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第31話 代償

頭が痛い。左側だけ。


顔が痛い。左側だけ。


首が痛い。左側だけ。


肩も、腕も、胸も、腰も、足も。

全部、左側だけ。


ヒダリガワダケ、イタイ……


骨が、内側からきしむ音がする。


筋肉の繊維が、一本ずつ引き千切られていく感覚。


……あれ?


指が、四本しかない。


ハツキにもらった指輪をはめていた、薬指が――ない。


あれ……?

あたしの体って、こんなに白かったっけ。

こんなに大きかった?

……太かった???


 


暗闇と静寂の中、ヒジリはベッドから跳ね起きた。


「はぁ……はぁ……

なに、今の……? 夢……?」


荒い呼吸のまま、自分の左手を見る。

ハツキからもらった指輪が薬指で、いつも通り紅色に輝いていた。


……夢、だ。


そう理解した瞬間、全身が嫌な汗でびっしょりになっていることに気づく。


「サイアク……

気持ち悪い。お風呂入らないと、寝れない……」


外はまだ真っ暗で、草木も眠っている時間帯だった。

隣のベッドでは、ハツキが無防備な顔で気持ちよさそうに眠っている。


「ふふ……かわいい♪ だいすきだよ、ハツ……」


「むにゃ……ヒジリのお胸は……」


ゴスッ!!


前言撤回。

ヒジリは小さく呟き、軽く右足で蹴っておいた。


 


バスルームへ向かい、服を脱いで浴槽の前に立つ。


「42度」


そう口にすると、すぐに湯船に湯が張られていく。


見た夢を忘れたい。

こんな時は、熱いお風呂に限る。


「……ホント、ヤな夢。

覚悟はしてるけど……

でも、実際そうなるかもなんだよね。

代償、か……」


ごぼごぼ、と泡を立てながら、ヒジリは顔まで湯に沈めた。


 


風呂から上がり、気持ちも少し落ち着いて、再びベッドに戻る。


「ずっと一緒にいたいな……」


そう呟き、ハツキの背中に額を預けるようにして、ヒジリは眠りについた。


 


「またヒジリはボクのベッドに潜り込んで!

自分のベッドあるでしょ!

ボクだって男なんだよ!!!」


いつの間にか、ヒジリはボクのベッドに入り込んでいた。

すっかり熟睡しているらしい。


「……寝てるときも可愛いな。だいすきだよ、ヒジ……」


「むにゃ……ハツキのバ~カ♪」


――イラッ。


夢の中でもバカにされている。

デコピンでもしてやろうと、ヒジリの額に狙いを定め、人差し指に力を込めた瞬間。


ピキッ――――!!


首の後ろに、奇妙な違和感が走った。

もちろん痛みは感じない。でも、明らかにおかしい。


「……あぁ、これ、ヒジリの攻撃の後遺症か」


昨日の戦闘で、()()()をしてもらった攻撃がまだ効いてるのか?

リーネの回復魔法があったとはいえ、即完治するほど万能じゃない。


「まぁ……死ななかっただけ、儲けもんだな」


そう独り言を呟きながら、誰も作らないであろう朝食作りに取り掛かる。


この部屋の台所には、料理名を言えば自動で出てくる魔法陣がある。

それでも、ボクもヒジリも、あえて使わない。


料理をしないと、

――人間としての感覚まで失いそうで、怖いから。


 


食後。


椅子から立ち上がった瞬間。


視界が、ぐにゃりと歪んだ。


「――っ」


バランスを崩し、椅子の背に手をつく。

床に倒れる寸前で、なんとか踏みとどまった。


「ハツキ!? どうしたの!? 大丈夫!?」


ヒジリが駆け寄り、顔を覗き込んでくる。


「あはは……大丈夫だって。

急に立ったから、立ちくらみかな。

……それとも、誰かさんの攻撃の後遺症?」


ヒジリの顔が、一気に青ざめた。


「……昨日、もしかして、起きてたの……?」


 


次の瞬間。


ドサッ、と、音を立てて、ハツキの身体が崩れ落ちた。


「ハツキ!? ハツキ!!!」


床に倒れたハツキは、ぴくりとも動かない。

呼吸はある。でも、意識がない。


異常な量の汗。

服の色が変わるほど、全身から滝のように流れ落ちている。


ヒジリは慌てて洗面所からタオルを持ってきて、服を脱がせ、必死に拭いた。

拭いても拭いても、汗は止まらない。


……その時。


首の後ろで、なにかが動いた。


嫌な予感に背筋が凍りつきながら、ヒジリはそっとハツキをうつ伏せにする。


「……なに、これ……?」


首元から腰にかけて、

黒い蛇のような紋様が、皮膚の下でうねうねと蠢いていた。


「……ウロボロス……」


リーネの声が、震えながら漏れる。


移動する・苦痛(ペイン・ムーヴ)の代償。


ハツキの父の日記に書かれていた。

体を一周した時、死に至ると記された代償。


ヒジリは、黒い蛇の“頭”を、両手で必死に押さえ込んだ。


「……うそ、でしょ……?

こんなの……聞いてない……!」


ぐにゃりとした感触が、皮膚の下から伝わってくる。

押さえているはずなのに、指の隙間から、確実に前へ進んでいる。


「……ちがう……!

え、でも……これって……?」


喉の奥が、ひくりと鳴る。


「……あの時の……?

ハツキのお父さんの……日記の……?」


一瞬、言葉が詰まる。


「ちがうちがう……!

だって、移動する・苦痛(ペイン・ムーヴ)だよ……!?

