第45話 月明かりの中で
キューブがリーネを抱きかかえ、全員で馬車に戻ってきた。
「リーネ、お疲れ様でした」
ボクがそう声を掛けると、リーネはまだ疲れが残っている様子で、少しだけ肩を落としながら答える。
「まだまだ本気ではないからな。ただ連続魔法で少し疲れただけであって……」
「はいはい、リーネ様。わかりましたから、少し休んでください。
食事もデザートも、このキューブが準備しますから」
リーネの体力を少しでも早く回復させたいキューブは、そう言うと慌ただしく調理の準備を始めた。
その背中から、本気の心配と大切に想う気持ちが伝わってくる。
「それにしてもリーネの魔法は凄いね~♪
あたしも素質があれば使えるのかな~???」
ヒジリは目を輝かせながら、興味津々でリーネに問いかける。
「私の魔法は全て唯一の魔法だよ。
例えば『ボルケイノス』だが、詠唱時に【火竜】を付ければ召還魔法、
付けなければ範囲魔法に変わる。
『ヘルヘイム』も頭に付ければ召還魔法になる。
……まあ今の時代、魔法がほとんど無くなったから唯一の魔法になってしまうんだがな……」
昔、この世界では誰もが魔法を使えていた。
その記憶を辿るように、リーネは少し寂しそうに、そして懐かしむように微笑んでいた。
まるで、もう二度と戻らない時代を想っているかのように。
他愛もない話をしていると、キューブが夕食を作り終え、テーブルに料理を運び始めていた。
見たこともないような料理が次々と並べられる。
「えっ!? これ食べるの……?」
ヒジリが青い顔で、リーネとキューブを交互に見る。
「そうだよ。これが魔力回復に一番なのだ!!!」
「はい。リーネ様が複数回、魔法を使った日は、この材料と決まっているのです」
イモリや蛇の丸焼き。
緑なのか茶色なのかわからない、ドロっとした飲み物。
「あ、あたし今回、動いてないから、あんまりお腹空いてないかなぁ~……ははは」
「ボ、ボクも今日はそんなにお腹空いてないかな……」
キューブはまるで聞こえなかったかのように、料理を全員分小皿に分け、目の前に置く。
「好き嫌いはいけませんよ。見た目に騙されるようでは、まだまだ子供です」
もう子供でいいよ。
見た目で本当に無理なんです。
キューブが「早く食べなさい」と言わんばかりに、じっとこちらを見つめてくる。
もう逃げられないと悟り、意を決して料理を口に運ぶ。
ヒジリはそれを見て、「食べるんだ……?」という顔で、ゴクリと唾を飲んでいた。
……あれ?
お肉の味がして、意外と美味しい。
「これ美味しいね!!! なんか特別な味付けしてあるの?」
キューブは何も言わず、ただニコリと微笑んだ。
「そうだろ! そうだろ! キューブの料理はウマいんだぞ。
昔はこのイモリも蛇も苦手だったが、キューブが作ってくれるようになってからは食えるようになった。
そして回復も早い! 良いことづくめなのだ!」
リーネは両手に料理を持ち、嬉しそうに話す。
その姿は見た目通り、無邪気な子供のようだった。
ボクとリーネが美味しそうに食べるのを見て、ヒジリも恐る恐る料理を口に運ぶ。
小さく噛みちぎり、モグモグと口を動かす。
「ホントだ! これ美味しいね♪ いくらでも食べられそう♪」
全員が美味しそうに食べるのを見て安心したのか、キューブは椅子に腰掛け、
みるみる間に減っていく料理を、嬉しそうに眺めていた。
やがて不思議な料理はすべて無くなり、
使い捨ての皿を片付けていると、キューブが駆け寄ってきて、そっと耳元で囁いた。
「実は……」
なんだろうと思い、手を止めて耳を傾ける。
「さっきの料理なんですが……」
「なになに? なにかあるの?」
「本当は全部、普通のお肉なんです。
お肉をイモリとか蛇の形にして、特製ダレで焼いただけの料理なんです。
リーネ様が自分で作っていた時は本物だったんですけど、
食べるといつも泣くんですよ。
マズい、マズいって。
だからワタシが工夫して、美味しく食べられるようにしたものなのです」
「そうだったんだ……通りで普通に美味しく食べられたワケだ。
でも普通のお肉でも魔力って回復するの?」
「お肉だけでは少ししか回復しませんよ。先程も言いましたが特製ダレが……」
「あ! もういいです。聞かないようにします」
ふと、ずっと気になっていたことが頭に浮かんだ。
「……ねえ、キューブ」
「はい、なんでしょうか? ハツキ様」
「その……さ。リーネがキューブの中に入ってる時って……中、どうなってるの?」
キューブは一瞬きょとんとしたあと、ニヤリと笑った。
「えっちですね!!! そういうお年頃ですか?」
「違う違う違う!! 純粋に仕組みの話!!」
慌てて否定すると、キューブは楽しそうにクスクス笑う。
「冗談ですよ。ですが……ふふ、確かに気になりますよね」
キューブは自分の体をポンポンと叩きながら説明を始める。
「ワタシの内部は、外見とはまったく違う“内部空間”になっています。
中はワタシの魔力で構成された疑似空間です」
「疑似空間……?」
「はい。簡単に言うと、“中は自由に広さを変えられる部屋”みたいなものですね」
「えっ……じゃあ、そのサイズの中に、リーネが普通に入ってるわけじゃないんだ?」
「もちろんです。そんな窮屈なこと、リーネ様にさせられません」
キューブは少し誇らしげに胸を張る。
「内部の広さは、入っている方に合わせて自動調整されますし、先程言った通りワタシの意思で調整もできます。
