第43話 キューブ、出力30%
ジョリの村を出て2日が経った。
海が近くなってきたせいか、馬車の荷台の中に潮の香りが入ってくる。
「なつかしいな~。もう少しで着くよ」
ヒジリがそう言って、荷台の窓から顔を出し、懐かしさと悲しさを混同させたような顔をしている。
自分の故郷をリザーヴに破壊され、
思い出の場所を黒三日月に破壊され、
ヒジリは戻る場所を無くした・・・。
それでもヒジリはみんなの前では笑顔で居てくれている。
悲しくても、寂しくても笑顔を向けてくれる。
例え、リザーヴや黒三日月を倒しても、
その悲しみ、寂しさは消えるわけでは無いだろう。
それでもボクは…
目的地であるロセールに着き、馬車が止まった。
全員が馬車から降り、リーネが指をパチンと鳴らし御者を消す。
目の前に映る光景は、昔から何も無かったかの様な更地。
建物があった痕跡はもちろん、草や木すら生えていない。
「本当に何も無くなっちゃってるね…」
「うん…
そうだね…何も無くなってる…
あたしの故郷、エール領と同じ…」
そう言ってヒジリは拳を強く握り締めていた。
「みんなありがとうね。
そろそろエール領に行こう。
付き合せちゃってゴメンね~。」
無理矢理作った様な笑顔でヒジリが振り向き、寂しそうに謝る。
「もういいの?」
ボクがヒジリにそう聞くと何も言わずコクリと頷いた。
「ヒジリがそう言うなら、エール領に向かうとするか」
リーネがそう言って馬車に向かおうとすると、ヒジリとキューブが同時に口を開いた。
「何か来る!」
「ナニか来ます!!」
何も無い場所。
何も無くなった場所から黒の球体が、突如現われた。
球体から飛び出る角の生えた鬼種。
飛び出てきた鬼種全てに、黒の三日月の紋章が入っていた。
黒三日月
その紋章を見て、ヒジリもリーネもキューブも一瞬、息を呑み、身構えるがすぐに止めた。
なぜならあまりにも小さい。
闘技大会にいた純血鬼種であればこんなに小さいはずが無い。
「はぁ~~ビックリしちゃったよ~」
ヒジリが突然に襲われた緊張から解放された反動で、思わずその場にへたり込んだ。
・・・ギーギーギー・・・
・・・グギャ?ギャグゲゲ?・・・
・・・ガイガグ?・・・
・・・ギャギャギャギャーー・・・
小鬼達はボク達では理解出来ない言葉で、なにやら喚いていた。
ボク達を三本しかない指の内の一本で指差し、嗤ったり、罵ったりしてるのだろう。
言葉は通じないがそう言うのは、なんとなくわかる。
「アイツら絶対にボク達の事、バカにして笑ってるよね?」
「そうだな。ザコの癖に生意気だな!!!」
ボクの言葉の後、リーネが怒りを露わにする。
リーネの口元は歪み、悪魔の様な微笑みに変わっていた。
「そう言えばキューブ?」
「はい?なんでしょうか?リーネ様?」
「お前、今まで活躍の場が無かったな?」
「そうですね。ワタシがヤル前にヒジリ様などが倒してしまいますので」
「ヒジリはこれから継承でなにがあるかわからん。なるべく体力を温存させてやりたい。
……まずは10パーセントでいい」
「10パーセントですか?」
「十分だ。あんな雑魚にはそれで足りる」
小鬼達の方を一瞥し、リーネは一瞬だけ目を細める。
「……いや」
「リーネ様?」
「……やっぱムカつくな」
小鬼達がこちらを指差して嗤っているのを見て、
リーネの口元がゆっくりと歪んだ。
「調子に乗ってる顔を見ると腹が立つ。
10パーセントじゃ足りん。
徹底的に叩き潰してやれ!
