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第53話 暴走する荒野

 果てしなく広がる砂。

 乾いた風。

 高すぎる空。


 何も変わっていない。


 ――はずだった。


「……減衰していませんね」


 キューブが静かに呟いた。


 その視線の先。

 ベルクシスが先ほど退いた地点。


 本来なら、すでに霧散しているはずの魔力残滓。


 だが――


 それは消えるどころか、かすかに脈打っていた。


 まるで呼吸するかのように。


 ヒジリが眉を寄せる。


「まだ残ってるの?」


「いえ」


 キューブは首を振る。


「残滓ではありません」


 一瞬の沈黙。


 そしてキューブは言った。


「増幅しています」


「……え?」


 ヒジリが目を瞬かせた。


 その瞬間だった。


 ヒジリの身体強化が――跳ね上がる。


「っ……!?」


 制御していたはずの力が、勝手に一段階強くなる。


「ちょ、なにこれ……!」


 踏みしめた砂が砕ける。

 力が、溢れている。


 同時に。


 リーネの固定術式が軋んだ。


 空間を縫い止めていた魔法が、誰も触れていないのに震え始める。


 さらに――


 キューブの補助式。


 演算核の魔力が、制御外で膨れ上がった。


 空気が震える。


 荒野の奥。


 空間が、ゆっくりと裂けた。


 そこから滲み出すのは――

 赤黒い魔力。


 濁った、重たい、深い魔力だった。


「理解が早いな」


 低い声が響く。


 裂けた空間の奥から、ゆっくりと歩み出てくる影。


 ベルクシス。


 先ほどより濃い。

 先ほどより重い。


 その魔力は、明らかに別物だった。


 ヒジリが睨む。


「さっき……いなくなったよね」


 ベルクシスがわずかに笑う。


「少し距離を取らせてもらった」


「逃げたんじゃないの?」


 ハツキが呟く。


 ベルクシスは肩をすくめた。


「準備だ」


 赤黒い魔力が周囲に広がる。


「この能力はな……空間に“馴染ませる”必要がある」


 キューブの瞳が細くなる。


「魔力場の書き換え……」


「そうだ」


 ベルクシスが足元の砂を踏み鳴らす。


 ドン、と低い音が響く。


「少し時間をかければ、この一帯の魔法はすべて暴走する」


 ヒジリが息を呑む。


「じゃあさっきのは……」


「試運転だ」


 ベルクシスが嗤う。


「そして今――完成した」


 荒野の魔力がざわめいた。


 キューブが静かに言う。


「つまり――」


「この荒野そのものが、貴方の魔法というわけですね」


 ベルクシスが笑う。


「人形の分際で理解が早いな」


 赤黒い魔力がさらに膨張する。


「さっきは歪めただけだ」


 一歩。


 砂が沈む。


「今回は――」


 もう一歩。


 赤黒い魔力が、周囲に波紋のように広がる。


「すべて解放する」


 荒野全体の魔力がざわめいた。


 キューブが目を細める。


「……解析完了」


 ベルクシスがわずかに眉を上げる。


「ほう?」


「魔力の質を歪める能力ではありません」


 キューブは淡々と続ける。


「魔法の――出力上限を引き上げている」


 ハツキが振り向く。


「出力を?」


「制御を無視し、魔力の限界を押し上げています」


 キューブの声は冷静だった。


「魔法の暴走状態を、周囲全体に引き起こす能力です」


 ベルクシスが嗤う。


「制御を外す、ということだ」


 腕を軽く広げる。


 赤黒い魔力が荒野を舐める。


「枷を壊すだけだ。

 制御とは弱者の鎖だ」


 ヒジリが顔をしかめる。


「いや……普通それ危なくない?」


「普通は、な」


 ベルクシスの魔力がさらに膨張する。


 砂が浮いた。


 空気が歪む。


「キューブ」


 リーネの声が静かに響く。


「今回は――50%までだ」


 ヒジリが振り向く。


「半分?」


 リーネの蒼い瞳が、まっすぐキューブを射抜く。


「50%までだ。越えるな」


 一瞬の沈黙。


 キューブは静かに頷いた。


「……了解しました」


 足元に、淡い光が灯る。


 極小の演算核。

 分散構造。

 瞬間完結型。


 キューブが魔法を撃つ。


 白い閃光が荒野を走る。


 ベルクシスへ一直線――


 だが。


 閃光が途中で膨れ上がった。


「……!」


