第37話 宣戦布告
ヒジリの全員と戦う宣言で開幕式は終わった。
観客席からは色々な声が聞こえてきていた。
「いくら銀髪のバーサーカーでも一気に全員は無理だろう」
「さすが銀髪だ。自信があるんだな」
「あんな小さな女の子で怪我もしてるのに勝てるの?」
「銀バーが負ける所、見てみたいな」
実際、100人以上と戦うのだ。
厳しい戦いになるのは目に見えている。
もしかすると能力者や魔法が使える者だっているのかもしれない。
本当に大丈夫なのだろうか?
そんな事を考えていると、自分の右手から声が聞こえてきた。
両思いの石からヒジリが話しかけてくる。
「見ててくれた~♪
あたしかっこ良くない?」
「ヒジリ!あんな事、言っちゃって大丈夫なのか?」
「参加者全員、見てたからダイジョブ~♪」
「お願いだからムリだけはしないでね」
「もっちろ~ん♪サクっと倒して終わらせるからね」
「って言うかヒジリ、プロポーズされていたんだね」
「・・・・・・・」
ヒジリからの返事は無かった。
聞くタイミングを間違えたか???
「ん~~~…まあそう言う事になるね。
でも一回も“はい”って返事してないから、安心してね」
「そっか~。わかったよ。ありがとうね」
「どういたしまして。それじゃあたしはそろそろ行くから」
「もう一回、言うけど無理しないでね!!!」
「もちろん!怪我すらしないから!ちゃんと応援してよね♪」
「了解!しっかり応援するよ!!!」
そう言って両思いの石からの声は途切れた。
「そうか。返事はしてないか」
自然に顔が綻ぶ。
それを見ていたリーネとキューブが気持ち悪いと言っていたが、聞こえないフリをした。
そんなやり取りをしていると、闘技会場からゼロの元気な声が聞こえた。
「みんな~~!元気~~~?
私は元気だよ~~~♪
テンションは上がってるか~~???
早くヒジリちゃんを見たいか~~???
そろそろ始まるから、みんなテンション上げていこうぜ~~!!」
昨日と同様の歓声が上がる。
「うんうん!
上がってるね~!!いいよいいよ~♪
それじゃ、そろそろ参加者呼ぶよ~~!!!
みんな~出ておいで~~~!
そして戦っちゃえ~♪」
ゼロがそう言うと花火が上がり、闘技会場にぞろぞろと参加者が出てきた。
屈強な男。
身軽な女。
老練な男。
鱗で体を覆われている爬獣種。
犬っぽい耳が頭の上にある獣人。
いかにも力自慢な種族が我こそはと登場していく。
「ヒジリはまだ出てこないな~」
リーネとキューブが声を合わせてそう言うと――
一番最後に、黒の闘いの正装で身を包み、左目には眼帯。
右目は碧く紫がかった瞳。
手入れの行き届いているとわかる綺麗な銀髪を揺らしながら歩いてくる人影があった。
今日一番の歓声が上がる。
会場全体が揺れるほどの大歓声。
その声援に応えるようにヒジリは右手を振り、闘技会場の中央で足を止め、
闘いの正装の裾を持ってカーテシーで華麗に挨拶をする。
ヒジリは深呼吸を一度し、澄んだ声で宣言した。
「今回も優勝しちゃうから~~!!!」
ヒジリは他の参加者に睨みつけられても、会場全体に笑顔で手を振っていた。
全員が出揃ったのを確認したゼロが、開始の合図をする。
「始める前にルールの確認するよ~!
1つ!武器の複数所持は禁止~!
2つ!観客を巻き込んじゃダメ~!もちろん私もね♪
3つ!必要以上の攻撃は禁止!死んじゃうからね。
4つ!殺意ある攻撃も禁止~!
最後に!試合終了後に仕返し禁止!
以上、この大会のルールだよ~!
