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第52話 終端は静かに訪れる

 消耗品の補充は、街の中央市場が一番早い。


 魔力インク。

 術式用羊皮紙。

 保存結晶。

 回復触媒。


 転送で取り寄せることも出来るが、細かい質までは分からない。

 だから今日は直接来ている。


「これで最後ですね」


 キューブが淡々と袋へ収める。


 必要な物資は揃った。

 ――そのはずだった。


「ハツキ、これ安くない?」


 ヒジリが屋台の串焼きを掲げる。


「消耗品の補充じゃなかったの?」


「これは消耗するから消耗品!」


「理屈が雑」


 だがもう買っている。


 甘い匂いが漂う。

 ヒジリは一口かじり、満足げに笑う。


 リーネは隣で砂糖菓子をじっと見つめている。

 キューブは何も言わないが、袋の数は確実に増えている。


 平和だ。


 本当に、何事もない日常。


 ――だからこそ。


 その違和感は、はっきりと浮いた。


 ヒジリが足を止める。


「……ハツキ」


 視線の先。


 黒ローブの男が二人。

 深く被ったフードの奥から、こちらを見ている。


 キューブの瞳が、わずかに細まる。

 リーネは何も言わない。ただ空気を測るように目を伏せた。


 目が合った。


 次の瞬間、二人は背を向ける。


 逃げない。

 だが距離を保ち、人混みを抜ける。


「誘ってるね」


 ヒジリが低く言う。


「行くよ」


 市場を抜け、石畳を駆ける。


 やがて人通りの消えた開けた場所へ出た、その瞬間。


 二人が止まった。


 ゆっくりと振り返る。


 空気が沈む。


 フードが外れる。


 現れたのは――

 純血鬼種ヴェルジニテ・オーガ


 一体は細い。だが、その輪郭は定まらない。

 見る角度で、わずかに形がズレる。

 もう一体は、抑制された暴力を纏う筋肉を持つ巨躯。


 細身の足元で、まだ発動していないはずの魔法陣がわずかに歪んでいる。


 巨躯の方は、ただ立っているだけなのに、

 石畳が軋んでいた。


 細身の純血鬼種ヴェルジニテ・オーガが高圧的に鼻で笑う。


「ふん……逃げずに追ってくるとはやはり愚かだな」


 赤黒い魔力が脈打つ。


「我が名はベルクシス。純血鬼種ヴェルジニテ・オーガにして歪曲を司る者だ」


 その瞬間。


 リーネの足元の術式がわずかに乱れる。


 キューブの声が静かに落ちる。


「術式干渉型…?

もしかしてワタシの新作魔法を邪魔したのはあなたですか?」


「人形の分際で察しがいいな。

しかしあれは傑作だったぞ」


 ベルクシスが嗤うだけで、

 空間そのものが軋む。


 一方。


 巨躯の純血鬼種ヴェルジニテ・オーガが一歩前へ出る。


 地面が爆ぜる。


「申し遅れました」


 低く穏やかな声。


「静謐の剛拳ヴァルグレイと申します」


 丁寧に一礼。


「市街地での戦闘を避けていただいたこと、感謝いたします」


 次の瞬間。


 ヴァルグレイが消えた。


 爆発的な踏み込み。


 魔力の予備動作も詠唱もない。


 拳が地面を抉る。


 ハツキは半歩横へ滑る。


 風圧が頬を裂く。


 ヒジリが小さく呟く。


「完全に近接型ね…」


 ベルクシスが睨む。


「黙れ。下等生物が声を発するな」


 地面が震えた。


「このままだと多少なりとも被害が出そうだな」


 リーネが一歩、前へ出た。


 風が止む。

 砂が浮く。

 蒼い髪がゆっくりと持ち上がる。


 瞳が、深く染まる。


「――我が名はリーネ」


 静かだが、世界に染み込む声。


叡智を司る者(ソールマスター)なり」


 杖を掲げる。


 足元に幾何学模様が走る。


 数式。

 星図。

 古代文字。

 失われた文明の演算式。


 全てが重なり、巨大な構造体を成す。


 ベルクシスの魔力が干渉を試みる。


「無駄だ」


 だが届かない。


座標再定義アクシス・レデフィニティオ


 空間が軋む。


位相接続フェイズ・コネクシオ


 視界が歪む。


「リーネ様の邪魔をさせません。

干渉遮断(コード・リジェクト)

