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第32話 おかえり、ボクのバーサーカー

ヒジリがボクの隣から居なくなって、数日が経った。


最初は、すぐ戻ってきてくれると思っていた。

そう思いたかった……


でも、時間だけが過ぎていく。


ボクは街の情報屋、外から来る商人、冒険者、旅人――

とにかく考えられる限りの人間に声を掛け、情報を集め続けた。


リーネは探索魔法を使い、

キューブはギルドの受付に戻って冒険者から話を聞き続けていた。


「どこかで白い鬼を見なかったか?」

「白い大きな何かを見なかったか?」

「白いモノは見なかったか?」


返ってくる答えは、いつも同じ。


――そんなの見ていない。


ヒジリの今の状態で動きがあれば、必ず目立つ。

目立てば噂になる。噂になれば、耳に入る。


なのに、何もない。

不自然なほど、何もない。


どこかに引き篭もっているのか?

洞窟? 廃墟? それとも――


ふと、頭に浮かんだ場所があった。


初めてヒジリが、あの姿で現れた場所。


「……あの洞窟」


独り言のように呟く。


そうだ。

きっと、ヒジリはそこにいる。


おかしな宿屋に戻り、荷物をまとめ始めると、

リーネが驚いたように声を上げた。


「ど、どうしたのだ!? なにかわかったのか!?」


「いや、ハッキリとはわからない。

ただ、ボクが初めてヒジリの狂神化(バーサーカー)状態で会った場所。

ヒジリと二回目に逢った場所。

――『あの洞窟』だ」


「なるほどな……

意識が無い状態だからこそ、想いが強い場所にいる、か」


リーネと共に荷物をまとめ、ギルドへ向かい、キューブを“回収”する。

そして、あの洞窟へ向かった。


道のりは約八日。

ヒジリと一緒に来た道を、今度は逆に辿る。


ヴォルズと戦った平地。

ここで、初めてヒジリの力を見た。


……本当に、強かったな。


一緒に居るようになって、まだ日数は短い。

でも、思い出は驚くほど多かった。


ヒジリは、もう大切な人になっていた。


寝る間も惜しんで走り続ける。

途中、妖精が現れても、追いかけ回すヒジリはいない。


「妖精も寂しいだろうな」


リーネの呟きに、ボクは走りながら答えた。


「……そうだね」


同じことを考えていた。

ここで妖精を追いかけて、笑いながら出てきてほしい。


どんな姿でもいい。

早く、出てきてくれ。


あの洞窟に辿り着く。


あの時と変わらない…


「ここだ……」


ボクがそう言うと、

リーネが地面に手をつき、魔法陣を書き始める。


「念のため、転移用の陣を敷いておく。

何かあっても、すぐ戻れるようにな」


「洞窟の中にはモンスターもいるから、気をつけてね」


「何が来ても私の魔法で灰にしてやるさ」


「私も戦えるのですよ、ハツキ様」

――キューブは、戦闘形態に移行し微笑んだ。


……心強い。


ボクは真珠龍の皮袋(パールレザー)に手を入れる。

感覚がないから、手応えでは何も分からない。


「……コイン」


口に出した瞬間、

指先に“それ”が現れた。


洞窟探索のためのルーティーン。


「表」


コインは、くるくると回転しながら宙を舞い――

表を向いて、手の甲に落ちた。


「おぉ……!」


リーネが、どこか懐かしそうに笑った。


「昔も、よくそれで運試しをしたな。

サンブライトは、何かあるたびに投げていた」


期待と不安を抱えながら、奥へ進む。


やがて、黒い染みのあるフロアに出た。

壁には、大きな4本の爪痕。


「ここだ……」


ボクは思わず立ち止まる。


「ここで初めて、バーサーカーのヒジリに会った。

ボクが()()()()()()()、突然現れたんだ」


「急に、か……」


リーネは何かに気付いたように、静かに頷く。


奥へ進む。

空の宝箱が置かれている場所。


ヒジリの姿はなかった。


力が抜け、ボクはその場に崩れ落ちた。


「……ハツキ」


リーネが、後ろから声を掛ける。


「まだ……

牢獄の塔って場所が……」


「……」


「もういい」


リーネは、床の4本の爪痕を見つめた。


「ここには来ている。

そして、また別の場所へ行った」


ヒジリの指は四本。

他の鬼種は三本。


この爪痕は、間違いなく――ヒジリのものだ。


……なのに。


「もういい」


その言葉が、胸の奥に引っかかった。


もういい、って何だ。

見つからないから?