破ったら怖~い王族騎士団に捕まっちゃうんだからね♪
それじゃみんな、死なないようにガンバってね~。
いっくよ~♪
試合開始!!!」
その合図と同時に、ヒジリが天使の翼を発動させた。
いつもは肩甲骨あたりから少し出る程度の翼だが、今日は違った。
全身を包み込むように一度、純白の光が収束し、
次の瞬間――巨大な翼が大きく開かれる。
神秘的という言葉すら追いつかない光景。
観客は声を出す事すら忘れ、ただ呆然と見上げていた。
「あれ?天使の翼ってあんなに大きかったっけ?」
リーネにそう聞くと、
「私の魔法で目立つようにしておいた」
とニヒヒと笑い、楽しそうにヒジリを見ている。
――次の瞬間。
ヒジリの姿が、消えた。
ドンッ!!
最前列にいた男の腹が、いきなり凹む。
視認できない速度で叩き込まれた拳。
男は声を出す間もなく、壁まで吹き飛び、白目を剥いて沈黙した。
「はい一人目~♪」
ヒジリは笑っていた。
そのまま地面を蹴り、今度は空中へ。
空を飛んでいた爬獣種の首根っこを掴み、
そのまま地面へ叩き落とす。
ズガァンッ!!
闘技場の床が砕け、爬獣種は失神。
魔法陣を展開していた少女の背後に一瞬で回り込み、
耳元で囁く。
「はい、無効化~♪」
指先で魔法陣を弾く。
それだけで魔法は霧散。
「え――」
言い終わる前に、額にデコピン。
その衝撃で、少女は回転しながら場外へ転がった。
獣人が四人同時に襲いかかる。
爪、牙、蹴り、体当たり。
ヒジリは翼を広げ、正面から突っ込む。
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
四人とも、同時に宙を舞う。
「まとめて~♪」
空中で一回転し、
全員の腹に連続蹴り。
四人は同時に壁に叩きつけられ、沈黙。
観客席が静まり返る。
「……早すぎて、何が起きたかわからねぇ」
「今、攻撃されたよな……?」
「え、もう半分以上倒れてない?」
ヒジリは止まらない。
走る。
飛ぶ。
殴る。
蹴る。
掴む。
投げる。
百人が、次々と“戦う前に終わる”。
骨が折れる音。
地面に叩きつけられる音。
呻き声と悲鳴。
それは戦闘ではなく、
ただの一方的な“蹂躙”。
すでに2/3以上は倒されたのだろう。
闘技会場内は、数える方が楽なほど人数が減っていた。
「残り18人ですね」
キューブがそう言った直後、さらに数人が倒れ、
本当に18人になっていた。
開始から10分と経たずに、100人以上いた参加者は残り18人。
圧倒的な力でねじ伏せたヒジリ。
銀色の光が闘技会場の中央で止まり、ヒジリがこちらを見て手を振る。
「どう?あたし強いでしょ?」
両思いの石から声が聞こえる。
「強いのは知ってるけど、油断すると危ないよ。ほら!後ろ!!」
言い終わる前に、ヒジリの右手がわずかに動き、
背後から迫っていた男2人が、同時に崩れ落ちた。
「油断なんてするはずないじゃない♪
残り16人、サクっと倒してくるからね」
再び、闘技会場内に銀色の光が駆け抜ける。
完全にヒジリ無双だった。
残り15人。
14人。
13人……9人。
ついに参加者が一桁まで減った。
ヒジリは動きを止め、背中の大きな翼を広げ、空に人差し指を向けた。
「それじゃ、ラストスパート~♪」
その瞬間、左右から突っ込んできた大男2人の体が宙に浮き、
ドサリ、と鈍い音と共に地面に叩きつけられる。
「残り7人」
背の高い黒ローブの男が4人。
姿勢を低くして動く盗賊風の女性が1人。
全身毛で覆われ、鋭い牙の獣人が1人。
杖を両手で握り、闘技会場の端で震える小さな少女が1人。
最初に仕掛けたのは盗賊風の女性だった。
一般人では目で追えない速度で地面を蹴り、
ヒジリの足元へ滑り込むように斬りかかる。
ヒジリは軽く跳躍し、刃をかわす。
そのまま空中で体を捻り――女性の頭を踏みつけ、失神。
次に獣人が真正面から突進する。
鋭い爪が空を裂く。
ヒジリは爪の軌道を見切り、
自分の掌と獣人の掌を合わせる形にし、ニコリと笑った。
バキッ!!!
