第44話 理で殺す者
結局、誰が黒三日月の相手をするのか決まらないまま、
馬車は走り続け、エール領に着いてしまった。
「もう、誰でもいいじゃん。ボクでも…」
「だからハツキはダメ!!!」
「ハツキは弱いし、ヒジリは継承する時の為に力を温存しておけ。
と言う訳で今回は私がやろう」
「リーネ様がそうおっしゃるならワタシは諦めます…」
リーネ以外、みんなガックリと肩を落とし俯いた。
「あんまり弱い弱い言わないで!本当にボクへこむよ。泣くよ!」
「あはは!事実ではないか?ハツキは戦闘職ではないだろう?
それよりハツキは私たちを護る事に専念して欲しいって事だよ」
リーネが優しく微笑み、フォローしてくれる。
「それもそうだね!ボクはみんなを護る事に専念するよ!!!」
握り拳を作り、自分のあるべき姿を見つめ直せた感じがした。
(ハツキってチョロいよね♪)
(うむ。単純でいいな)
(ハツキ様、チョロいです)
そんな言葉は聞こえないのさ。
大切なのは場の雰囲気を壊さず、円滑に進める事。
そうだよね?父さん?母さん??
少し流れた涙をササっと拭き、一番最初に馬車の荷台から飛び降り、
探知・探索の準備をする。
いつもの様に真珠龍の皮袋に手を入れ、「コイン」と呟き、
数秒置いてから手を出した。
感覚が無いって本当にやっかいだな。と思いながら。
コインを指に置き、空に弾く。
乾いた金属音と共に高く上がり、法則に従い下に落ちてくる。
落ちてくるコインを右手の甲で受け止め、同時に左手で隠す。
「うん・・・周りに建物無し。
そしてこの先に1人居る。黒三日月が。
姿も消してないし、歩けばすぐに着く所で待ってるね」
その言葉に全員が頷き、気を引き締めなおす。
その場所に向かう前に1つ占いでも。
「今回の戦闘担当のリーネさん?表でしょうか?裏でしょうか?」
リーネは急に振られ、顎に指を置き、首を傾げ少し悩んだ。
「裏だな!!!」
左手を退かし、コインを見せる。
【裏】
コインは裏を出していた。
「正解!さすがだね!なんも心配しないで済みそうだ」
コイン占い。
昔、サンブライト・エール・リーネの3人で冒険をしていた時にやっていた占い。
サンブライトはいつも表を出していたそうだが、リーネは裏と言った。
リーネ達の最後の冒険になってしまった時の占いで出た。
【裏】・・・
まぁ、当たったし何も無いだろう。
そう思い、首をブンブンと左右に振り、ネガティブになりそうな思いを振り払った。
エール領。
ロセールでヒジリが言っていた通り、何も無い。
エール領がリザーヴに消滅させられて、3年経つのに未だに草すら生えていない。
見渡す限り、土の地面。
「ねっ?何も無いでしょ?」
ヒジリが悲しそうに、寂しそうに呟く。
「あそこにね、あたしのおうちがあって。
この辺にお店がたくさんあって、あっちの方に兵士さんとかのおうちがあって・・・」
何も無くなってしまった場所を次々と指差し、説明していたヒジリの頬に涙が伝う。
「それでね・・・
それでね・・・
あたしはいつも・・・
ここでみんなと・・・
なんで!なんでなの!!!
お父様~!お母様~!!
みんなどこに行ったの?
リザーヴ!!!みんなを・・・
みんなを返してよ!!!
返せよ~~!!!」
ヒジリは右眼から大粒の涙を流し、
声を詰まらせながら叫んだ。
ヒジリの足元には零れ落ちた涙の跡が増えていく。
ポツポツポツと茶色の土が黒くなって滲んでいく。
そんなヒジリを後ろから抱きしめる。
ヒジリが落ち着くまでずっと。
「おやおや?空気を読まないで来ちゃいましたが宜しいですか?」
黒のフード、ローブを纏った大男が近付きながら声掛けてきた。
「なにか叫び声が聞こえ、呼ばれたのかと思いまして」
ボクはヒジリの前に立ち、リーネもキューブも戦闘態勢を取る。
「ヒジリ。絶対に護るから安心して。落ち着くまでボクの傍を離れないでいてね」
コクコクとヒジリは頷き、その場に座り込んだ。
「さて、どうしますか?
