第42話 ジョリの村
馬車に揺られて1週間が経った。
全員、さすがに馬車での生活に飽き始めていた。
「ひ~ま~~!! 体動かさないとなまっちゃう~」
ヒジリが痺れを切らし、ついに言ってはいけないことを口にした。
それを合図に、堰を切ったようにリーネも愚痴をこぼす。
「さすがにやる事がなくなってしまったな。
ハツキよ、何か面白い事でもしてくれないか?」
いきなりの無茶振りだった。
「ワタシもハツキ様の面白い事、見てみたいのでお願いします」
「ボク…も…みた…い」
「あったしも~~♪」
4人の熱烈な視線を浴び、少し悩みながら、昔、父とよく遊んだカードゲームを思い出した。
たぶん真珠龍の皮袋に入っているはずだ。そう思いながら真珠龍の皮袋に手を入れ、呟く。
「三種遊戯」
数秒待ち、真珠龍の皮袋から手を出す。
手には、古く、少し角が擦り減ったカードの束が収まっていた。
「なにそれ?」
「どう…や…るの…?」
ヒジリとアオイが首を傾げる。
「おっ! 三種遊戯か。懐かしいな」
「リーネ様と昔、よくやりましたね」
リーネとキューブが、どこか懐かしそうに目を細める。
その表情を見て、ふと胸の奥が少しだけ温かくなった。
このゲームは、きっと“誰かと過ごした時間”そのものなんだ。
「リーネとキューブは遊び方わかるみたいだから、ヒジリとアオイに説明するね。
このカードは1セット、64枚で2人用のゲームなんだけど、
森、海、火山、三種類の絵柄が描いてあって、
森は海に強い、海は火山に強い、火山は森に強い――っていう三すくみになってる。
森・海・火山は各20枚ずつ。
残り4枚が空って言って、これは全部に勝つ。
同じカードが出たら次に持ち越し。
最終的に相手の手札を全部無くしたら勝ち。
自分の手札で相手の手札がだいたいわかるから、心理戦になるんだけどね。
ちなみに使ったカードは裏返しにするから、記憶力も大事だよ。
まあ……単純な遊びだよね」
ヒジリとアオイは「ふむふむ」と頷き、早速やってみようと向かい合わせに座った。
三種遊戯で時間を潰し、2日ほど経った。
「そろそろジョリの村に着くはずだが?」
リーネが大きなあくびと背伸びをしながら、窓の外を見る。
今まで森の緑色しか見えなかった景色が、確かに人の手が入った開拓地のものへと変わっていた。
「あ~あ…結局、今回は妖精と遊べなかったな・・・」
「それって間違ってない? ヒジリが遊ぶんじゃなくて、遊ばれてるんだよね?」
そう言うとヒジリは頬を膨らませ、口を尖らせてそっぽを向く。
「違うもん」
「あ…むら…みえ…て…きた…」
窓の外を指差し、アオイが嬉しそうに立ち上がった。
その声は小さいのに、やけに弾んでいて、胸の奥にまで響いた。
「そろそろ馬車から降りる準備しておこう」
ボクがそう言うと、みんな慌てて荷物を纏め始めた。
まぁ、好き放題、散らかし放題にしてたからね……。
そんな事を思いながら、近付いてくる村の景色を眺めていた。
アオイの背中が、ほんの少しだけ緊張しているように見えた。
リーネが魔法で造った御者に指示を出し、村の入口で馬車を止める。
全員が降りたのを確認すると、指をパチンと鳴らし、御者を消した。
「ここがアオイちゃんの両親が居る村か」
「うむ。ここで間違い無い。気配は感じるが、目に付く所では無く……」
「地下なんでしょ?」
「うむ。地下だと思うぞ。まぁ、こう言った探索はハツキが得意だろう??」
またしても無茶振り……ではない。
確かに探索は、トレジャーハンターマスターであるボクの領域だ。
「任せて。ボクがサクッと、アオイちゃんの両親の居場所を見つけるよ」
アオイに笑顔で、自分の中で考え付く最高のポーズで親指を立てた。
アオイは一瞬驚いたあと、ぎこちなく、でも確かに笑った。
「はぁ~・・・それホントどうにかならない? 気持ち悪い…」
ヒジリの辛辣な言葉を無視し、真珠龍の皮袋に手を入れて「コイン」と呟く。
数秒置いて、手を出す。
「ちょっと人が多くて、正確な場所まで辿り着くには何回かやらなくちゃならないだろうけど。
みんな、ガマンしてね」
親指にコインを乗せ、弾く。
カキーーンと乾いた音と共にコインが宙で回転し、法則に従ってチャリンと地面に落ちた。
最初の反響音で村の建物の位置。
次に地面に落ちた時の音で、地下への反射音――つまり空洞の位置を把握する。
「建物は今回無視して、地下にある空洞だけを優先したよ。
この村にある地下は4つ。かな???
