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ある盾役の憂鬱 外伝Ⅱ<孤高の魔人と癒しの聖女>  作者: SDN


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10/11

足りないもの

 ゴブリン討伐を終えたその日の夕方。

 街に戻った一行は、『奇跡の大樹亭』で祝杯を挙げた。

 変異種の討伐に成功したということもあって、場は大いに盛り上がっていた。

 ……ただひとり、ダイアナを除いて。


 カイルとイスタリスが互いの戦いぶりについて意見をぶつけ合う横で、リアムが黙々と杯を呷る。

 ダイアナは一時間ほど彼らに付き合ったあと、「疲れたから先に休ませてもらうね」と断りを入れ、店を出た。

 カイルが「送るよ」と言ってくれたが、丁重に断った。彼らは朝まで飲むつもりらしいので邪魔をしたくなかったのだ。


 宿舎までの道のりを、ひとりとぼとぼと歩く。

 通り沿いに並ぶ街灯が一斉に灯り始めた。

 レニゴールの街は至るところに魔力を動力とした街灯が設置されており、夜になっても明かりが絶えることはない。おかげで魔境と呼ばれる地にありながら、大通り付近の治安は比較的良く、人通りもそれなりにある。


 ダイアナが住んでいる宿舎は大通り沿いにある大きな建物で、ゴウテン商会が管理している。商会員が街に滞在する際に使われているとのことで、ちょうど空きがあったことから、マーラの両親の口利きでそこに下宿させてもらえることになったのだ。

 屋敷を出る際に持ち出した服や宝石、アクセサリーをゴウテン商会に買い取ってもらったおかげで、当座の生活資金に困ることはない。ただ、いつまでもそれを当てにするわけにはいかないので、一日も早く冒険者として独り立ちしたいところである。

 が、今日の初仕事で、その大事な一歩目を踏み外してしまった感は拭えなかった。


「はぁぁ……」


 煌々と灯る街灯の下で、ダイアナはこの日何度目になるかわからない深いため息を吐き出した。 

 理由は至極単純である。

 カイル、リアム、イスタリス……彼らの目覚ましい活躍に比べ、なんの役にも立てず、むしろ足手まといになってしまった。

 結局、戦闘中に一度もまともに魔法を発動させることもできず、変異種ゴブリンとの戦いでは恐怖のあまり動くことすらできなかった。

 実際、宴の席でイスタリスから「向いてねぇからさっさと実家に帰れ」と罵倒された。酒が入った上での発言ではあったが、だからこそ彼の本音だということがわかる。


 それだけではない。カイルからもはっきりと苦言を呈された。

 もっとも、彼の場合は失敗に関する言及ではなかった。


「ダイアナ、君の勇気は称賛に値するが、君のとった行動は、回復役(ヒーラー)として最もやってはいけないことだ」


 それはゴブリンに襲われそうになったイスタリスを咄嗟に庇ったことを指しての発言だった。


「俺たち戦士は守ることはできても、傷を癒すことはできない。それができるのは回復役(ヒーラー)だけだ。だから、君は自分自身の安全を最優先に考えなければならない。誰よりも冷静に、冷酷に、命の取捨選択をする……それが回復役(ヒーラー)の役割だということをよく覚えておいてほしい。それができないのなら、悪いことは言わない、回復役(ヒーラー)になるのはやめた方がいい。中途半端な覚悟しか持てないのなら、その方がお互いのためだ」


 カイルがリーダーとして言うべきことを言っただけだということはわかっていたし、別に慰めの言葉を期待していたわけでもない。ただ、実績と経験に裏打ちされた彼の言葉は、己の力不足を痛感させられたばかりのダイアナにとって、さらなる追い打ちとなって心に大ダメージを与えた。


「はぁぁぁ……」


 ダイアナはもう一度、大きくため息を吐き出した。

 たった一日で、己の未熟さと甘さを痛感させられた。

 情けなくて、不甲斐なくて、今すぐ穴を掘って埋もれてしまいたかった。


 宴の席で、カイルとリアムに冒険者になりたての頃の話を少し聞いた。

 彼らは冒険者になってからの数年間、ずっとベテラン冒険者パーティの荷物持ちとして同行することで、ひたすら技や知識を吸収し続けたのだという。

 当然、稼げるわけもなく、わずかに稼いだ金も技術の習得や装備品の調達に回したせいで、生活は常にぎりぎりだったらしい。

 そして基礎を学び終えると、今度は助っ人として様々なタイプのパーティに参加し、あらゆる依頼をこなしていった。パーティに魔法士がいれば魔力の扱い方を教えてもらい、魔剣士がいれば魔力を剣術に応用する技術を見て盗んだ。

