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第55話 戦場は整った

砂嵐が、ゆっくりと収まっていく。


荒野には焦げた匂いと、乾いた風だけが残っていた。


さっきまで大地を裂いていた魔力の衝突は、今は嘘のように静まり返っている。


キューブの身体を包んでいた白い光も、すでに消えていた。


残っているのは、戦闘の余韻と、わずかな熱だけ。


「……戦闘……

終了しました……」


あまりにも淡白なその一言が、逆に現実感を引き戻す。


ヒジリの目が丸くなった。


「いや、ちょっと待って」


首を傾げたまま、キューブを見つめる。


「今のどういう理屈?」


わずかに傾ぐ無機質な頭部。


「説明しますか?」


「お願い」


間髪入れずに返るあたり、余裕はもうない。


キューブは一度、荒野を見渡す。

先ほどまで荒れ狂っていた赤黒い魔力は、ほとんど消えている。


「ベルクシスの能力は、魔法の暴走ではありません」


「え?」


「正確には——魔法の出力上限を、無作為に強制的に引き上げる領域です」


小さく息を吐いたのはハツキだった。


「……やっぱり」


確信が、遅れて形になる。


振り返るヒジリに、ハツキは少しだけ視線を空へ向ける。


「前の戦いでさ。ボク、言ったよね」


「何を?」


「“出力を無作為に上げてるだけなんだろ?”って」


キューブの演算核が、微かに回転する。


「その推測は正解でした、ハツキ様」


ヒジリの目が見開かれる。


「えっ!?」


「ハツキ様の指摘により構造を解析。暴走構造の演算が可能になりました」


「それ先に言ってよ!」


頭を抱えるヒジリ。


理解が追いつくほどに、ツッコミが遅れてくる。


ハツキは苦笑を漏らす。


「ボクもホントは確信なかったからね」


言い訳のようでいて、事実だった。


キューブは淡々と続ける。


「通常、魔法には出力上限があります。しかしベルクシスの能力は、その制御を強制解除する」


「ってことは?」


「魔法が勝手に暴走する」


「その通りです」


ヒジリが小さく息を吐く。


「なるほどね」


単純さが、一番厄介だ。


——その時だった。


荒野の奥で。


わずかに、赤黒い光が揺れた。


ヒジリの目が細くなる。


「……ねえ」


「どうしたの?」


「あれ」


指差す先。


盛り上がった地面が、ゆっくりと割れる。


嫌な予感だけが、先に走る。


砂の中から、赤黒い指が一本、這い出した。


ぎし、と音を立てて砂を掴む。


「……うそ」


その言葉は、願望に近かった。


次の瞬間。


地面を突き破るように——ベルクシスが立ち上がった。


「……まだ動けるんだ」


静かな声。


だがその奥には、わずかな緊張が混じる。


ベルクシスの身体は、すでに限界を超えている。

胸には巨大な穴。片腕は半分焼け落ちていた。


それでも——笑う。


「当然だ」


血を吐きながら。


「我らは——純血鬼種ヴェルジニテ・オーガ


「ほんと化け物ね」


軽口の形を取った、ほぼ本音だった。


「生命反応、極めて微弱」


キューブの分析に、ベルクシスは小さく嗤う。


「ああ。もうすぐ死ぬ」


その声音には、恐怖が一切ない。


「なら、もう終わりにして欲しいんだけどね」


わずかな苛立ちが滲む。


「だが」


わずかに口角が上がる。


「最後の仕事がある」


——その一言で、空気が変わった。


赤黒い魔力が膨れ上がる。


ヒジリが即座に身構える。


「また暴走?」


だが。


リーネの表情が変わる。


「……待て」


鋭く、空を見上げる。


「まずいっ!!!」


直感が、理屈よりも先に警鐘を鳴らす。


空間から杖を引き抜く。


「リーネ?」


振り向くハツキ。


リーネの視線は、すでにベルクシスへ固定されていた。


「お前……まだそんな余力が」


「気付いたか」


魔力が空へと集まり、圧縮されていく。


逃げ場が、空へ吸い上げられていく感覚。


リーネが瞬時に詠唱を始める。


「我が名はリーネ。

叡智を司る者なり《ソール・マスター》——

収束せよ!

魔力収束マナ・コンヴァージェンス


「対象——ベルクシス。


止める!」


空間が歪み、魔法陣が展開する。


間に合わせるための、最短最速の構築。


——だが、遅い。


ベルクシスが、最後の声を絞り出す。


「我が能力は……魔力上限を歪める」


血を吐く。


それでも、笑う。


「死の瞬間、すべて解き放てば——」


空が赤く染まる。


「能力の領域は……世界を覆う」


その言葉は、宣言だった。


「……まさか」


息を呑むハツキ。


最悪の想定が、現実に変わる。


ベルクシスは、誇るように笑った。


「あのお方に魔力の上限なんぞないっ!!」


()()()()()


その名に、揺るぎはない。


「戦場を——整えておきました」


命を使い切った者の、最後の献上だった。


次の瞬間。


赤黒い光が、爆発する。


空へ。


大地へ。


そして——世界へ。


魔力が広がる。


空間が軋む。


世界が歪む。


スケールが、一段階跳ね上がる。


リーネの魔法が届く。


だが——間に合わない。


ほんのわずかな差が、致命的だった。


荒野の空気が、変わる。


魔力が、暴れ始めた。


「魔力環境変化。


魔力暴走状態を確認……」


事実だけを告げる声が、逆に重い。


「……どうなっちゃうの」


ヒジリの声が、わずかに揺れる。


初めて、状況の大きさが実感として落ちてくる。


ベルクシスの身体が崩れ落ちた。


砂の上に倒れ——今度こそ、動かない。


「生命反応、消失」


完全な終わりだった。


沈黙。


リーネだけが、空を見ていた。


「やられたな……」


短い一言に、全てが詰まっている。


「まずい…状況だよね?」


ヒジリの問いは、確認というより、覚悟だった。


リーネはわずかに笑う。


空を見上げたまま。


「リザーヴにとっては——最高の舞台だ」


最悪の条件が、完璧に揃った。


風が強く吹いた。


ハツキの拳が、静かに握られる。


「なるほど」


理解したからこそ、怒りが湧く。


「自分の命を使って、リザーヴに有利な戦場を作ったわけだ」


「ああ」


その覚悟だけは、認めるしかない。


そして、その名を口にする。


「リザーヴ」


荒野に、不穏な静けさが広がった。


嵐の前の——いや、すでに始まった後の静寂。


戦いは終わった。


だが——


世界は、戦場になった。

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