 光が歪む。

 膨張する。


 制御限界を越え――


 暴発。


 キューブが即座に魔力を霧散させる。


 砂が爆ぜる。

 爆煙が舞い上がった。


 ベルクシスが鼻で笑う。


「なるほど」


 腕を組む。


「たかだか半分だな。興が冷める」


 キューブの瞳がわずかに揺れる。


「……理解しました」


「何をだ」


「この空間では」


 キューブが静かに言う。


「魔法の精密制御が成立しない」


 ベルクシスが笑う。


「違うな」


 一歩踏み出す。


 その瞬間。


 赤黒い波が広がった。


 ヒジリの身体強化が暴れ出す。


「っ……!」


「力が……勝手に上がってる……!」


 リーネの固定術式がひび割れる。


 キューブは演算核を三つに分散。


 同時展開。

 瞬間防御。


 だが――


 波動は止まらない。


「これは“制御不能”ではない」


 ベルクシスが言う。


「すべての魔法が“最大出力に近づく”」


 ヒジリが呟く。


「だから……暴走してるのか」


「その通りだ」


 ベルクシスが迫る。


「出力を上げろ」


 砂が沈む。


「でなければ潰す」


 これは歪曲ではない。


 純粋な増幅。


 キューブの攻撃が、撃つ前に膨れ上がる。


 制御が乱れる。


 魔法を紡ぐ腕が焼ける。

 血が滲む。


「問題ありません」


 声がわずかに震える。


 それでも、キューブは立つ。


 撃つ。

 撃つ。

 撃つ。


 白い閃光がベルクシスの肩を抉る。


 だが――


 再生が早い。


 赤黒い肉が瞬時に塞がる。


「足りぬ」


 ベルクシスの拳が迫る。


 キューブは瞬間分散。


 衝撃を逸らす。


 だが余波が身体を弾き飛ばした。


 砂に叩きつけられる。


「キューブ!」


 ヒジリの叫び。


 ベルクシスはゆっくり歩く。


「五割では届かぬ」


 その声には確信があった。


「貴様の構造は理解した」


 キューブが膝をつく。


 視界が揺れる。


 演算核が一つ砕けた。


 残り二つ。


 汗が落ちる。


 それでも――


「……観測、継続中」


 ベルクシスの魔力が膨張する。


 荒野が歪む。


 ヒジリの強化が暴走寸前。


 リーネの固定が悲鳴を上げる。


 キューブの瞬間式が暴発し自身を傷付ける。


 血が砂に落ちた。


「終わりだ」


 ベルクシスが腕を振り上げる。


 深層魔力が収束する。


 解放の波。


 空間が軋む。


 キューブの演算核が、二つ同時に砕けた。


 立てない。


 視界が赤く染まる。


「さっさと出力を上げろ」


 ベルクシスが嗤う。


「半端な制御で我に挑むな」


 静寂。


 その時だった。


「……許可する」


 リーネの声。


 キューブの瞳が揺れる。


 荒野の空気が変わる。


 キューブの周囲に、静かな光が満ちる。


 暴れない。

 歪まない。


 ただ密度だけが増していく。


 そして――


 リーネが叫ぶ。


「キューブ。100%まで許可する」


 キューブが静かに呟く。


「出力制限、解除」


 一瞬。


 世界が止まった。


 砕けた演算核が再構築される。


 純粋な光として戻る。


 分散ではない。

 肥大でもない。


 ただ――圧倒的な密度。


 荒野の砂が沈む。


 ベルクシスの魔力が揺らぐ。


「……ほう」


 初めて。


 ベルクシスの声に、わずかな重みが混じった。


 キューブが立ち上がる。


 血を流しながら。


 それでも震えていない。


「お待たせしました」


 白い光が静かに収束する。


 解放された魔法は崩れない。


 ただ――純粋な出力。


 ベルクシスの赤黒い波動と、真正面からぶつかる。


 拮抗。


 砂が舞い上がる。


 純粋な――全力。


 ベルクシスが一歩退く。


 わずかに。


「これが……」


 キューブの瞳が静かに光る。


「100%でお相手します。

 楽に死ねるとは思わないでください」


 そして、静かに告げた。


「すぐに――

 ワタシを倒さなかったことを後悔しなさい」


 荒野の風が止まる。


 次の瞬間。


 白と赤黒の魔力が同時に膨れ上がった。


 衝突の中心で――


 世界が裂けた。

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