追えないから?

だから、ここで終わり?


狂神化(バーサーカー)のヒジリは最強だ。

負けることなんて、きっとない。


でも――

あれは“護る形をした破滅”だ。


どんどんヒジリは削れていく。

強くなるほど、人じゃなくなっていく。


それを……

「もういい」で済ませていいわけがない。


「でも諦められるわけないだろ!!

ヒジリはボクの大切な人なんだ!!」


思わず叫んでいた。


パシン。


リーネの平手打ちが響く。


「バカモノ!!一人で焦ってなにになる!

焦れば見つかるのか?

そしてお前だけが悲しいと思うな!!

私だって……キューブだって……!!」


……そうだ。


ボクだけじゃない。


「……ごめん」


リーネは涙を拭い、床に魔法陣を書き始めた。


「考えはある。少し待て」


二つの魔法陣が完成する。


「我が名はリーネ。

叡智を統べ・司る者(ソール・マスター)なり。

風と熱風の悪霊よ、顕現せよ。

魔神・パズズ」


空間が、静かに歪んだ。


砂嵐が巻き上がり、

その中心に“何か”が立っていた。


骨のように細長い四肢。

翼とも膜ともつかない影。

顔の位置にあるはずの場所は、

砂と歪みに覆われ、輪郭すら定まらない。


……見えない、というより、

「定義できない」。


リーネはその姿を一瞥しただけで、

すぐにハツキの方を見る。


「いいか?

これからあいつはハツキを本気で殺しに来る」


「……は?」


「すまんが少し死にかけてくれ。

そうじゃないと、きっとヒジリは出てこない。

全てが終わったらこれを飲むんだぞ」


リーネが小瓶を渡すと同時に、

砂嵐が爆ぜた。


次の瞬間、

視界いっぱいに“黒”が迫る。


パズズの影が、

ハツキの体を正面から叩き潰した。


衝撃で、壁が砕ける。

肺の中の空気が、一気に吐き出される。


「……っ!!」


肋が軋む音がした。

視界が、白く滲む。


(やばい――

 これ、普通に死ぬ)


パズズは止まらない。

影の腕が、喉元に絡みつく。


締め上げられ、

酸素が遮断される。


意識が、遠のく。


――死ぬ。


その瞬間。


世界の音が、

すべて消えた。


代わりに、

“何か”が、そこに立った。


白い影。

角。

4本の指。


パズズの動きが、

ぴたりと止まる。


まるで、

捕食者の前に出た獲物みたいに。


リーネは、静かに呟いた。


「……やはりな。

死の危機じゃないと、出てこないか」


白い鬼が、

ゆっくりと、パズズを見る。


次の瞬間、

影が“消えた”。


そして――

確信する。


ヒジリだ。


「やはりな……

ここに隠れていたか」


リーネは静かに、確信を持って言った。


「しかし喜ぶのは早いぞ!!

移動する・苦痛(ペインムーヴ)の代償は今も、お前の中だ」


ボクは息を呑む。


「ヒジリは代償を“喰った”のではない。

お前の代償を……

“命を脅かす異物としてウロボロスを喰らった”だけだ」


胸が締め付けられる。


「だから狂神化(バーサーカー)が発動した。

ウロボロスを、自分の中にねじ込めば……とでも思ったのだろう」


リーネは白い鬼を見つめ、続けた。


「ヒジリ?

お前はまだやるべきことがあるだろう?