乾いた音と共に、獣人の爪は粉砕され、
地面にパラパラと散り、風に吹かれて消えていく。
「降参です」
獣人は膝をつき、静かにリタイア。
「残り5人」
ヒジリは右手を出し、握り拳を作った。
だが――
黒ローブの4人は動かない。
会場の端で、少女だけがカタカタと震えている。
ヒジリが踏み出そうとした、その瞬間。
「ご……めん……な……さい」
蚊の鳴くような声。
少女の口から、震える言葉。
「縛り付ける・蛇……」
次の瞬間、
ヒジリの足元から大小無数の蛇が噴き出した。
きゃああああ!!!と悲鳴が響く。
ヒジリは完全に硬直し、顔から血の気が引いていく。
蛇に睨まれた蛙。
まさにその状態だった。
それを見て、黒ローブの大男達が一斉に歩き出す。
「ヒジリ~~~!!」
無意識に叫んでいた。
「ち、違うの」
指輪から、小さく震えるヒジリの声が聞こえた。
「あの女の子の両親が捕まってるの。
それで無理矢理、大会に出されて困ってる。
本当は戦いたくないって。
でもあの子に罠が仕掛けられていて、あたしを攻撃しないと発動しちゃうみたい。
その罠が発動するとどうなるか、あの子は見せられた。
そして、あたしもさっき見せられた……
ハツキ。お願い出来る?」
「オッケー!もう少し我慢出来る?」
「蛇は別に大丈夫。
たださっきの悲鳴は光景……
罠が発動した時の光景を見せられたから……」
ヒジリの声は、いつもの軽さが完全に消えていた。
冗談も、強がりもない。
ただの恐怖と、怒りと、必死な願いだけ。
よほど残酷な罠なのだろう。
考える時間はない。
ボクは即座に能力を発動させた。
「二重罠・強奪」
視界が、モノクロに変わる。
世界の色が消え、情報だけが浮かび上がる感覚。
少女に視線を向けると、
その小さな身体の周囲に、無数の“線”が絡みついているのが見えた。
頭。
首。
胸。
両腕。
両脚。
……全部だ。
罠は一つじゃない。
少女の身体そのものが、まるで“起爆装置”のように改造されている。
・・・ 二重罠・強奪発動 ・・・
・・・ 対象:死の鎌 ・・・
・・・ マジック・トラップは消滅のみです ・・・
・・・ 複数ありますが全て同時に消滅します ・・・
・・・ 発動確認 YES・NO ・・・
こんな残酷で、悪意しかない罠。
躊躇する理由なんて一つもない。
「YES」
視界が元に戻る。
同時に、少女の身体を包んでいた“線”が、霧のように消えた。
それを確認した瞬間――
ヒジリが、視認不可能な速度で少女の元へ駆け寄った。
蛇を踏み潰し、拘束を振りほどき、
一瞬で距離を詰める。
「もう大丈夫。
あたしが一番信頼してる人が、あなたの罠を解除してくれたから」
「ホ……ント……?」
「うん。だからもう大丈夫だよ。
こんな事、したくなかったのよね」
「う……ん……イタ……いの……キラ……い」
「これが終わったら、あなたのお父さんもお母さんも助けるから。
心配しなくていいよ」
少女は何も言わず、小さく頷いた。
足元に、ぽつぽつと涙の跡が増えていく。
ヒジリはその頭を優しく撫で、
ゆっくりと黒ローブの大男達の方へ振り返った。
少女はか細い声で「リ……タイ……ア……」と呟き、
会場整備員に手を引かれ、闘技会場を後にした。
「あの子に罠仕掛けたの、アンタ達なんでしょ?」
ヒジリの声が、会場に響く。
黒ローブの大男達は、何も答えない。
ただ、無言のまま。
不気味なほど揃った歩調で、ヒジリへと近づいてくる。
ゾロリ……ゾロリ……と距離が縮まる。
ただ歩いているだけのはずなのに、
黒ローブの四人が一歩進むたび、
会場の空気が目に見えて重くなっていくのがわかった。
ざわついていた観客席の声が、
徐々に、徐々に消えていく。
――おかしい。
さっきまでの戦いでは、
誰もが歓声を上げ、ヒジリの動きに熱狂していた。
それなのに今は、理由もわからないまま、
「何かを感じ取って」黙り込んでいる。
キューブが小さく呟いた。
「……マスター、あの四人。
ステータス、表示されません」
「え……?」
「ギルド識別魔法に反応なし。
登録データが……存在しません」
存在しない?