村を中心に、東西南北の方向にね。
入口は地上にあるみたい。井戸とか、そんな感じの所から入れるのかな。
とりあえず、どこから行く?」
それを聞いて、みんな一斉に「お~~~!!!」と驚きの声を上げた。
「え!? ボクに期待していなかった?」
「違うぞ。そこまで絞り込んだ事に驚いたのだ。
結構、歩かなくてはならないのかと思ったぞ」
「この村、結構広いからね。ハズレまくったら結構歩くことになるけど」
「あたし結構、勘良いよ!
ここから一番近いのが南でしょ?
だから、あたし西側の地下だと思う~♪」
ヒジリが自信満々に手を上げる。
「うむ。それじゃ東だな」
リーネが即答する。
「ワタシも東だと思います」
「ボク…も…ひが…し…」
リーネ、キューブ、アオイの裏切りに、ヒジリはガックリと肩を落とした。
なぜなら、馬車で遊んだ三種遊戯でも同じ事を言って、
誰にも勝てず、一番最初に飽きたのがヒジリだったからだ。
「よ、よし! 東から行こうか!」
「絶対に東は無いって! あたしなら最後にするね」
そう言いながらも、ヒジリ以外全員が歩き始めると、口を尖らせ、
ブツブツ文句を言いながらついて来た。
しばらく歩くと、今は誰も使っていなさそうな古井戸に辿り着いた。
「ここかな?」
ボクがそう言うと、ヒジリが自分の皮袋から縄梯子を取り出し、井戸に放り投げる。
「うん♪ 水の音しなかったし、ここでいいんじゃないかな?」
「どんな確かめ方だよ!!!」
「え!? ダメだった???
簡単にわかる画期的な方法だと思ったんだけど…」
「ダメっ!!!
もし敵意を持つ人が、縄梯子の音で気付いて、下で待ち構えてたらどうするの?」
「あ・・・ご、ゴメン! ちょっと見てくる!
天使の翼」
ヒジリは誰の返事も待たず、せっかく出した縄梯子も使わず、そのまま古井戸に飛び込んだ。
しばらくすると、右手にある両思いの石から声が聞こえる。
「こちらヒジリ!!!
下は意外と広い模様!