 キューブが素早く術式を紡ぐ。

 ベルクシスの術式が弾かれた。


「小癪な……!」


 ヴァルグレイが踏み込もうとした瞬間。


「戦場を選ぶのは、我」


 杖が振り下ろされる。


強制転移アルケイア・オーバーライド


 世界が裏返る。


 音が消える。

 重力が一瞬、意味を失う。


 そして――


 足元に砂の感触が戻る。


 果てのない荒野。


 ベルクシスが周囲を睨む。


「空間固定……だと?」


 キューブが淡々と告げる。


「固定完了いたしました。干渉はありません」


 ヴァルグレイが静かに頷く。


「見事な術式です」


 ハツキは二体を見比べる。


「ヴァルグレイはボクがやる」


 視線を赤黒い魔力を纏う純血鬼種ヴェルジニテ・オーガへ向ける。


「ワタシはベルクシスとか言うさっきから汚い魔力を垂れ流している無能をやります――

リーネ様の前で許せないのです」


 キューブの声がわずかに低くなる。


「そしてワタシがリーネ様のために編んだ新作魔法を……

 あなたのせいでワタシが怒られました!」


 ベルクシスが嗤う。


「ほう。人形風情が吠えるか」


 キューブの瞳が僅かに細まる。


「術式構造は既に把握済みです」


 一歩前へ出る。


「絶対に無能(ベルクシス)は、私が処理いたします」


 ヒジリが小声で呟く。


「ちょっと怒ってない?」


「ワタシは怒っておりません」


 即答。


「不快なだけです」


 ヴァルグレイが静かに前へ出る。


「では、私がボーイのお相手いたしましょう」


 次の瞬間――消える。


 爆発的な踏み込み。


 地面が破砕する。


 拳が、視界いっぱいに迫る。


 ハツキは半歩後ろに下がる。


 風圧が頬を裂く。


 砂が巻き上がる。


 着地と同時に、逆手に持ったナイフをヴァルグレイの脇腹へ滑り込ませる。


 金属音。


 刃が弾かれる。


 だが――止まらない。


 二本目。


 三本目。


 足首、首筋、目元。


 急所だけを正確に狙う。


 すべて弾かれる。


 ヴァルグレイが穏やかに告げる。


「正確で実に美しい軌道です。

しかしまだまだ甘い!」


 振り向きざまの肘打ち。


 空気が爆ぜる。


 ハツキは腕で受け、衝撃を殺しながら距離を取る。


 地面を滑る。


 一方。


 ベルクシスが巨大術式を展開。


「潰れろ」


 だがキューブが前に出る。


「干渉開始」


 術式が固定される。


「……貴様」


 ベルクシスの目が細くなる。


「思い上がるよ人形」


 魔力が暴れる。


「ハツキ様うるさくして申し訳ございません。

邪魔はいたしませんのでそちらはお任せします。

こっちの無能はすぐに消しますので!」




 荒野を見渡したハツキが呟く。


「ベルクシスの魔法干渉がないならいけるか?

……それにこのくらい広いなら使ってもいいよね」


 真珠龍の皮袋(パールレザー)から羊皮紙を取り出す。


 砂煙の中、距離を取ったままハツキが息を整える。


 ヴァルグレイは構えを崩さない。


 静かに、互いを見る。


 ハツキが口を開く。


「さっき、言ってたよね」


 風が止む。


「市街地での戦闘を避けていただいたことに感謝する、って」


 ヴァルグレイの目が、わずかに細くなる。


「覚えておられましたか」


「うん」


 短く頷く。


「敵に礼を言うのって、嫌いじゃない」


 一拍。


「強さだけじゃなくて、ちゃんと考えてる」


 砂が足元で流れる。


「だから分かる」


 声の温度が少し下がる。


「あなたは本気で来てる」


 羊皮紙を開き、指を噛む。


 指先から落ちた血が、羊皮紙に触れる。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間――


 闇が、文字の形を取った。


 赤は光ではない。

 滲むように浮かび上がるそれは、祝福でも呪詛でもない。


 ただ一つ。


 この世界に存在することを許されない理。


 ハツキは視線を逸らさない。


「その礼節には、敬意を払う」


 静かに告げる。


「だから――曖昧には終わらせない」


 闇の刻印が完成する。



「だから――ボクの全力で……」




「――闇からの大口(アバドン)


 世界が削れる。


 円形の闇。


 ヴァルグレイが止まる。


「……これは」


 腕が消える。


「存在削除、ですか」


 肩が消える。


「これはまずいですね」

 静かにヴァルグレイが呟く。


「ヴァルグレイ!!すぐにそんな魔法消して……」

 ベルクシスがすぐ魔法陣を展開するが

 ヴァルグレイの胸が消える。


 最後に穏やかに告げる。


「お見事です」


 全身が消えた。


 静寂。


「ヴァルグレイが………

こんなにあっさりと?」


 ベルクシスが震える。


「認めぬ」

 術式再構築。


「させません!」

 キューブが対抗。


 空間が軋む。


 数瞬の拮抗。


 ベルクシスが舌打ちする。


「……この場は退く」


 空間が裂ける。


「覚えておけ。次は貴様らを歪め尽くす」


 赤黒い残滓を残し、消えた。


 静寂。


 ハツキが振り返る。


「……やっぱこれは危ないな。みんな大丈夫?」


 軽い声。


「ねぇ、ハツキってホントは強い……?」


 ヒジリが怯えたように小声で呟く。


「あれは……私でも防げるかどうか」


 リーネが静かに呟く。


「危険です……警戒レベルを上げます……」


 キューブが肩を竦める。


「全部聞こえてるからね……」


 乾いた風が荒野を横切る。


 誰もすぐには言葉を返さない。

 消えた場所を、無意識に見ていた。


 さきほどまで“存在”していたものが、跡形もない。


 その事実だけが、静かに重い。


 そして――


 キューブが一歩前へ出る。


「ハツキ様」


「なに」


「次は、私が対応いたします」


「ベルクシスか」


「はい。純血鬼種ヴェルジニテ・オーガ――ベルクシス。あの無能は絶対に許しません」


 ヒジリが問う。


「大丈夫?」


「問題ありません」


 静かな自信。


 荒野に風が戻る。


 一体は消えた。

 一体は退いた。


 キューブが静かに告げる。


「リーネ様…100%の許可を!」


 物語は、次の戦いへ進む。

この物語は、一度終わった物語です。


正確に言えば、私が途中で終わらせてしまった物語です。


でも、ずっと心のどこかで続いていました。


あの時よりも、

魔法の理屈も、

代償の重さも、

ちゃんと描けると思えたから、

もう一度、書き始めました。


今度は最後まで。


彼らが辿り着く場所まで、見届けていただければと思いますのでヨロシクお願いします!

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