幕間 孤独で編まれた街
匣に入ってから、どれくらいの時間が経ったのかはわからない。
そもそもリーネ自身、時間を数えることすら、いつの間にかやめていた。
ルナ、サンブライト、エールに託されたから……
この世界に必要な魔法を、できる限り多く編む。
まだ誰も知らない理論を組み立て、
誰も辿り着けない構造を試し続けること。
それが、リーネの役目だと…
匣の中は静かだったが、退屈ではなかった。
思考するには十分すぎる空間で、
リーネはひたすら魔法式を書き換え、組み直し、壊しては作り直していた。
干渉魔法。
構造魔法。
権限魔法。
世界そのものに触れるような術式。
気付けば、
「休む」という概念そのものを忘れていた。
どれくらい経ったのかもわからない。
百年かもしれないし、
ほんの数年だったのかもしれない。
ある時、ふと。
複雑な魔法式から視線を外した瞬間、
足元に懐かしいコインが落ちていた。
――サン。
理由はわからない。
ただ、急に懐かしくなった。
顔も、声も、会話も、今でもはっきり思い出せる。
忘れたことなんて、一度もない。
リーネは、コインを拾い上げ、
そっと手元のコインを見つめた。
それは、ずっと前から、匣の中にあったもの。
サンブライトが最後に残してくれたもの。
サンブライトが懐かしくなって、
リーネはコインを指で弾いた。
その瞬間――
匣が、開いた。
外の世界と、繋がった。
理解はすぐに追いついた。
このコインには、「すべての鍵を開ける魔法」が付与されている。
サンブライトの魔法だ。
サンブライトの置き土産。
外に出られる。
この隔絶された領域から、
ようやく、世界へ戻れる。
リーネはすぐに外へ出た。
一瞬だけ、空気の密度が変わる。
魔力の流れが、匣の内側とはまるで違う。
そして、すぐに気付いた。
――世界が、変わりすぎている。
リザーヴの顕現。
能力の価値の変化。
魔法体系の歪み。
国家構造の再編。
匣の中にいた間の“空白”が、
情報として、あまりにも大きすぎた。
リーネは外で行動し続けた。
街を歩き、
人と話し、
魔法を使い、
戦いすら経験した。
色々な魔法を編んでみた。
対抗術式も、干渉結界も、擬似権限魔法も。
だが――足りない。
理論はあっても、実戦データが少なすぎる。
世界の前提情報が欠落しすぎている。
何より、リザーヴという存在が、想定外すぎた。
力も、情報も、まだまだ足りない。
このまま外で動き続ければ、
いずれ必ず、リザーヴに捕捉される。
だからリーネは、再び匣に戻った。
逃げるためではなく、
拠点を作るために。
リーネは魔法を駆使し、匣の構造そのものに干渉した。
サンブライトの所有権を書き換え、
支配権を自分に移し、
匣を“世界から独立した領域”として再定義する。
そして、外界と常時接続するための存在として、
人の形をしたキューブを構造した。
それは、人であって人でなく、
だが確かに「存在している」もの。
触れられる。
会話できる。
登録できる。
記録にも残る。
社会的には、完全に“人”として成立する器。
それからリーネは、匣の中で魔法の研究を続けながら、
同時に、外界の情報を集め、
サンブライトとエールの子孫を探し続けた。
完全な再現ではない。
同じ魂でもない。
ただ、近い。
限りなく近いだけの存在。
だが、なかなか同時には生まれなかった。
片方が現れ、
片方が消え、
時代が変わり、
国が滅び、
何度繰り返しても、二人は揃わない。
もどかしさとともに、
寂しさが、少しずつ強くなっていった。
探しているはずなのに、
ずっと見ているはずなのに、
世界の中で、自分だけが取り残されているような感覚。
だからリーネは、魔法の街を作った。
ただ待つための場所ではない。
だが、積極的に探しに行くわけでもない。
“出会える可能性が、一番高くなる場所”。
魔法使いが集まり、
才能ある者が集まり、
情報と人と力が、自然と流れ込んでくる場所。
それが、リーネの街だった。
長い年月をかけて街は発展し、
最初は小さな実験都市だったそれは、
やがて世界有数の魔法都市へと変わっていく。
そして、リーネはこっそりと仕込んだ。
街の噂。
魔法都市の存在。
才能が集まるという評判。
それらの情報が、なぜか必ず、
サンとエールの家系に届くように。
記録。
学術資料。
ギルドの掲示。
旅人の噂話。
偶然に見える程度の干渉だけを、
何百年も、静かに積み重ねていった。
強制ではない。
だが、導線は引いてある。
「辿り着きたくなったら、必ず辿り着ける場所」
それが、この街の本当の役割だった。
それでも、二人は揃わなかった。
近い魂は現れる。
だが、必ずどこかがズレる。
リーネは待ち続けた。
探すことをやめなかった。
寂しさを、街という形に変えながら。
そして――
819年後。
ようやく。
サンブライトの系譜と、
エールの系譜。
二つの流れが、同じ場所に重なる。
ハツキとヒジリが、
リーネの街を訪れた。
「わぁ……すごい……」