全員、慎重に下りてくるべし!」
小声だが、とても楽しそうな声だった。
「だって。静かに行こうか」
なるべく音を立てないよう、縄梯子を使って地下へ下りた。
古井戸の底には、複数の道が広がっている。
このどれかが、空洞に続いているはずだ。
ヒジリからコインを受け取り、宙に放る。
「この道の先が空洞になってる」
複数の道の中から、一本を指差す。
「そして人もいる。アオイちゃんの両親なのかまではわからないけど……行ってみよう」
空洞へ続く道を少し歩くと、微かに声が聞こえた。
・・・誰か来たぞ・・・
・・・静かに!!!・・・
物音を立てぬよう慎重に進み、空洞へ辿り着く。
そこには檻があり、中には複数の人が閉じ込められていた。
「お…父…さん…お…母…さ…ん」
アオイが両親の姿を見つけ、檻へと走り出す。
声は震え、足取りはおぼつかなく、それでも必死だった。
「アオイちゃん!!! 待って~~~!!!」
ヒジリが大声を上げた瞬間――
~~鬼手~~
何も無い空間から、3本指の赤黒い、
触れるモノ全てを切り裂くような大きな手が、アオイに向けて伸びてきた。
「そんなの、とっくに“読んでた”さ!!!」
アオイの両親を攫い、脅迫し、闘技大会でヒジリと戦わせようとしてたヤツらがいた場所だ。
誰も居ない、何も仕掛けてないはずがない。
「YES」
アオイが走り出す前に、二重罠・強奪を発動。
罠の存在を読み取り、強制的に消滅させた。
「ハツキ、かっこいい~~♪」
ヒジリが急に抱きついてきたせいで、ボクはそのまま地面に尻餅をつく。
「ついでに檻の鍵も開けておいたから、みんなもう出られるよ」
格好付かない姿勢のまま、なるべく早くここから離れた方がいいと思い、
檻の中の人達にそう伝えた。
ガシャン、と鈍い音と共に檻の扉が開く。
アオイは今まで必死に堪えてきた感情を、もう抑えられなかった。
「逢い…た…かった…」
その一言だけで、すべてが溢れた。
声も、涙も、時間も。
流れ落ちる涙をそのままに、両親に抱きつく。
「アオイ、すまなかった」
「アオイ、ごめんなさいね。辛い思いさせたわね」
父も母も、同じように辛い思いをし、アオイを心配していたのだろう。
震える手でアオイの背中を抱き返し、何度も何度も名前を呼んでいた。
感動の再会に水を差したくはないが、ここは安全な場所じゃない。
「すみません。ここに長居するのは危険だと思いますので、一回地上に出ましょう」
そう提案すると、囚われていた人達も、リーネもキューブも頷いた。
ボクとヒジリが先頭、最後尾にリーネとキューブ。
縄梯子のある入口まで戻り、ヒジリが先に地上の様子を確認する。
「今なら大丈夫だよ~。
焦らず、みんな上ってきて~!」
ヒジリの先導で全員が地上に戻り、無事を確認し合った。
囚われていた人々はボク達に頭を下げ、それぞれの家や故郷へ戻っていく。
アオイと両親も、同じように故郷へと帰っていく。
「ハツ…キ…ヒジ…リ…リーネ…様…キュー…ブ…
ありが…とう…また…ね…」
その言葉は短くて、か細くて、でも確かに“別れ”だった。
「本当に、親子共々お世話になりました。ありがとうございます」
「助けて頂き、本当にありがとうございました」
深く頭を下げる親子を見送りながら、自然と胸の奥が静かになる。
嬉しいはずなのに、どこかぽっかりと穴が空いたような感覚だった。
「そう言えばさ。ヒジリ、絶対に東は無いって言ってたよね?」
「うっ…今それ言います???」
「まあ、ヒジリの勘のお陰でわかったのだ。さすがと言っておこう」
「う~~~…リーネまでひどい…」
「あはは。まあ無事に終わったわけだし、いいじゃないか」
「そうね。でも……なんか寂しいね…」
「だな。あんまり喋らない子だったけど、寂しいよね」
そんな話をしながら馬車に戻り、本来の目的地、ロセールへ向かう。
「ここからロセールって遠いの?」
ヒジリが傾いた太陽を眩しそうに見ながら聞く。
「ここからなら4~5日で着くんじゃないか?」
リーネが答える。
「ヒジリ様。また三種遊戯で勝負しますか?」
キューブが笑いながら声をかける。
「もうやらない…」
ヒジリは小さく呟き、馬車の荷台に乗り込んだ。
笑い声が響き、村の方から夜の訪れを告げる鐘の音が鳴る。
「みんなお疲れ~」
ボクの声に、みんな頷きながら馬車に乗り込む。
ヒジリの思い出の場所、ロセールを目指して――
馬車は、静かに走り始めた。




