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ある盾役の憂鬱 外伝Ⅱ<孤高の魔人と癒しの聖女>  作者: SDN


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依頼

 ウェイトレスが豊満な体を見せつけるように酒の入った杯をテーブルに置いて立ち去っていく。

 イスタリスはそれを舐めるような視線で追いかけつつ、杯に口をつけた。


 ここは奇跡の大樹亭。レニゴールの街で一番繁盛している酒場である。店内は大仰な看板を掲げるに相応しい盛況ぶりで、店の中央にはその名が示す通りの大樹が天井を突き破って雄々しく立っている。

 実のところ、イスタリスはこの大樹があまり好きではない。まるで「ちっぽけな人間どもめ」と見下されているように感じるからだ。

 とはいえ、冒険者はこの店で酒が飲めるようになったら一人前と言われ、多くの冒険者がこの店でデカい顔して酒を飲むことを目標にしている。

 一流のパーティほど大樹の傍にあるテーブルに座るという暗黙のルールがあるらしく、席を巡って冒険者同士がいざこざを起こす場面をちょくちょく見かける。


 カイルたちとパーティを組んで一か月。

 いくつかの討伐依頼をこなしたことで、イスタリスの懐はかつてないほどに潤っていた。こうして朝から奇跡の大樹亭で酒を飲む贅沢が許されているのも、そのおかげであると言えた。座っているのは端にある小さなテーブルだが。


 もっとも、今日イスタリスがここにいるのは酒を飲みにきたからではない。

 カイルに呼び出されたのだ。

 用件は聞いていない。

 そもそも肝心の呼び出した当人がまだ来ていなかった。四人掛けのテーブル席には、盾役(タンク)のリアムと、回復役(ヒーラー)のダイアナのふたりが同席している。リアムに問いただすと、どうやらカイルは朝から姿が見えないらしい。


 このパーティのリーダーはカイルで、普段会話を回しているのも彼である。

 その中心人物がいない上に、無口なリアムと会話が弾むはずもなく、先ほどから沈黙が続いている。

 いつもならば気を遣って話を振ってくるダイアナも、今は別のことに口を使っていた。彼女の目の前には林檎やら蜂蜜やらをふんだんに使ったパイが所狭しと並べられていて、それを処理するのに忙しいのだ。


「ったく朝っぱらからばかばか食いやがって。てめぇはブタにでもなるつもりか。見てるだけで胸やけがしそうだ」


 イスタリスはうんざりしたように言った。


「いいでしょ別に。魔法学校時代は周囲の目もあってあまりこういうものを食べる機会がなかったんだから」


 ダイアナは特に気にした様子もなく、丁寧にパイを小さく切って口に運ぶ。


「にしたって限度ってもんがあるだろうが……」


「好きな物を好きな時に好きなだけ食べられる……私は今、パイと一緒に幸せも噛みしめてるの。だから邪魔しないで」


 そう言って再びパイと向き合うダイアナの姿には、魔法学校にいた頃の堅苦しさは感じられない。

 イスタリス自身、本気で彼女を咎めているわけではなかった。

 魔法の詠唱は魔力だけでなく体力や精神力も消耗する。それらの回復に糖分が有効だというのは、長年の研究によって証明された事実である。


 とそのとき、カイルが店に入ってくるのが見えた。彼は軽快な足取りで近づいてくると、開口一番「次の仕事が決まった」と告げた。


「どんな仕事だ?」


 イスタリスは残り少なくなった杯を一気に飲み干すと、片手を上げて近くのウェイトレスにお代わりを注文した。


「依頼内容はこれから依頼主に会って聞くことになっている」


「は? お前は依頼内容も確認せずに引き受けたってのか?」


「依頼主が依頼主なんでな」


「誰が依頼主なんだ?」


 するとカイルはにやりと笑みを浮かべた。


「この街の領主だ」


「領主様から直接依頼されるなんてすごいじゃない!」とダイアナ。 


「そういや、この街の領主ってのはどんな奴なんだ?」


 イスタリスが疑問を口にすると、たちまちダイアナは呆れ顔になった。


「あなた自分の住んでいる街の領主のことも知らないの?」


「誰が領主だろうと俺には関係ないからな。そう言うお前だってたいして知らないんだろ? 偉そうな口を利くな」


「あなたと一緒にしないでくれる?」


 ダイアナはそう言うと、咳払いをひとつしてから得意げに語り始めた。

 それによると、レニゴールの現領主はまだ十八歳の若者で、病で急逝した父に代わって一年前から領地を治めているのだという。若輩とはいえ、この一年で積極的に冒険者を誘致してモンスターによる被害を抑え、隣国との関税交渉でも一定の成果を収めるなど、領民からの評判も悪くないとのことだった。


「……で、その将来有望な若き領主様にこれから直接お会いするってわけか?」


 イスタリスの問いに、カイルは頷いた。


「そういうことだ。くれぐれも言動には注意してくれよ。特にイスタリス」


「なんで俺を名指しすんだよ」


「むしろなぜされないと思っているんだ?」


「てめぇ……」


「まぁ冗談はさておくとして。これは一気に名を上げるチャンスだ。もちろん無理難題を押し付けられる可能性はある。だが、それに臆しているようではとても冒険者として大成なんてできない。だからこの仕事は必ず成功させよう」


 民衆に向かって演説するかのようなカイルの口ぶりに、リアムとダイアナは真面目な顔で頷き返した。


「それを飲み終えたら行くぞ。俺は先に外で待ってる」


 カイルは新しい酒を運んできたウェイトレスの方を見ながら言うと、踵を返して店を出ていった。

 イスタリスは「ちっ」と舌打ちしてから、受け取った杯を乱暴に飲み干した。




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