 そうして、彼らはそれぞれの得意分野を徹底的に鍛え上げ、着実に実力を伸ばしていったのだ。


 実力で言えばイスタリスも彼らに引けを取っていないだろう。

 今日の戦いでも常に冷静で状況判断も的確だった。

 なにより、たった一度の攻撃魔法で変異種を倒してしまったのだ。あれほどの攻撃魔法を操れる者が果たして王国内にどれくらいいるだろうか。


 ただ、魔法学校時代のイスタリスはお世辞にも優等生ではなかった。

 授業態度は不真面目で、無断欠席は日常茶飯事。酷い時は一月ほど行方知れずになったこともあった。当然、教師からの評判は最悪で、他の生徒からも距離を置かれていた。

 もっとも、当の本人はそんなことお構いなしとばかりに我が道を行き、圧倒的な実力で周囲を黙らせ、主席卒業を果たした。


 主席卒業の栄誉を手にした者は、その後の成功が約束される。望めば上級王宮魔法士の地位や重要施設の研究員にだってなれる。

 にもかかわらず、イスタリスはそれらの誘いをすべて蹴って冒険者になった。端からそんなものに興味がないと言わんばかりに。

 彼は最初から魔法を戦うための手段として考え、実戦に必要な知識と技術を得るためだけに魔法学校を利用していたのだ。

 常に明確な目的意識を持ち、自身の将来に有益と判断した技術だけを率先して学ぶ。方法の良し悪しは別として、今日の戦いで彼が望んだ力を手に入れたことが証明されたのは間違いなかった。


(それに比べて、私はなんなのだろう)


 ダイアナはそう思わずにはいられなかった。

 上級貴族の家で何不自由ない暮らしを送り、当然のように魔法学校にも通わせてもらった。その結果誕生したのが、実戦で満足に回復魔法を唱えられず、回復役(ヒーラー)としての心構えすらなってない役立たずである。


 魔法学校時代のダイアナは、常に模範的な生徒であろうと努力してきた。

 授業は一日たりとも休まず、熱心に教師の話に耳を傾け、与えられた課題にも真摯に取り組んだ。おかげで他の生徒からは一目置かれ、教師からも信頼された。首席にこそなれなかったが、常に上位の成績も保ってきた。


 だが、そんなものは実戦では何の役にも立たないのだ。

 戦場で魔法を詠唱することがあんなに難しいとは思わなかった。魔法学校にも模擬戦の授業はあったが、本物の戦いはまるで勝手が違った。

 恐怖で平常心を失い、普段当たり前にできていたことがまったくできなくなってしまう。落ち着こうとすればするほど心が乱れ、ますますパニックになる。そんな精神状態で魔法を詠唱すれば失敗して当然だった。


 結局、知識だけではだめなのだ。学校という成功体験を積ませるためにお膳立てされた場で魔法を使えば誰だって成功するに決まっている。

 ダイアナは優秀な生徒ではあったかもしれないが、魔法士としては二流以下だった。

 おそらく父はそのことを見抜いていたに違いない。


「――しっかりしなさい、ダイアナ!」


 ダイアナはあえて口に出し、頬をぴしゃりと叩いた。酔いのせいで力の加減ができず思いのほか痛かったが、おかげで意識がはっきりした。


 この程度で弱気になっていたら、それこそ父に笑われてしまう。

 たしかに戦場を俯瞰する能力も、状況判断力も、魔法の詠唱速度も、なにもかもが足りていない。

 だが、最初の失敗でそのことに気付けた意義は大きい。

 最初から上手くいく人間なんてほんの一握りしかいない。

 自分が天才でないことは自分自身が一番よくわかっている。


 大事なのはここからだ。


 あれだけ失敗したにもかかわらず、カイルは「一緒に頑張ろう」と言ってくれた。

 リアムも回復魔法を「たいしたものだ」と褒めてくれた。

 彼らの信頼に応え、一日でも早く回復役(ヒーラー)として戦力になる。

 自分の居場所は自分の力で勝ち取るのだ。


(まずは詠唱の仕方を一から見直してみよう)


 ダイアナはそう決めると、居ても立っても居られず走り出した。


 ……酔った状態で全力疾走したせいで、後で洗面所に駆け込む羽目になったのはここだけの話である。



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