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第49話 白き紋章、継承される

薄れ行く意識の中、ヒジリの声がする。


「……この手に。

顕現せよ、白き翼の刃」


空気を裂くような音。

直後、黒ローブの男『エハ』の断末魔が響き渡った。


それは遠く、遠く、まるで水の底から聞いているようだった。


――終わったのか。


そう思った瞬間、意識が闇に沈んだ。



「……ツキ!!!」


誰かが呼んでいる。


何度も、何度も。


重たい瞼をゆっくり持ち上げると、

青と赤が混ざり合う空が視界に広がった。


夕暮れだ。


どれくらい眠っていたのだろう。


空をぼんやり見つめながら、そんなことを考える。


「ハツキっ!!! 起きた? 大丈夫?」


聞き慣れた、優しい声。


「……おはよう、ヒジリ」


そう返し、体を起こそうと力を込める。


――だが、動かない。


指の一本すら。


まるで身体が石になったみたいだった。


「……っ」


新しく発現した能力。


三芒・強奪(トレース・スティール)


あれを使った代償か。


内側から削られたような、空洞感。


力を“奪う”ということは、

代わりに何かを“差し出す”ということなのかもしれない。


「良かった……」


ヒジリの右目から、大粒の涙が落ちる。


ぽた、ぽた、と頬に涙が落ちる。


「倒れてから、全然動かないから……

ほんとに、ほんとに……」


震える声。


ああ。


また、守られたんだな。


「……無事に終わった?」


そう聞くと、ヒジリは涙を拭って、いつもの笑顔を浮かべた。


「もちろん! あたしを誰だと思ってるの???」


誇らしげで、ちょっと得意げな顔。


……良かった。


本当に。


「ブランは……どうなった???」


自分のことより、そっちが気になる。


あの戦いの中心は、間違いなくブランだった。


「ブランはココだよ」


ヒジリの後ろから声がする。


優しくて、少し幼い響き。


……え?


今の声は――


ヒジリでも、リーネでも、キューブでもない。


「今の声って……ブラン?」


ヒジリが嬉しそうに笑う。


「そうだよ♪」


その瞬間、空が陰った。


巨大な影が、ゆっくりと地面を覆う。


「ヒジリ!!! なにか来る!!!」


慌てて叫ぶと、ヒジリはきょとんとした顔でこちらを見て――


数秒後、爆笑した。


「あははは!!!

なに言ってるのハツキ? 大丈夫だよ。だって……」


恐る恐る空を見上げる。


そこにいたのは――


白く巨大な竜。


神々しく、気高く、

それでいてどこか愛嬌のある存在。


その瞳が、真っ直ぐこちらを見る。


「ハツキありがとうなの。

ブラン、元に戻れたよ。力も戻ったよ」


言葉を失う。


これが、本来の姿。


封じられ、歪められていた存在。


三芒(トレース)・強奪(スティール)によって奪い返した、本来の姿。


「……良かった」


それしか言えなかった。


「ハツキ、まだ動けないのか?」


リーネが顔を覗き込む。


「指すら無理」


そう答えると、リーネとブランが視線を交わし、静かに頷いた。


ブランが大きく息を吸う。


そして――


ふわり、と。


キラキラと煌く吐息が、ボクを包み込んだ。


感覚のなくなったボクでも温かく感じる。


優しい。


削られた場所に、光が染み込んでくるようだった。


ピクリ、と指が動いた。


そして、もう一度。


身体が“思い出す”。


動き方を。


生き方を。


ヒジリの膝から頭を起こし、ゆっくり座る。


「ありがとう、ブラン」


頭を下げる。


「このまま動けなくなったらどうしようかと思った」


能力は強い。


でも、代償が重すぎる。


「ありがとうはブランなの」


ブランは優しく言った。


「全部思い出したの。

何のために生まれたのかも、何を守るのかも」


その視線はヒジリへ向く。


ああ、そうか。


ブランの“主”は――



「楽しい話は後だ」


リーネが口を開く。


「ヒジリの継承を済ませよう」


ヒジリが頷く。


さっきまで泣いていた顔はもうない。


「試練とか、あるの?」


少しだけ不安そうに尋ねる。


ブランは首を振る。


「無いの。

ヒジリはエールだもん。

ブラン、もう認めてるの」


エール。


その名を聞いた瞬間、ヒジリの瞳が静かに揺れた。


八百年の約束。


神の遺物。


世界の歪み。


全部が、ここに繋がっている。


「何すればいいの?」


「なにもしないの」


ブランは微笑む。


「一緒にいればいいの。それだけで継承なの」


そう言って、ヒジリの右腕をぺろりと舐めた。


「くすぐったいよ」


ヒジリが笑う。


そして――


「あれ……?」


右腕に、光が灯る。


浮かび上がる紋章。


『剣を咥える竜』


線は複雑ではない。


だが、見る者の魂を震わせる威厳があった。


「あっ」


全員が同時に声を漏らす。


ヒジリがそっと紋章をなぞる。


「ありがとうブラン。

これからずっと一緒に居ようね」


そして、悪戯っぽく笑う。


「もれなくハツキもついてくるけど♪」


……おまけ扱いか。


少しだけ拗ねていると。


「ハツキが一番よ」


片目を閉じ、小さく舌を出す。


その破壊力は卑怯だ。


「光栄です、ヒジリ様」


ヒジリが頬を膨らませる。


リーネが呆れ顔で言う。


「夫婦漫才はもういいか?」


二人同時に赤面。


コクコク頷く。


「よし!」


リーネが声を張る。


「これで竜の継承は完了。

残るは黒三日月(リュヌ・ノワール)あと2人、そしてリザーヴ」


空気が少し引き締まる。


まだ終わっていない。


むしろ、ここからが本番。


「今まで以上に厳しい戦いになる。

だが――」


リーネは笑った。


「私達なら出来る」


不思議と、疑いはなかった。


「そして今、大事なのは?」


リーネの問いに。


ボク、ヒジリ、キューブが同時に叫ぶ。


「美味しいご飯と休憩!!!」


一瞬の静寂。


そして、全員が笑った。


戦いの後の、ささやかな幸福。


それを守るために戦っているのだから。


「さあ、帰ろう」


リーネが魔法陣を展開する。


「ボク達の拠点――おかしな宿屋へ」


おーっ!!!


全員が腕を上げる。


空はすっかり漆黒に染まり、

星が静かに瞬いていた。


ヒジリが隣で、ぽつりと呟く。


「明日は満月かな?」


その横顔は、どこか静かだった。


右腕の紋章が、淡く光る。


戦いはまだ終わらない。


けれど今は。


護れた。


護りきった。


その事実だけを、胸に抱いて。


魔法陣の光が、夜空に溶けていった。


――次の満月が、何を連れてくるのかも知らずに。

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