第6話 ボクの村へようこそ!
二つの影が、村の入口にそびえる巨大な木製の扉の前に並んでいた。
盗賊やモンスターの襲撃を幾度も退けてきたのだろう。分厚い扉の表面には、無数の傷が刻まれている。
その前に立つのは、門番らしき屈強な男が二人。鋭い視線が、こちらへと向けられた。
「たっだいま~♪ 遅くなってごめんね」
謝罪の言葉とは裏腹に、少年は楽しそうに手をひらひらと振る。
まるで散歩から帰ってきたかのような軽さだった。
「おかえりなさいませ、ハツキ様」
「お疲れ様でした、ハツキ様」
「……え?」
ヒジリは、その場で固まった。
ハツキ、様――?
「だから言ったじゃん。ボク……の村だってさ」
何を言われているのか理解できないまま、ヒジリは首を傾げる。
けれど足は、当然のようにハツキの後を追っていた。
空はすでに茜色に染まり、夕暮れの気配が村を包み込んでいる。
夕食の時間が近いのだろう。あちこちから、食欲を刺激する香りが漂ってきた。
昼間はきっと活気に満ちているのだろう。
周囲には多くのテントが並び、商いが行われていた痕跡が残っている。
野菜、肉、果物、武器、防具、アイテム――ありとあらゆるものが、この村を支えていた。
「この村はね、夜になる前にお店を閉めるの」
ハツキは誇らしげに言う。
「夕食は家族そろって食べるのが掟。例外は認めない! 家族は仲良く、ねっ♪」
「……さっきの門番は?」
「門番は街のギルドから雇ってる傭兵だよ。もちろん独り身の人だけ。交代制で六人。
他の四人は宿を使ってもらってる」
(……ハツキは、一人じゃなかった)
胸の奥で、ほっと息をつく。ヒジリはそう思いながら、問いを続けた。
「あとはどうするの?」
「ヒジリは宿に行って。この道をまっすぐ行けば分かるから。
それで、ボクの名前を言って、これを渡して」
差し出されたのは、小さな銅貨だった。
錆びつき、傷だらけの、年季を感じさせる一枚。
「ちがうちがう! ハツキはどうするのか聞きたかったの!!!」
「ボクは……行く所があるから」
「あたしも一緒に行っていい? 行きたい? てか、行く!!!」
デジャヴだった。
拒否権という概念が存在しないヒジリの圧が、再びのしかかる。
「わ、わかったよ……少し歩くけど、いい?」
「あたし全然ヨユーよ。なんなら抱っこしてあげようか?」
ハツキは少しだけ頬を赤らめ、小走りで高台へ向かう。
ヒジリはそれを、楽しそうに追いかけた。
「――着いたよ。綺麗でしょ?」
視界が開ける。
そこからは、村全体が一望できた。
「ここが、ボクの大事な場所。
帰ってきたら、最初に来る場所なんだ」
そこにあったのは、一基の墓石だった。
夕陽に照らされ、墓石は紅色に染まる。
刻まれた文字が、静かに浮かび上がった。
――ハル=サンブライト
――フェーリア=サンブライト
ハツキは静かにしゃがみ込み、手を合わせる。
目を閉じ、その小さな胸に想いを宿して。
「お父さん、お母さん。
ボクは今日も、無事に戻って参りました。
いつも見守ってくれて、ありがとうございます」
その背中を、ヒジリは黙って見つめていた。
気づけば、頬を一筋の涙が伝っている。
夕陽に染まり、真っ赤になった涙。
(ごめんなさい……ごめんなさい……)
謝罪の言葉だけが、頭の中を埋め尽くす。
「……どうしたの、ヒジリ?」
不意に声をかけられ、ヒジリは慌てて涙を拭った。
「あたしも……手を合わせていいかな?」
「いいの? ありがとう♪」
墓石の前にしゃがみ込み、ヒジリは深く手を合わせる。
「あたしに、手を合わせる資格は無いのかもしれません。
でも……誓わせてください。
あなたたちの大事な息子さんは、あたしが必ず護ります。
命に代えても――!」
そう誓い、顔を上げる。
もう一度、墓石に刻まれた名前を見て――
「……えぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
その叫びに、ハツキが飛び上がった。
「ハツキ……あなた、サンブライトの一族なの!?」
「そうだけど?」
「なんで言わないのよ!」
「聞かれてないし。
それに、あんまり言うものでもないでしょ?」
「じゃあ……もしかして、この村って……」
「そうだよ♪」
夕焼けの中、ハツキは無邪気に微笑った。




