせる小道具となっていた。


(まぁ、顔は好みだが……)


 表情と歩く姿に自信と覇気が強く出過ぎている。おそらく自身の美しさを自覚していて、それを最大限に活かす方法を熟知しているタイプだろう。性格はあまり好きになれそうにないな、というのがイスタリスの率直な感想だった。


 目の前のカイルが自然な動作で膝をつく。リアムとダイアナもそれに倣ったので、仕方なくイスタリスも膝を折った。


「久しいな、カイルよ。最近は随分と名を上げているようではないか。城下に出るとお前の名を耳にする機会が増えているぞ」


 女領主は尊大な口調で言いながら、優雅な足取りで椅子に座った。


「恐れ入ります。閣下もご壮健のようでなによりにございます」


「閣下ではなくメリッサンと名で呼べと、以前にも言ったはずだが?」


「身に余る光栄なれど、遠慮させていただきます。過ぎたる栄誉はいずれ身を滅ぼす種になる、と亡き祖父から口酸っぱく言われて育ったものでして……」


 人を喰ったようなカイルの発言に、左右に控える騎士たちが気色ばむ。

 一方でメリッサンは愉しそうに声を上げて笑った。


「相変わらず連れないな。今度の仕事でも、その不遜な態度に見合うだけの成果を出してもらいたいものだ」


「もちろん、そのつもりでおります」


 カイルは恭しく一礼してみせた。


「ところで、後ろにいる者たちはお前の仲間か?」


「はい」


「ふむ、リアムのことは知っているが、他の二人は初めて見る顔だな」


 言いながら領主は値踏みするような目でダイアナとイスタリスを交互に見る。


「ほう、随分と若いな」


 お前が言うな、とイスタリスは思ったが、さすがに口には出さなかった。


「……なるほど、私の誘いを足蹴にしてまで組む価値がこの者達にはあると、お前はそう言うのだな?」


 領主の問いかけに、カイルははっきりと頷いた。


「はい。能力も将来性も十分な者たちです」


「私にはとてもそうは見えんがな」


 そう感想を口にする領主の視線はダイアナのところで止まっていた。

 領主とダイアナの間で見えない火花が散ったように、イスタリスには見えた。

 先に目を逸らしたのは領主だった。ただ、相手に気圧されたわけではなく、自らの優位を確信して引き下がったような余裕があった。


「……まぁよい。人は誰しも過ちを犯すものだ。お前が自らの過ちに気付いたそのときは、あらためて私のもとへ来るがよい」


「そのお気遣いは無用かと」


 カイルの返答に、メリッサンは大袈裟にため息を吐き出した。


「カイルよ、お前はあらゆる点で優れた男だが、素直になれないのが欠点だな。そういうところは好ましくもあるが、私がいつまでもそれを歓迎すると思わぬことだ」


「肝に銘じておきましょう。では、これ以上閣下のご不興を買わぬためにも、さっそく仕事の話を伺いたく存じますが……」


 あっさりと受け流したカイルに、メリッサンは一瞬だけ不服そうな顔を見せたが、すぐに長い足を組み、胸を反らした。


「今回お前に依頼したいのは、この街の地下にあるダンジョンの探索だ」


 カイルはわずかに眉をひそめた。


「……ダンジョン、ですか。下水道ではなく?」


「そうだ」


「この街の地下にダンジョンがあったとは初耳ですね」


「だろうな。ダンジョンの情報は一般には公開していないからな。十年ほど前、許可なく街中に大樹を植えた愚か者がいただろう。当時、その大樹の根のせいで下水道の一部が崩落してな、父――先代領主がその調査に赴いた際、偶然入口を発見したのだ」


「なんと……」


 十年前、無銭飲食をしたエルフが代金の代わりに店主に渡した種が一夜にして大樹になったという事件は、この街の住民なら知らぬ者はいない。

 今でこそ街の観光名所として人気を博している大樹だが、下水道の破壊を含め、当時は様々な問題を引き起こした。奇跡の大樹亭の店主は売り上げの一部をいまだに修繕費として税とは別に納めているというもっぱらの噂である。まさかその大樹の下にダンジョンが存在していたとは、さすがのカイルも知らなかった。


