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第8話 幕間 忘れらない過去〈ヒジリ編〉

「――お父様。あたし、強くなったかな?」


少女は木剣を握ったまま、期待と不安が入り混じった瞳で父を見上げた。

父は一瞬だけ厳格な表情を緩め、優しく微笑む。


「ヒジリには才能がある。……本当に強くなったよ。さすがは、私の自慢の娘だ」


「ふふっ」


そのやり取りを見て、母が穏やかに笑った。


「二人とも、少し休憩したら? 今日はいい天気なんだから」


その日は、春の陽だまりのように暖かく、空はどこまでも澄み切っていた。

父と母とヒジリ――たった三人の家族が、何の不安も知らずに笑い合っていた。


それが、壊れるとも知らずに。



「――お休みのところ、失礼いたします!」


慌ただしい足音とともに、若い空挺団の兵士が駆け込んでくる。


「どうした?」


父の声は、先ほどまでの柔らかさを失い、よく通る低音へと変わっていた。


「現在、空挺団領内に不審者が侵入。正体不明です。被害はまだ確認されておりませんが、団長、奥様、お嬢様には十分な警戒を――」


「ご苦労。だが心配はいらん。私がいる限り、何も起こさせはしない」


その言葉に、ヒジリは胸を撫で下ろしかけ――


「……お、お父様。そ、その人……」


視線を向けた、ほんの一瞬。


それだけで、世界は変わった。


「ヒジリが……いない……!」


母の悲痛な叫びが、空に溶ける。


「なにが起きた!?」


父が叫ぶ。

だが、答える者はいない。

先ほどまでそこにいたはずの兵士の姿も、消えていた。



カツン、カツン――。


石畳を踏みしめ、門へ向かう“兵士”。


「ブラン=エールも、こんなものか。……消しても問題ないな」


歪んだ笑みが、その口元に浮かんでいた。



~牢獄の塔~


「……なに、ここ……?」


ヒジリが目を覚ますと、冷たい石壁と鉄格子に囲まれていた。

嫌な予感しか、しない。


カツン、カツン。


「お目覚めですか? お嬢様」


現れたのは――あの兵士。


「……あなた……」


彼は、悪魔のように笑った。


「あなたは何者ですか。ワタクシは……あなたを知りません」


ヒジリは理解できない。

なぜなら、目の前の男は――見るたびに、姿が微妙に違っていた。


「俺? 何者でもないさ。……何者にもなれなかった、ただの“モノ”だよ」


「目的は……なんですか」


「金、かな。敢えて言うなら」


ふざけた口調。だが、その目は笑っていない。


――能力者。


嫌な確信が、胸を締め付ける。


「しばらくここにいな。逃げられないし、俺が来なけりゃお前は死ぬ」

「もし助けが来たら? ……そいつを殺すだけさ。分け前を奪われるかもしれないからな」


仲間がいる?

それとも、誰も信用していない?


男は鉄格子の上で何かを呟いた。


「――YES」


淡い光が走る。


「じゃあな。気が向いたら、また来る。……死んでても別にいいけど」


その背中が消えた瞬間、ヒジリの思考は真っ白になった。


――この人は、きっと来ない。

――攫った理由も、嘘。


狙いは……お父様。


「……解除しなきゃ。能力は、一度しか発動しないはず……」


父を助けるために。

生きるために。


考え続けた二日間。



遠くから、声が聞こえた。

知らない、大人の声と――子供の声。


「……どうすれば、引き寄せられる……」


思考は、すでに壊れていた。

身内以外は、人ではない。


――守れるなら、どんな犠牲でも。


そして、惨劇は起きた。


泣き崩れる少年。

ハツキと呼ばれていた、その子の前で。


自分が、何をしたのか。


――奪った。

――たった一人の、家族を。


「……ごめんなさい……」


謝る資格なんてない。

殴られても、殺されてもいい。


だが、少年は叫んだけだった!


