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第51話 見えない襲撃のあと、日常の中で魔法が一瞬だけ揺れた

おかしな宿屋にある自分たちの部屋に戻った瞬間。


「まったく! なんで公衆の面前であんな事したの!?」


ヒジリの声が部屋に響いた。


頬をぷくっと膨らませ、半目でこちらを睨んでいる。

背後ではリーネが腕を組み、ブランがじっと様子を見ている。


三対一。


どう考えても圧倒的不利だ。


「いやいやいや! 抱きついたのは謝る! それは本当にごめん!

でもヒジリがあのまま反応しなかったらと思ったら……」


思い出すだけで寒気がする。


呼びかけても返事がない。

肩を揺らしても、視線は虚ろなまま。


それでも——


箸を持つ手だけが動いていた。


「噛む速度が、一定すぎたんだよ」


部屋の空気が少し変わる。


「味わってる感じじゃなかった。口に入れたものを……ただ“処理してる”みたいだった」


ヒジリの表情が強張る。


「しかも、皿の中身が混ざっても気付かなかった。甘いのと辛いの、ぐちゃぐちゃだったのに」


ブランが小さく息を呑む。


二重罠・強奪ダブルトラップ・スティールにも反応なし。

周囲に敵の気配も無かった」


それが一番おかしい。


魔力の揺らぎもない。

殺意もない。

視線も感じなかった。


なのに現象だけが起きていた。


リーネは低く唸る。


「精神干渉でもない。感覚遮断でもない。

術式の痕跡が薄すぎる……」


ぐうううううう。


……ボクのお腹が鳴った。


ヒジリが吹き出す。


「ちょっと! 緊張感なさすぎ!」

「だってボク何も食べてないんだよ!」


一瞬、重苦しい空気が緩む。


ヒジリは小さく息を吐き、立ち上がった。


「……考えてても仕方ないよね。

とりあえずご飯にしよ。キューブも帰ってくるだろうし」


台所へ向かう。


蛇口をひねる音。

棚を開ける音。


少し間があって——


トン。


包丁がまな板に触れる音。


トントン。


一定の、温度のあるリズム。


さっきの“感情の抜けた一定のリズム”とは違う。


この音は、人間の音だ。


胸の奥がじんわりと温かくなる。


母の背中を思い出す。

湯気の向こうの笑顔。


今日、みんなを護れたのは——


「ありがとう、お母さん……」


安心が先に来て、ソファで意識が落ちた。



「ハツキ~~! ご飯出来たよ!」


目を開けると、全員席についている。

キューブも帰っていた。


テーブルの中央には、ふっくらと焼き上がったハンバーグ。


肉汁が静かに溢れている。


一口。


……うまい。


体の奥に染み渡る。


「ヒジリの料理が一番だよ」


ヒジリが照れる。


「そ、そう? 普通だよ普通!」


「私も本気を出せばこの程度——」

「リーネ様は料理下手です」

「お前は黙れ!」


いつものやり取り。


この空気を、護りたい。


その時。


キューブが胸を張った。


「ワタシ、新しい魔法を編みました」


嫌な予感しかしない。


「発表します!」


全員が息を呑む。


キューブがもったいぶっている間、


ヒジリがなぜか自分の胸とキューブの胸を見比べている。


真剣な顔で。


やめなさい。


「寝ていてもご飯が食べられる魔法です!!!!」


沈黙。


次の瞬間、全員椅子から滑り落ちた。


「犯人お前かーーー!!!」


「人型解除!!!」


ぽん。


黒い匣に戻り、床に転がる。


笑いが広がる。


……そのはずだった。


「……あれ?」


匣の中から、くぐもった声。


全員が止まる。


「自動発動式にはしてないです。

起動条件はワタシの意志のはずで……」


リーネの目が鋭くなる。


「術式を表示しろ」


匣の表面に魔法式が浮かび上がる。


一部の線が、黒く焦げていた。


「……制御式が削れてる?」


キューブの声が揺れる。


「起動条件は“ワタシの意志”です。

自動発動にもしていません。

なのに……術式だけが先に走りました」


部屋の空気が重くなる。


リーネが小さく呟く。


「暴走……か……」


誰も否定しない。


暴走。


その言葉だけが、静かに沈んだ。


偶然?

不具合?

それとも——


ボクはヒジリの手を握る。


冷たい。


「……今日はもう考えるのやめよ」


ヒジリが笑う。

少しだけ、無理をして。


「ご飯、冷めちゃう」


無理に明るく振る舞う声。


匣の表面に浮かんでいた魔法式が、

ほんの一瞬だけ揺らいだ。


光の線が、わずかに歪む。


瞬きほどの時間。


誰も気付かない。


すぐに何事もなかったように、

静かな輝きへ戻る。


ヒジリがフォークを握り直す。


「……冷めちゃうよ?」


ボクは小さく頷く。


まだ温かい。


湯気が、ゆっくりと立ち上る。


笑い声も戻る。


けれど、


さっきまでと同じかと聞かれれば、

ほんの少しだけ違う気がした。


それでも。


ボクは、もう一度ハンバーグを口に運ぶ。


今日も平和だ。


たぶん。

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