自分は全員相手にしても良いのですが?」
黒のフード、ローブを纏った大男が、ゆっくりと歩み寄りながら声を掛けてきた。
その足取りには焦りも警戒もなく、まるで散歩の途中で立ち寄ったかのような気軽さすらある。
「あ、言い忘れてました。
自分は純血鬼種の“エコル”。
死ぬ相手にでも礼儀として名乗る様にしてますので」
そう言ってフードを外し、ニヤリと嗤う。
露わになった顔には、下顎から突き上げるように伸びた二本の牙。
額からは太く、天を突き刺すかのような二本の角。
そして燃える様な紅色の瞳が、こちらを射抜いていた。
「なめるなよ。でかいだけの鬼風情が!
お前なんぞ私一人で十分なんだよ」
リーネは口元を歪め、悪魔の様な笑みを浮かべる。
何も無い空間から、大きな杖を引きずり出すようにして構えた。
「貴女が相手してくれるのですね?
ふむふむ……姿は幼子ですが“中身”は違うようですね。興味深い。
お名前を聞いても?」
エコルは構えもせず、隙だらけのまま興味深そうにリーネを眺めている。
「そんなに知りたいのなら体に刻むが良い!」
リーネは杖を強く握り締め、低く、しかし確かな声で詠唱を始めた。
「我が名はリーネ。
叡智を統べ、司る者なり。
理を破壊し顕現せよ。
火竜・ボルケイノス」
その瞬間、空気が歪んだ。
一気に上昇する温度。
呼吸をするだけで喉が焼けるように熱くなり、地面から立ち昇る熱気が陽炎となって視界を揺らす。
まるで世界そのものが溶け始めたかのようだった。
リーネの正面、虚空が裂けるようにして赤い巨大な火竜が出現する。
翼を広げただけで灼熱の暴風が吹き荒れ、周囲の空気が爆音と共に震えた。
火竜は大きく口を開き、空気を吸い込む。
吸い込まれた空気は一瞬で炎へと変換され――
轟音と共に、エコルへ向かって吐き出された。
天を貫くほどの巨大な火柱。
視界の全てが赤と白に塗り潰され、地面の土がガラスのように焼き固まっていく。
「……やはり効かんか」
リーネは指をパチンと鳴らし、火竜を消した。
煙が晴れた先。
そこには何事も無かったかの様に、同じ場所に立っているエコルの姿。
衣服すら焦げていない。
「何かしましたか?」
エコルはニヤリと口元を歪め、リーネをじっと見つめる。
「我ら純血鬼種にその様な生ぬるい魔法も物理攻撃も効きませんよ。
なんなら物理攻撃も試してみますか?
自分は何もしませんので、ご遠慮なくどうぞ」
そう言ってエコルは、懐から一本のナイフを取り出し、軽く放った。
音を立てて、ナイフはリーネの足元に突き刺さる。
リーネはそれを拾い、エコルの心臓に狙いを定めて投げる。
ガキン――!
