幕間 ヒジリとブラン
割れた空間から、白く小さな生き物がころころと転がり出てきた。
まん丸で、思わず手で包み込みたくなる愛らしさだ。
「きゃ~~~♪カワイイ~~♪♪」
胸がふわっと軽くなる。
理屈じゃない。見た瞬間に、手が伸びていた。
無視なんて出来るわけがない。
ヒジリ=ブラン=エールの名が廃る。
「天使の翼」
小さく呟きながら、そっと抱き上げる。
ひんやりしている。
でも冷たいわけじゃない。
むしろ、どこか弱々しくて――
「わ~♪ひんやりプニプニだぁ~♪
そして、ちゃんと目も鼻も口もある~♪」
頬ずりしそうになって、ふと止まる。
……あれ?
「かわいいのはいいけど、このコ…こんなに触って大丈夫なのかな?」
腕の中で、かすかに震えている気がした。
私はそっと持ち直し、みんなの前に差し出す。
「ところでコレなに…?」
ハツキも、リーネも、キューブも、じっと見ているだけ。
聞こえてない?
「ねえねえ?聞いてる?
もう一回言うけど、コレなに…?」
「え!?知らないって!!ボクよりリーネに…」
やっぱり知らないか。
リーネが観察して、静かに言う。
「エールが連れていたブランに似ているような、似ていないような…。
だが今わかっているのは、この白いのは、エールが連れていたブランではない」
その瞬間。
「そんなに見ないで~~~!!!」
――声がした。
「わっ!!!しゃべった!!!」
驚いて手を離してしまう。
白い生き物が地面にドスンと落ちた。
「イタタっ…おねえちゃん、急に離さないでよ…」
……喋ってる。
ちゃんと、喋ってる。
「ごめん。急に話すから、つい…」
「おねえちゃん、話すと離すを掛けてるの?」
こんな状況でダジャレ?
でもその余裕に、逆にほっとした。
私はしゃがみ込む。
「あたしの名前はヒジリ。
キミの名前は?」
白い生き物は、小さな翼をぱたぱたさせながら考える。
「おねえちゃんはヒジリって言うんだね。
ブランはブランって言うんだよ。それしかわからないの…」
それしか、わからない。
胸が、きゅっと締まる。
「このコがブランだって~」
みんなに向けて言うと、ハツキが固まった。
「え!?なに言ってるかわかるの!?」
「わかるよ。普通に喋ってるじゃない?」
でも、三人とも首を振る。
……あたしだけ、か。
私はブランを抱き上げる。
今度は落とさない。
「ブラン、エールって人知ってる?」
小さく首を振る。
「わからないの…。
目が覚めたら、狭いところにいたの。
暗くて、どこにも行けなくて。
いっぱい歩いたけど、外に出れなかったの」
――狭い空間。出口なし。
「なんでそこにいたのかもわからないの。
フラフラするの。力が入らないの」
声が、ほんの少し震えた。
「だから何もできないの…。ごめんね、ヒジリ」
ごめん、って。
守り竜なのに。
何百年も守ってきた存在なのに。
謝る必要なんて、どこにもないのに。
私は、そっと抱き締める。
「怖かったでしょ?寂しかったでしょ?」
小さく、こくり。
「でもブランは何も気にしなくていいんだからね」
後ろでリーネが言う。
「黒三日月だろうな」
空気が重くなる。
ハツキが能力を発動する。
「二重罠・強奪」
結果は――対象なし。
封印じゃない。
奪われた。
「共食い進化と同じ原理だ」
力そのものを、吸収。
一刻を争う。
でも私は、ブランの耳をそっと覆った。
今、この子に必要なのは説明じゃない。
「ブラン、弱いの?」
不安そうな目。
「弱くない」
即答だった。
「今は、休憩中なだけ」
「……休憩?」
「うん。守るの、お休み」
小さな沈黙。
「そんな日、あっていいの?」
私は笑う。
「いいよ。
今日は、あたしが守る日」
ブランの翼が、服をぎゅっと掴む。
「ヒジリはどこにも行かない?」
「行かないよ」
「本当?」
「本当だよ」
ヒジリは優しく微笑む。
ブランは少しだけ安心したように目を細める。
「ヒジリがいるなら、ブランは大丈夫なの」
胸の奥が、じんわり熱くなる。
守る側だった存在が、
今は守られることを選んでいる。
ヒジリは、もう一度抱き締める。
「大丈夫だよ、ブラン」
小さな鼓動が、腕の中で確かに打っている。
奪われたなら、取り返す。
忘れたなら、思い出させる。
守れないと言うなら――
今度は、あたしが守る。
その決意だけは、揺らがなかった。
今回も読んでいただきありがとうございます。
ありがとうございます。
**“ヒジリとブランの会話回”**です。
ハツキたちには何を言っているのか分からない。
通じているのはヒジリだけ。
だからこの場面は、世界から少しだけ切り離された
二人だけの空間になっています。
周囲では
黒三日月だの、
能力の原理だの、
奪われただの――
物騒な話が進んでいるのに、
ヒジリはそれを遮るように
ブランの耳を塞ぐ。
ここが今回いちばん書きたかったところです。
説明よりも安心。
理屈よりも温度。
ヒジリは状況を理解していないわけではありません。
でも優先順位を決めた。
“今はこの子の心を守る”
だから即答で「弱くない」と言い切った。
ハツキたちが理解できないという構図は、
実はヒジリの孤独も示しています。
通じているのは自分だけ。
責任も、自分だけ。
それでも迷わず抱きしめる。
今回は戦闘でも伏線でもなく、
ヒジリの“選択の在り方”を描いた回でした。
次回は、この静かなやり取りが
どう物語に影響していくのか――
また見守っていただけたら嬉しいです。