「うるさい! 黙れ! ボクが勝手に罠にかかっただけだ!」


「……だから……一人にして……」


一瞬、意識が途切れた。

次に気づいたとき、視界は急速に狭まり、世界は血のような赤に染まっていた。


「……憎い」


喉の奥から、掠れた声が漏れる。


「アイツが憎い。何者かもわからないけど……絶対に許さない。

それに――あたし自身も憎い。絶対に、許せない」


ヒジリはふらりと歩き出す。

何もできなかった自分を引きずるように、無意識のまま家路へ向かっていた。


胸元に手を伸ばし、忍ばせていた小さな薄い蒼色の石を取り出す。

それは、いつも父が持っていたものと同じ形。


「……天井さえなかったら、抜け出せたのにな……」


呟いた瞬間、石が淡く光り始めた。

光はヒジリを包み込み、やがて一本の道のように伸びていく。

それは、確かに“家があった場所”へと続いていた。


「……帰ってこ…」



「……なに、これ……」


辿り着いた先に、家はなかった。

父が指揮を執っていた場所も、兵士たちの営みも、その家族が暮らしていた町も――すべて。


人影はおろか、建物の痕跡すら残されていない。

そこにあるのは、無機質な更地だけ。


足元に、見覚えのあるものが転がっていた。

父が持っていたはずの、小さな薄い蒼色の石。


「……お父様……お母様……」


声は震え、風にかき消される。

どこに行ったのですか。返事をしてください。


探し回るが、足に力が入らない。

何度も転び、それでも立ち上がり、走る。

だが、どこにもいない。


何も、なかった。

本当に、何も。


空はいつの間にか暗くなり、視界も心も沈んでいく。


「……アハハ……」


ヒジリは、涙を流しながら笑った。


「……そうよね。そうだよね。他人の命を、なんとも思わなかった……

罰が当たったのよ。……当然の、報いよね……」


「ハツキ……あたしも、独りになっちゃったよ……」


膝から崩れ落ち、それでも願ってしまう。


「せめて……せめて、あたしの残りの人生で、あの子を護ってあげたい……

独りのあの子を、ずっと護ってあげたい……」


声が、祈りに変わる。


「護れる強さが欲しい。誰にも負けない強さを……!

あの子が、もう傷つかなくて済む強さを……!」


その瞬間、ヒジリの足元に赤紫色の魔方陣が浮かび上がった。

見たこともない文様が、静かに回転する。


ヒジリは何も言わず、ただ正面を見据える。

ハツキが囚われているであろう、牢獄の塔の方角を。


次の瞬間、眩いほどの真っ白な光が、ヒジリの身体を包み込んだ。




・・・《スキル習得》   『狂神化(バーサーカー)』 ・・・


・・・ 習得者:ヒジリ ・・・


・・・ 護衛対象者:ハツキのみ ・・・


・・・ 尚、習得者・対象者が死亡した場合、このスキルは永遠に失われます ・・・


・・・                       ・・・

            

・・・代償は支払われました ・・・



「わかったわ。ありがとう。」




その後、各地で銀髪で碧い紫がかった瞳の少女が闘技会で目撃される。


そして戦った者、見た者は声を揃えてこう言った。



「銀髪のバーサーカー」





そんなある日、ヒジリは洞窟の前で足を止める。

いや、足が動かない。

体が動かない。


体がアツい。

血が逆流するように感じる。

ドス黒い何かが沸き上がる。


視界が狭まる。

世界が赤い。



ドクン!!!


「やっと、見つけた」

「ハツキ助けるから。あなたは独りじゃないよ。あたしが護るから」



・・・  自動発動(オートアクション) ・・・


・・・  狂神化(バーサーカー)  ・・・


・・・ 《初回》発動確認しました ・・・




そこに可憐な少女の姿は無かった。

居るのは真っ白い鬼。


大きな、どこまでも響く咆哮と共に姿を消した。




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