ただ“移動するだけ”の……!」


黒い紋様が、ぬるりと、指の下をすり抜ける。


「……でも……

“体を一周したら”って……

……書いて、あった……」


声が、急に弱くなる。


「……やだ……

そんなの……違う……違うよ……!」


記憶の奥で、あの“日記”の一節が、嫌というほど蘇る。


体を一周した時、死に至る。


「……イヤ……イヤイヤイヤ!!

そんなの……止まるに決まってるでしょ!!」


力任せに、黒い紋様を押し潰す。

爪が食い込み、ハツキの皮膚に赤い跡が浮かぶ。


それでも、蛇は止まらない。


「動くな……!

お願いだから……動かないで……!!」


声が、震える。

呼吸が、うまくできない。


「代償なら……

代償なら、あたしが払うから……!!」


視界が滲む。


「ねぇ……なんで……

なんで、ハツキなの……!!」


黒い蛇は、ゆっくりと、ヒジリの指をすり抜け、

ハツキの身体を這い続けていく。


……止まらない。


どれだけ押さえても、

黒い蛇は、確実に、前へ進んでいく。


「……待って……

ねぇ、リーネ……これ、止められないの……?」


縋るように振り返る。


リーネは、唇を噛み締めたまま、首を横に振った。


「……なんで……?

だって、さっきまで普通だったのに……

なんで、急にこんな……」


リーネは、静かに息を吐いてから、言った。


「……ヒジリ。

お前、勘違いしてる」


ヒジリの動きが、一瞬止まる。


移動する・苦痛(ペインムーヴ)の代償は、“突然発生した”わけじゃない」


リーネは一度、視線を逸らしてから、絞り出すように続けた。


「……ハツキの体質など考えれば

移動する・苦痛(ペインムーヴ)で移せるダメージを超えていたのか…?」


「それ以上使えば、

身体構造そのものが、耐えられない」


黒い蛇が、ぬるりと進む。


「しかも……ハツキは感覚を失ってる」


「痛みも、異変も、侵食も……

起きていても、自分じゃ気付けない。

本来なら痛みでセーブするからな。」


ヒジリの手が、震える。


「だから……

代償が溜まり続けてたことに、

本人だけが、最後まで気付かなかった」


「ウロボロスは突然じゃない」


「もう、とっくに……

限界を超えてた」


その言葉で、もう気付いてしまっていた……


「だ、だったら……回復魔法は……?

時間、稼げば……なんとか……」


声が、自分でも分かるくらい、弱々しい。


「……無理だ。私の回復魔法では……

フェーリア並の力でなければ」


……あぁ、そっか。


じゃあ、誰か他に。

誰か、代わりに。


「……神様、とか……

こういう時、出てきたりしないの……?」


当然、返事なんてない。


黒い蛇は、もう、腰を越えている。


「ダメ……置いてかないでよ……

一人に、しないって……言ったじゃん……」


押さえても、押さえても。

蛇は止まらない。ゆっくり、確実に、ハツキの身体を這い続ける。


このまま一周したら、ハツキは――。


「イヤ……イヤだ……!」


心臓が、壊れそうなほど痛い。


「ハツキ……目、覚ましてよ……」


黒い蛇は、ついに足元まで回り込み、頭が見えなくなった。


ヒジリの視界が、わずかに歪む。

心臓の鼓動が、急に、耳の奥で大きくなる。


(……あ……)


体の奥で、なにかが、確かに“反応した”。


……あぁ。


もう、わかった。


ハツキが死んじゃう……


それならあたしが、その代償を――喰べればいいんだ。


もっト人間のアタシデ一緒にイタカッタナ……


アァ……カラダガ、イタイ……


イマタスケルカラネ……。


ダイスキ……ハツキ……


 


カツン。


金属音が、床に響いた。


「……あれ? なんでボク、こんなところにいるの……?」


意識を取り戻したハツキの隣で、リーネが泣いていた。

ヒジリの姿は、どこにもない。


「……ヒジリは?」


「……遠くへ、そう、遠くへ行った……」


「嘘だっ!!

正直に答えて。ヒジリはどこ?」


リーネの肩を掴み、ハツキは真っ直ぐに見つめる。


嗚咽混じりに、リーネは言った。


「お前は、移動する・苦痛(ペイン・ムーヴ)の代償を支払い続けていた。

……そして、最後にヒジリが、狂神化(バーサーカー)で、その代償を喰った」


「……ウソだ」


「喰い終えた直後、ヒジリは――そこへ」


リーネが指差した先。

そこには、大きな“穴”だけが残っていた。


「……バカだ……」


声が、震える。


「なにが護るだよ……

傍にいなきゃ、護れないだろ……!」


喉が、焼ける。


「前にも言ったじゃんか……

狂神化(バーサーカー)しても傍にいてって!

なんで、ボクの傍から、いなくなるんだよ……!」


 


そうだ。


両思いの石フィーリング・ストーンを使えば――


「ヒジリ……どこにいる……?

今すぐ行くから、待ってて……」


足元で、小さく光るものがあった。


ヒジリにあげた指輪。

そして、蒼色の両思いの石フィーリング・ストーン


……蒼色。


もう、気持ちが、消えた証。


「……ヒジリ……」


指輪を握り締め、その場に崩れ落ちる。


リーネが後ろから抱きしめ、静かに言った。


「探そう。

どんな姿でも、ヒジリはヒジリだ。

私たちの……仲間だ」


ハツキは、小さく頷いた。


「……そうだな。

見つけて、怒ってやらないと、気が済まない」


ヒジリの指輪を、小指にはめる。


そして、立ち上がった。


どこに行こうが、必ず見つける。


――離さないって、もう一度、教えないと

すみません。2/2内容を修正しました。

×代償は回復出来ない→◯私の回復魔法では……

フェーリア並の力でなければ」

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