30パーセントで行け」
「本当ですか!!!わかりました。それでは…」
キューブは嬉しそうにその場で飛び跳ね、唄う様に口ずさんだ。
「戦闘・形態。
活動出力30パーセント」
・・・ 人型から闘型に移行します ・・・
キューブは黒い光に包まれ、姿を変える。
普段の青髪・碧眼のキューブが銀髪・紫蒼の瞳。
黒の闘いの正装、手には自分の身長の倍はある、両刃の直剣。
「ヒジリ様を意識しました♪」
ヒジリの方を向きニコリと微笑み、剣の柄を握り直した。
「1、2、…7匹ですか。
準備運動にもなりませんね。
それじゃ行きます!!!」
キューブの姿が一瞬、視界から消えた。
次の瞬間、近くに居た2匹の小鬼の首元に、すでに直剣が食い込んでいる。
小鬼達が“何が起きたのか理解する前”に、
その首は静かに、ずるりと滑り落ちた。
ドサリという音。
胴体が一拍遅れて倒れ、地面を赤く染める。
「近くに居るとこうなりますよ♪」
返り血を気にも留めず、キューブは直剣を軽く振って血を払う。
次の瞬間、残りの小鬼達の間へ踏み込んだ。
棍棒が振り下ろされるが、そこにはもう何もいない。
「遅いですよ」
背後から囁く様に言い、
小鬼の背中から腹部へ、直剣を突き抜いた。
「……あぁ」
キューブは、ほんの少しだけ頬を紅潮させていた。
「この感触……やっぱり好きですね」
・・・ギャギャグア・・・
・・・ガガガグギ・・・
恐怖で足を震わせながら武器を構える小鬼達。
キューブはくるりと回転しながら横薙ぎに剣を振る。
棍棒ごと腕が吹き飛び、血飛沫が宙を舞う。
「武器を持つ腕から壊すと、
人型は大体こうなります」
喉元をなぞる様に切り裂き、
小鬼は喉を押さえながら膝をつき、倒れた。
「もう終わってしまいそうですね…
ガッカリです。もう少し遊びたいのですが…」
その隙を逃すまいと杖を握っている小鬼魔導士が詠唱を始めた。
・・・○▼※△☆▲※◎★●・・・
杖に赤黒い光が集まる。
キューブはそれを見つめ、子供の様に笑った。
「ずっとリーネ様の傍に居た、ワタシに魔法ですか???
あははは。可笑しいったらありませんね!
死んでください。
封呪する力」
光は霧散した。
「無力って罪ですよね…!」
一瞬で距離を詰め、
腕と胴体を切り離す。
「終わりにしましょう!」
キューブが残りの小鬼達に剣を向ける。
「あれ?1匹しかいないですね?
そして大きくなりました?
もしかして……喰べちゃいました???」
先程まで子供より少し大きいくらいだった体が、
倍以上の大きさになっていた。
筋肉が異様に膨れ上がり、
骨格が無理やり引き伸ばされた様に歪んでいる。
口元からは、さっきまで仲間だった小鬼の血が滴っていた。
「……気持ち悪いですね」
キューブはそう呟きながらも、
どこか“興味深そう”にその姿を観察していた。
「ふむ、共食い進化か。
低脳が考える事は単純だな。
しかし30%出力のキューブでは少し手に余るか」
直剣を肩に担ぐキューブがリーネの方をちらりと見る。
「しょうがない。主人である私が責任を持って――」
「待って!あたしにやらせて!!!」
その声は、今までよりも少し低く、強かった。
すでにヒジリの背中には、
白く透き通る天使の翼が展開している。
キューブは一瞬だけ目を見開き、
そして、ゆっくりと笑った。
「……なるほどです」
直剣を下ろし、一歩後ろへ下がる。
「どうぞ。
主役はヒジリ様ですから♪」
その瞬間、空気が変わった。
さっきまで漂っていたのは
“キューブの戦場の匂い”――血と狂気と遊戯。
でも今は違う。
静かで、澄んでいて、
なのに背筋が冷えるほど冷たい空気。
リーネが小さく息を呑む。
「……よく見ておくんだぞ」
ボクも思わず、唾を飲み込みヒジリを見る。
ヒジリは、鬼をまっすぐ見つめている。
怒っているわけでも、興奮しているわけでもない。
ただ――
“感情を完全に切り離した目”をしていた。
「共食いしてまで強さが欲しいの?」
ヒジリの声は、とても静かだった。
「自分の力で強くなろうとは思わないの?
思わないんだよね?