そんなことが、あるはずがない。
この大会に出ている以上、
全員ギルドを通して登録されている。
それが、この世界のルールだ。
なのに。
「……リーネ、何かわかる?」
「……嫌な感じがする。
“強い”とかじゃない。
そもそも、同じ土俵に居ちゃいけない気配」
その瞬間だった。
次の瞬間、銀色の光が正面から突っ込んだ。
パァンッ!!
ヒジリの左腕が、一人の頬を掠める。
空気が破裂したような音と共に、
黒ローブが大きく裂け、ズルリと布が落ちた。
露わになったのは――人間ではなかった。
鬼種。
下顎から突き出る二本の牙。
頭から生えた、天を突くような二本の角。
燃えるような紅い瞳。
その姿を認識した瞬間、
観客席のどこかから、誰かの声が裏返った。
「……うそ……だろ……?」
鬼種。
それだけでも十分に上位種族だ。
通常、軍隊クラスでようやく一体討伐できる存在。
だが――
本当の異常は、ここからだった。
残る三人の黒ローブの大男達が、
まるで示し合わせたかのように、ゆっくりとフードに手を掛ける。
誰も何も言わない。
止める声も、歓声もない。
会場全体が、
“それを見てはいけないものを見る直前”の沈黙に包まれていた。
そして――
バサリ。
ほぼ同時に、三人がローブを脱ぎ捨てた。
そこに現れたのは、
最初の一体と寸分違わぬ姿。
同じ角。
同じ牙。
同じ紅い瞳。
まるで、同じ存在を四体並べたかのような――
リーネがポツリと呟く。
「純血鬼種だと…」
この世界で最強とされる
純血竜族と
ほぼ同格の、伝説級の存在。
王族騎士団の隊長が、震える声で呟いた。
「……神話、だろ……そんなの……」
ギルドの魔法。
王都の結界。
闘技大会という舞台。
それら全部が、
「世界の安全装置」だったはずなのに。
今、目の前に立っているのは、
その装置ごと無視して現れた存在だった。
ローブを脱いだ鬼の一人が、ゆっくりと口を開く。
「残念だが、今日は挨拶に来ただけだ」
その声は大きくない。
なのに、会場のどこに居ても、
耳元で囁かれているかのようにはっきり聞こえた。
「我ら純血鬼種は
“リザーヴ”様に忠誠を誓った」
「そのため一度、殲滅をする」
「少し前、世界の片隅にある小さな町を
挨拶代わりに消してきた」
その言葉に、
ゼロの顔から、完全に色が消えた。
王族騎士団の誰かが、
無意識に剣を抜いたまま、震えている。
「……滅べ」
「この世界は、リザーヴ様、
そして我々黒三日月が支配する」
そう言って魔法陣を展開し、四体は消えた。
――静寂。
次の瞬間、悲鳴と怒号が会場を埋め尽くす。
人々は我先にと逃げ出し、座席は一気に空になっていく。
最後に残ったのは、
王族、王族騎士団、ゼロ、少女、
ヒジリ、リーネ、キューブ、そしてボク。
あれだけ騒がしかった闘技大会。
こうして今回の大会の幕は閉じた。
世界を殲滅させると宣言した黒三日月。
純血鬼種という規格外。
空には、傾いた太陽と――
皮肉にも、とても美しい三日月が浮かんでいた。




