第47話 守護龍は赤子のように
ヒジリは、可愛いものを見ると、いつもこうだ。
妖精を見つけた時もそうだった。
森の奥で光る影を見つければ、危険も考えずに追いかけていく。
何度も罠に引っかかって、何度も魔物に囲まれて、
僕たちに止められて、怒られて、それでも懲りない。
だから僕は、ずっと思っていた。
ヒジリは、好奇心が強すぎるだけなんだって。
可愛いものに弱い、危なっかしい性格なんだって。
でも、今は違う。
白い生き物を抱きかかえるヒジリの手は、
妖精を追いかけていた時より、ずっと慎重で、ずっと優しい。
逃がさないためじゃない。
捕まえるためでもない。
落とさないため。
怖がらせないため。
傷つけないため。
その様子を見て、ようやく気づいた。
ヒジリは、可愛いものに弱いんじゃない。
“助けを必要としていそうな存在”に、
反射的に手を伸ばしてしまうだけなんだ。
――そしてだいたい、そのたびに。
深刻なことになる。
そして今も――案の定だった。
「ねえねえ見て! これ! なにこの子!?」
ヒジリが両手で持ち上げているのは、真っ白で、丸っこくて、よくわからない生き物だった。
ウサギにも見えるし、ヒヨコにも見える。けど、どれとも違う。
毛玉みたいな体に、つぶらな黒い目。小さな翼のようなものまでついている。
「……なに、あれ?」
正直、僕にもわからない。
そもそも“生き物”なのかどうかすら怪しい。
もしかして、あれが――『ブラン』?
エール一族の継承に、必要不可欠な存在。
世界で、たった一体しかいないはずの。
いや、待て待て。
リーネの話では、ヒジリのご先祖様が連れていた時は小さかったとはいえ、
それから八百年以上も経っている。成長して、もっと巨大になっているはずだ。
「ねえねえ? 聞いてる?
もう一回言うけど、これなに……?」
ヒジリは同じ質問を繰り返しながら、白い生き物を僕の目の前に突き出してくる。
「え!? 知らないって!!
ボクより、リーネに聞いてよ……!」
「私も知らないぞ。
エールが連れていたブランに似ているような、似ていないような……。
だが今、わかっているのは一つだけだ」
リーネはじっと白い生き物を観察してから、はっきりと言い切った。
「その白いのは、エールが連れていたブランではない」
「ぴ、ピ~~~~~~~~!!!!」
突然、白い生き物が甲高い声を上げた。
「わっ!? しゃべった!!!」
ヒジリは驚いて手を離し、白い生き物はそのまま地面に――ドスン、と落下する。
「ピピ……ピ……」
そのまま逃げもせず、仰向けの状態で、なにかを訴えるように鳴き続けている。
「キューブ、翻訳頼む」
「かしこまりました、リーネ様。翻訳モード起動……」
さすがキューブ、そんな機能まで――
と思って待っていたら。
「すみません。リーネ様。
ワタシにそんな機能ありません。
早くツッコミを入れてもらわないと、笑いが取れませんよ!」
「なにを言ってるキューブ!!
そこはノリツッコミだろう!?
『わかりました』からの『そんなのあるか~い!!』でいけるはずだ!!」
……なにをしているんだ、この二人。
ヒジリはヒジリで、ずっと白い生き物を指でつついているし。
それなら、そろそろ僕の出番かなと、皮袋に手を入れかけた時。
「この子がブランだって~」
ヒジリが、さらっと爆弾発言をした。
「え!? なんでわかるの!? なに言ってるの!?」
「わかるよ。普通に喋ってるじゃん?
……え? もしかして、あたしだけ?」
ヒジリは周囲を見回して、首を傾げる。
「うん。ボクたちには、まったく聞こえない……。
それで、なんて言ってるの?」
ヒジリは白い生き物を抱き上げ、自分の肩に乗せて、真剣な表情で言った。
「この子が、本当に代々エール一族を守ってきたブランかは、わからない」
「どういうこと?」
「ブラン、目が覚めたら、狭い空間に閉じ込められてたんだって。
出口もなくて、ずっと真っ暗で……。
なんでそこにいたのかも、自分でもわからないって」
狭い空間。
出口なし。
――二重罠・強奪を発動しなかったら、
ずっとそこに閉じ込められたままだった……?
「黒三日月だろうな」
リーネが、低く呟いた。
「ブランがヒジリの継承に必要不可欠な存在だと知っている。
リザーヴの目的の邪魔になるものは排除する……。
奴が考えそうなことだ」
「だったら……」
僕は、言葉を選びながら続けた。
「ボクたち三人の継承が済めば、リザーヴを倒せるんだよね?
ブランもここにいる。
ボクの継承は終わってるし……あとは、行くだけじゃないの?」
リーネは、ゆっくりと首を横に振った。
その表情は、どこか寂しそうで。
ヒジリも、同じように俯いていた。
「今のブランでは、継承はできない」
「……あたしが言うよ」
ヒジリはブランを耳を塞ぐように優しく抱き締めてから、静かに言った。
「この子……
記憶も、体も、すべて奪われた。
自分が何者かも、エールのことも、継承のことも……何もわからない。
赤ちゃんと、同じなの」
その言葉の意味を、理解した瞬間。
僕の中で、“助けなきゃいけない存在”に、はっきり変わった。
「何か仕掛けられているのか……」
小声で呟き、僕は二重罠・強奪を発動する。
……対象:存在しません……
「……えっ?」
仕掛けすら、存在しない。
つまり、能力で封印されているのではない。
「やはりそうか……」
リーネが、重く息を吐いた。
「黒三日月の誰かが、
ブランの力そのものを吸収した。
共食い進化と同じ原理だ」
「そんな……」
「一刻を争う。
完全に取り込まれれば、ブランは二度と元には戻らない。
そうなれば……リザーヴは、もう――」
「探そう!!!」
ヒジリが叫んだ。
「この子の記憶を辿れば、そいつを探せるでしょ!?
通訳はあたしがやる! だから……!」
その声には、焦りよりも先に。
“この子を失いたくない”って感情しか、なかった。
リーネは何も言わず、虚空から大きな杖を取り出した。
ヒジリはブランに微笑みかける。
「大丈夫。怖くないよ。
あたしが、ずっと一緒だから」
その笑顔は、どこか“母親”のようで。
ブランは、安心したように。
「ピ~~~」
と、小さく鳴いた。