その姿では、何も護れんぞ」


リーネは優しく微笑み…


「819年前の借りは子孫に返すぞ。

サン、エール……」


「キューブ…準備はいいか?」

リーネは呟き、キューブは微笑みながら、

小さな声で「はいっ♪」と頷いた。


「我が名はリーネ。

叡智を統べ、司る者(ソールマスター)なり。

全ての災厄よ、我と共に眠れ。

永久と言う名の仮眠ペルマナント・ソメイユ


黒い光が広がる。


白い鬼とキューブ、

そして――ボクの胸の奥にあった“何か”。


ウロボロス。


代償そのものが、引き剥がされる感覚。


胸が、軽くなった。


「すまんな、ハツキ。

ウロボロスも、狂神化も、私とキューブも……

全部まとめて、仮眠だ。

全てを護れるようになったら起こしてくれ」


光が収束する。


床に落ちていたのは、小さな黒い匣。


リーネも、キューブも、白い鬼も、

そしてウロボロスも――

すべてが、その中に封じられていた。


そして…


その隣に倒れていたのは。


人間の姿のヒジリ。


「ヒジリ!!」


ヒジリの指先が、わずかに動いた。


「……ヒジリ?」


呼びかけると、

ゆっくりと瞼が開く。


「……ここ……?」


ボクは、すぐに駆け寄りヒジリを抱き締めた。


強くもなく、弱くもなく、

逃げられないくらいの力で。


「……ハツキ」

声が、まだ掠れている。


「ん?」


「……ごめんなさい…

あたしやっぱり一緒にいれなかった…」


「……うん」


狂神化(バーサーカー)のまま、

ハツキの隣にいるのが……怖くて」


「……」


「だってさ……

そのうち、きっと……」


ヒジリは、言葉を飲み込んで、

床に転がる黒い匣を見る。


「……あれ、さ」


「……うん」


「リーネも、キューブも……

あたし、助けてもらったんだよね」


「………。」


ヒジリは、小さく息を吐く。


「……ほんと、迷惑ばっかかけてる」


ボクは、少しだけ間を置いて、言う。


「……違う」


「……?」


「迷惑かけたのはヒジリじゃない」


ヒジリは、不思議そうにボクを見る。


「……父さんの手紙にさ」


「……?」


「こんなこと、書いてあったの覚えてる?」


ボクは、静かに、言葉をなぞる。


「――この能力は、お前には継がせない。

そんな呪い、くれてやりたくねえからな」


ヒジリは、息を呑んだ。


「……それ、今聞くと……」


「うん」


ボクは、小さく笑った。


「継承する前はさ……

ただの、親の独り言だと思ってた」


「……」


「ヴォイド戦で継承して……

それでも、まだ分からなかった」


「……」


移動する・苦痛(ペインムーヴ)が、

“呪い”だって意味」


ヒジリの指が、ぎゅっとボクの服を掴む。


「ボク、痛みを感じないから」


「……」


「だから……

この能力、

ボクにとってはただ……

“使っても何も起きない能力”だった」


少しだけ、言葉を探してから、続ける。


「便利でも、強力でもなくて……

ただ、ボクにとって都合が良かっただけ」


その言葉が、

自分で思っていた以上に重く響いて、

ボクは、黒い匣を見る。


「ヒジリがいなくなって、

リーネとキューブがウロボロスと狂神化(バーサーカー)を引き受けて……」


「……」


「ここまで来て……

やっと分かった」


ボクは、静かに言う。


「ヒジリのせいなんかじゃない……」


「……」


移動する・苦痛(ペインムーヴ)が何なのか、

代償とはなんなのか…

分からないまま……」


「……」


「使いすぎた」


少しだけ、強く抱き締める。


「だから……

ヒジリも、リーネも、キューブも……

全部、ボクが巻き込んだ」


ヒジリは、何も言わない。


ただ、ボクの服を掴む指に、

少しだけ力が入った。


「……」


「なにもまだ護れていない……」


「……」


「でもこれだけは言いたい……

リーネとキューブが繋いでくれたから……」


しばらく、二人とも何も言わない。


「おかえり、ヒジリ」


「……ただいま」


ボクは、もう一度だけ言う。


「おかえり」


「……ボクの、大事なバーサーカー」



ボクたちは、何かを得れば、何かを失う。

能力も、想いも、全てそうだ。


全部を手に入れることなんて、多分できない。


それでも。


ボクの大切な人たちは、護りたい。


それが、ボクの選んだ世界だから。


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