「しかし、十年前ともなれば、すでに調査は済んでいるのでは?」


 カイルの指摘に、メリッサンは小さく肩を竦めた。


「調査は行われたが、不十分だったと聞いている」


「……と言いますと?」


「私も当時は幼かったから、詳しい事情は知らぬ。ただ、家臣どもに聞いた話では、当時は隣国との諍いや、大型モンスターの活動が活発化していたりと、本格的な調査をする余裕がなかったらしい。父は早々に調査を打ち切り、ダンジョンの入口を魔法の結界で封印するよう命じて、以降の立ち入りを禁じたのだそうだ」


「それならば、なぜ今さら再調査を?」


「つい先日、我が領地の特別顧問を務めている魔法士から警告があったのだ。『この都市の地下に邪悪な存在が入り込んだ』とな。それで念のためダンジョンの入口を調べに行かせたところ、結界が破壊されていたというわけだ。何者かが中に侵入したとみて、まず間違いあるまい」


「では、我々の仕事とは――」


「侵入者の正体をつきとめ、必要とあらば始末してもらいたい」


 続けてメリッサンは報酬額などの条件を提示した。

 その内容を聞いて、イスタリスは目を見張った。基本の報酬額は通常のダンジョン探索依頼の相場の三倍。さらに討伐対象によっては追加報酬もありえるという破格の条件だった。

 当然、それ相応の危険を見越してのことだろう。請け負った冒険者が全滅すれば、報酬そのものを支払わなくてもよいのだから、失敗前提で高額報酬を提示した可能性もなくはない。


「ひとつお伺いしても?」


 そう問いかけるカイルの声に浮ついた響きはなく、冷静そのものだった。


「言ってみよ」


「なぜ騎士の方々ではなく我々に依頼を?」


「我が騎士たちは剛勇無双ではあるが、正直この手の探索任務には向いていないのだ。現に腕利きの斥候を何人かダンジョンに向かわせたが、未だ誰ひとりとして戻ってきていない有り様だ。この手の探索任務は、お前たち冒険者の領分であろう」


 メリッサンの発言を受け、イスタリスはちらりと居並ぶ騎士たちを見た。全員が同じ顔をしていた。絵画にしてタイトルを付けるとしたら『恥辱』あたりになるだろうか。


「――もしダンジョンに侵入したのがモンスターの類であれば、いずれ街の住民に被害が及ぶかもしれん。そうなる前に早々に片を付けたい」


 メリッサンはそう言うと、カイルの前までやってきて肩に手を置いた。


「カイルよ、私はお前の能力を高く評価している。お前ならばこの危険な任務を見事に果たせるものと信じている」


「もし断った場合は?」


 女領主は鼻で嗤った。


「無意味な仮定だな。私が知るお前は絶対に断らない。違うか?」


 カイルは深く頭を下げた。


「謹んでお引き受けいたします」


 メリッサンは満足げに頷くと、再び玉座に腰を下ろした。


「ダンジョンに関する資料は書庫にまとめてある。本来、地下に関する情報は都市防衛に関わる重要機密で一般市民への閲覧は許可していないが、私とお前の仲だ。特別に許可しよう。これはお前への信頼の証だと思ってくれ」


 恩着せがましい領主の物言いに、カイルは微笑で応じた。


「ご配慮痛み入ります。……ついでにもうひとつ、警告を発したという顧問殿から直接話を伺うことは可能でしょうか?」


「残念ながら少々込み入った事情があってな、顧問殿はこの街には滞在していないのだ。代わりと言ってはなんだが、十年前にダンジョンの調査を請け負った冒険者のひとりがまだこの街にいるから、その者を紹介してやろう。名はたしか……アントムといったか。今は現役を引退して城下で小さな酒場を営んでいるそうだ」


「その者でしたら存じております」


「ならば話は早い。お前に協力するよう手紙をしたためてやるから、それを持って会いに行くがよい」


「重ね重ねのお心遣い、感謝いたします。必ずや閣下のご期待に応えてみせましょう」


 その言葉に満足したのか、領主メリッサンは「吉報を待っているぞ」と鷹揚に頷くのだった。



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