そしてリーネ様が休めるくらいのベッド、空気、温度、重力まで再現されています」
「……それ、もう普通に部屋じゃん」
「はい。快適な個室です」
「どのくらい入ってられるの?」
「理論上は、魔力が続く限り無制限です。
ただし長時間入れると、外界との感覚ズレが起きるので、
今のリーネ様には“数時間〜半日まで”に制限しています」
「そんな細かいところまで管理してるの……?」
「当然です。リーネ様の健康は最優先ですから」
あまりにも当たり前のように言うキューブに、思わず苦笑してしまう。
「じゃあさ……中って、暗いの? 明るいの?」
「お好み次第です」
「……え?」
「景色も変えられます。森、草原、夜空、星空、室内風、なんでも可能です」
「何それ……完全に異世界ルームじゃん……」
「ちなみに、ワタシのサイズも自由に変えられます」
キューブはそう言って、手のひらサイズまで小さくなったかと思うと、
次の瞬間には人一人分くらいの大きさに戻る。
「えっ、すごっ!!!」
「内部空間と外見サイズは別制御ですので。
中は小さくても、見た目は大きくすることもできます」
「……もうキューブって何……?」
キューブは一瞬、もったいぶるように間を置いてから、
やけに誇らしげな声で言った。
「当然です。
この身体は――
ルナ様が"お創り"になり、
リーネ様が“編み直した”ものですので」
「……は?」
思わず変な声が出た。
「正確には、ルナ様の神性構造をベースに、
リーネ様が魔力回路と機能を再設計・再構築した特別仕様です」
「ちょっと待って、情報量多すぎる」
「要するに、“神様製ボディを、リーネ様がカスタムした存在”ということです」
「……それ、もう神話級じゃん」
キューブは満足そうに胸を張る。
「はい。性能・耐久・拡張性・安全性、すべて最高品質です。
リーネ様専用・可変式・生活支援型・多次元匣――それがワタシです」
「自分で言うな……
でも中にいるリーネが快適なら良かった。」
「事実ですので」
キューブは一瞬だけ、優しく目を細めた。
「ハツキ様は、優しいですね。
ちゃんと“中の人のこと”を気にされるなんて」
「いや……当たり前でしょ」
「当たり前のようで、当たり前ではないのですよ」
キューブはそう言って、またいつもの柔らかい笑顔に戻った。
――――――――――
夜の帳が降り、辺りはすっかり暗くなっていた。
何も無くなってしまったエール領。
草木が擦れる音も、虫の鳴き声も聞こえない。
静寂と暗闇だけの世界。
この世界には、ボク、ヒジリ、リーネ、キューブしか居ないのではないか。
そんな錯覚すら覚えながら、窓の外の闇を眺めていると、ヒジリが声を掛けてきた。
「少し外に出てみない?」
コクンと頷き、外に出ると、馬車の中よりもずっと明るい世界が広がっていた。
「綺麗でしょ~♪
周りに灯りが無いから、すっごく明るく感じるんだよ♪」
ヒジリは両手を広げ、くるりと回る。
空には無数の星々、そして少し欠けた大きな月。
「もう少しで、ハツキの空になるね♪」
月を見上げながら、ヒジリがそっと呟く。
……覚えててくれたんだ。
ボクの名前の由来を。
それだけで胸がじんわり温かくなり、自然と笑顔がこぼれる。
「覚えててくれたんだね?」
「もちろん♪ ハツキのことなら、ちゃ~んと覚えてますよ~♪」
腕を後ろに組み、少し前屈みになるヒジリ。
月明かりがスポットライトのように彼女を照らす。
言葉に出来ないほど綺麗で、でもどこか幼さの残る笑顔。
「……綺麗だ……」
思わず、口からこぼれた。
「……うん。綺麗だね。何も無いから、余計に……」
ヒジリは月と星のことだと勘違いして返す。
けれど、少し頬が赤くなり、視線を泳がせている。
それを見て、今度はこっちが恥ずかしくなり、二人の間に静寂が落ちた。
「……そろそろ馬車に戻ろうか?」
耐えきれず、そう声を掛ける。
「そうだね……」
ヒジリは小さく頷き、歩き出す。
「……だ……からね」
小さく呟くと、ヒジリがビクンと足を止めた。
「えっ!? 今、何て言ったの?」
「え~~! もう言わないよ!!!」
「聞こえなかったの! 何て言ったの!?」
「ヤダ!!!」
「お願いハツキ! 教えてよ~……」
上目遣いで見つめてくる。
潤んだ瞳が、月明かりを反射してきらきら輝いている。
「……綺麗なのはヒジリだよ。
世界で一番綺麗なのはヒジリだよ。
愛してるからね。
……って言ったの!!!」
顔が、体が、熱い。
心臓がうるさいくらい鳴っている。
恥ずかしくて、ヒジリから顔を背けた。
「まったく……」
背後から聞こえた声と同時に、タタタと駆け寄る足音。
気づいた時には、もう目の前にヒジリがいた。
「ハツキありがとう♪
そう言ってくれるのは、ハツキだけ。
でもね……」
ヒジリは両手でボクの頬をパシンと挟む。
「でも、そういうのは最後まで、あたしの顔を見て言うの!!
わかった???」
「……うん。気を付けるよ」
「わかればよろしい♪ それじゃ、ご褒美♪」
唇に触れる、柔らかな感触。
甘くて、安心する匂い。
胸の奥まで、幸せが流れ込んでくる。
「こういうのは、キミからするべきなんだぞ♪」
ヒジリはそう言って、風のように馬車へ戻っていった。
甘い香りだけを残して。
唇にそっと指を当てる。
興奮と、幸せと、恥ずかしさが一気に押し寄せて、
その場からしばらく動けなかった。
月明かりの下。
この日を、ボクは一生忘れない。