金属と金属がぶつかる様な音。
ナイフは弾かれ、エコルの足元に落ちた。
「ナイフに仕掛けなどありませんからね。
さらに自分の特性は金属。
残念ながら、あなた達の攻撃は一切受けないのです」
「なるほど。金属と同じ、か」
リーネは静かに目を閉じる。
「それなら……」
杖を地面に突き立て、再び詠唱。
「我が名はリーネ。
叡智を統べ、司る者なり。
雷鳴の剣を突き立てよ。
雷鳴一閃」
青白い雷光が奔る。
空気を引き裂く轟音と共に、雷はエコルへ直撃した。
衝撃で空気が爆発し、地面が抉れる。
「すまん。力を抑えるのを忘れていた」
リーネは舌をペロリと出す。
「まあ、金属と同じだと言うから少しは効くかと思ったが……これもダメだな」
煙の中から、エコルは何事も無かったかの様に姿を現す。
「先程から言っていますが、あなたの魔法では自分に傷一つ付ける事は出来ませんよ。
そろそろ終わりにしましょう」
エコルは右腕を振り下ろした。
それだけで空気が裂け、衝撃波がリーネを直撃する。
リーネの体は吹き飛ばされ、地面を削りながら後方へ転がった。
「……ハツキ、すまん頼む!!!」
その声で、ボクは即座に動き、短く呟く。
「移動する・苦痛……
『対象 リーネ』
『YES』」
次の瞬間、リーネの体が歪むように消え、ボクのすぐ横へと転移する。
代わりに、さっき彼女が受けたはずの衝撃が、遅れてボクの体を襲った。
肋骨が砕ける感覚。
内臓が潰れるような衝撃。
――なのに。
「……あ、結構えぐいなこれ」
ボクは自分の胸を見下ろし、他人事みたいに呟いた。
痛みは、無い。
ただ“ダメージを受けた”という情報だけが頭に届く。
血が口から溢れる。
でも身体はもう再生を始めていた。
折れた骨が、内側から音もなく繋がっていく。
潰れた内臓が、元の位置に戻っていく感覚。
「……問題なし。このくらいなら数秒で戻る」
ボクはさらに真珠龍の皮袋から羊皮紙の名前を呼び、取り出す。
指先を噛み、血を垂らしながら刻む。
「断絶する壁」
透明な結界が展開され、リーネを包み込む。
これで――
次に来る攻撃は全部、ボクに集まる。
(全部引き受ける。
これがボクの役割だ!)
遠くでヒジリが叫ぶ。
「ハツキ!無理しないで!!」
「平気だよ。ボクに任せておいて!」
血まみれの状態で、そんな事を言う自分が少しだけ普通じゃないと自覚しながらも、
ボクは次の衝撃に備えた。
その間に、リーネは再び立ち上がる。
「我が名はリーネ。
叡智を統べ、司る者なり。
理を破壊し顕現せよ。
火竜・ボルケイノス」
再び灼熱と陽炎。
大地が悲鳴を上げるような熱量が、エコルを包む。
「我が名はリーネ。
叡智を統べ、司る者なり。
虚ろなる現を凝結し顕現せよ。
冥氷世界」
今度は一転、極寒。
空気が凍り、吐息が白く弾ける。
炎と氷。
高温と極低温。
それが何度も、何度も、何度も――エコルの体に叩き込まれる。
「やれやれ……何度やっても……」
エコルは言いかけて、僅かに言葉を止めた。
――重い。
――体の内部が、軋む。
金属は熱で膨張し、冷却で収縮する。
それを短時間で繰り返せば、内部構造は確実に歪む。
エコルの体の内側では、目に見えない無数の亀裂が走り始めていた。
リーネは、それを見逃さなかった。
「……来たな」
ニヤリと笑い、最後の詠唱。
「我が名はリーネ。
叡智を統べ、司る者なり。
雷鳴の刃で切り裂け。
雷鳴剣閃」
青白い雷の刃が一直線に走る。
次の瞬間――
エコルの背中から胸へ、雷の刃が貫通した。
赤黒い血が、空中に散る。
「……な、ぜ……?」
エコルは自分の胸を見下ろす。
リーネは息を荒くしながら答える。
「熱疲労だ。
金属の体は、熱で膨張して、冷えて縮んで、内部がボロボロになる。
私はそれを、お前の全身で何十回も繰り返した」
杖を支えに、ふらつきながら続ける。
「内部構造はもう脆化していた。
そこに雷を叩き込めば、エネルギーは分散できず、一点に集中する。
……だから、貫けた」
エコルは、口元に薄っすらと笑みを浮かべる。
「なるほど……
理屈で殺されるのは……悪くない……」
そのまま、静かに崩れ落ちた。
「ああ……死ぬって……暗くて……冷たいのですね……
スバラシ……イ……」
エコルの体は、そう呟き二度と動かなかった。
「ふは~~……さすがに疲れた」
リーネは座り込み、
キューブがお菓子を差し出す。
「これこれ!疲れた時には甘いものだ!!」
「はぁ~……あたしの出番無しかぁ~」
「ボク最近ずっと無いから」
「ハツキはそれで良いの♪」
魔法職の頂点、リーネ。
伝説の種族すら凌駕する存在。
その背中を見ながら、
ボクはヒジリと静かに約束した。
――いつか、ここまで行こう。
「お~い!今日は疲れたから馬車に戻るぞ~!!!」
その声が、
何も無い大地に、いつまでも響いていた。