だから喰べちゃうんだもんね」
鬼が唸り声を上げ、地面を踏み鳴らす。
その一歩だけで、大地が揺れた。
それでもヒジリは動かない。
「もういいよ」
その一言だけで、
ヒジリの中の“何か”が切り替わったのが分かった。
「消えてくれる???」
ヒジリは静かに詠唱を始める。
「我が名はヒジリ=ブラン=エール。
悪しきモノを切り裂く力をこの手に。
顕現せよ、白き翼の刃」
空気が、震えた。
1枚の白い羽が、ゆっくりと舞い落ちる。
まるで時間そのものが、そこだけ遅くなったかの様に。
ヒジリがその羽を掴んだ瞬間、
光が弾け、羽は直刃の剣へと姿を変えた。
神聖で、幻想的で、
なのに――恐ろしいほど“冷たい光”。
鬼が咆哮し、
巨大な腕を振り上げ、ヒジリに向かって突進する。
でもヒジリは、走らない。
跳ばない。
構えもしない。
ただ一歩、前に出ただけ。
そして――
剣を、一振りした。
それだけだった。
風も、衝撃音も、爆発も無い。
ただ、白い光の“線”だけが空間を切り裂いた。
鬼は、そのままヒジリを通り過ぎ、
数歩進んでから、ようやく異変に気付いた様に自分の腹を触る。
「……?」
赤い線。
次の瞬間、
巨体が“ずれる様に”左右に分かれ、
重たい音を立てて地面に崩れ落ちた。
血が、遅れて噴き出す。
「……」
ヒジリは剣を下ろしたまま、
静かに息を吐いた。
「ふぅ~……やりすぎ……ちゃった???」
汗一つかかず、
いつもの、あの柔らかい笑顔。
ボクは、しばらく声が出なかった。
キューブの戦いは“狂気”だった。
でもヒジリの戦いは――
“処刑”だった。
感情も、怒りも、殺意すらも、
全部削ぎ落とした“静かな断罪”。
キューブが小さく拍手する。
「……美しいですね。
ワタシ、ああいうのが一番怖いです」
リーネも、珍しく苦笑していた。
「まったく……
あれを天使って呼んでいいのか分からなくなってきたな」
ヒジリはそんな二人の言葉も聞こえていない様子で、
ただ、空を見上げていた。
その横顔は、
さっきまで戦っていた人とは思えないほど、穏やかだった。
直刃の剣は羽に戻り、光と共に、まるで最初から存在しなかったかのように消えていく。
「うん……出番が無かった。ボクの仲間の女の子、強すぎ……」
思わず漏れたボクの言葉に、ヒジリが胸を張る。
「あったりまえじゃん! ハツキには負けないもん♪」
「私も、まだ本気を出した事は無いぞ」
「ワタシは、あと70パーセントの力を残していますからね」
……なんでこの人達、全員こんなに負けず嫌いなんだろう。
さっきまで、あんな戦いをしていたとは思えないほど、
場の空気は一気に“いつもの”に戻っていた。
とりあえず――
全員、無事で何より。
「さて、目的地に――」
ボクがそう言いかけた、その時だった。
「あれは……何だ?」
ヒジリが倒した鬼の腰元。
血に濡れた死体の影で、何かが、ひらりと風に揺れている。
近づいて、鬼の体からそれを引き抜く。
それは、布の切れ端――いや、折り畳まれた一枚の布だった。
広げてみると、そこには。
黒い三日月の紋章。
そして、その下に、赤い文字でこう書かれていた。
~~~この程度の雑魚では準備運動にもならないですよね?~~~
~~~エール領でお待ちしていますよ~~~
~~~リザーヴ様の手を煩わせるまででも無いので自分が相手します~~~
~~~万全の体勢でお越し下さい~~~
~~~追伸~~~
~~~罠は仕掛けておりませんのでご安心下さい~~~
~~~黒三日月~~~
……ご丁寧に、案内の手紙を付けていてくれたらしい。
さっきまでの軽い空気が、
その一枚の布だけを境に、静かに冷えていくのが分かった。
「よし!!! 行こう!!! あたしが倒す!!!」
沈黙を破るように、ヒジリが拳を握る。
「いや、次は私がやろう」
「ワタシにお任せ下さい。今のでは物足りません」
……ん~~~。
この負けず嫌い達。
良いのか悪いのか分からないけど、
とりあえず、ボクも乗ってみる事にした。
「いや、次はボクが――」
「はぁ~? ハツキが一番弱いんだから、あたしがやる!!! 」
「ハツキは遠くで見ておれ!!!」
「ハツキ様、空気を読んでください」
……なにこれ?
いぢめですか?
女子からの総“口撃”に、
会心の一撃を受け、ボクはその場に膝をついた。
それを見たヒジリが、慌てて近寄ってきて、
そっと手を差し出してくれる。
「ウソウソ♪
ハツキが護ってくれるって信じてるから、あたしは真っ直ぐ進めるんだよ」
太陽みたいに明るくて、
天使みたいに柔らかい笑顔。
どんな時でも、
どんな過去を背負っていても、
ヒジリは、こうして笑顔でいてくれる。
心に傷跡を残した悲しみや、寂しさは、
きっと一生、消える事は無いだろう。
それでも――
それでもボクは、ヒジリの全てを護って行こう。
喜びも。
悲しさも。
その笑顔の裏に隠された、全部の痛みも。
全て、ボクが護って行こう。




