第30話 全てを護るもの
その日。
ボクは、試練に勝ったはずだった。
称号を、確かに手に入れた。
それなのに――
胸の奥に残っていたのは、
達成感なんかじゃなく、
後悔と、自己嫌悪だけだった。
「全てを護る者」なんて、
やたらと立派な名前のくせに。
一番、護れなかったのは――
たぶん、自分自身だった。
「動けるか?
サンブライトの子孫よ」
低く、静かな声。
フロア全体に響いているはずなのに、
なぜか距離感がなくて、
最初からずっと“そこにいた”みたいな声だった。
……動けるか、って。
そう聞かれて、初めて気付く。
自分が、床に倒れているということに。
身体は、動かそうと思えば動く。
手も、足も、ちゃんとそこにある。
なのに――
何も、感じない。
痛みも。
冷たさも。
熱さも。
重さすらない。
この身体は、代償として
「感じる」という機能を持っていない。
だから、今どれだけ壊れていようと、
自分では確かめようがない。
(……無事かどうかすら、分からないってのは
やっぱり厄介だな)
そう思いながら、肘をついて上体を起こす。
動作自体に問題はない。
ただ、“実感”だけが、どこにも存在しなかった。
守護者――
全てを護る者の守護者は、
その様子を見て、静かに頷いた。
「ふむ。
機能的には問題なさそうじゃな」
そのまま、ゆっくりと歩み寄ってくる。
圧迫感も、敵意もない。
最初からずっと、
試練を管理する側の存在だった。
「改めて問おう。
サンブライトの子孫よ」
ボクの正面で、足を止める。
「おぬしは、何を護りたかった?」
……唐突すぎる質問だった。
勝利条件の話でもなく。
能力の説明でもなく。
評価や判定でもない。
ただ、そんなことを聞かれるとは思っていなかった。
「……仲間、です」
少し間を置いて、そう答える。
「ヒジリと、リーネを。
二人を護って、終わらせたかった」
守護者は、すぐには何も言わなかった。
その沈黙が、やけに長く感じる。
「結果として、条件は満たした。
我輩は、壁際まで押された」
淡々とした口調。
「じゃが、そのためにおぬしは、
自分をどう扱った?」
……その問いで、全部理解してしまった。
ああ、これ。
試練は、勝敗じゃ終わらない。
守護者にとっての“本題”は、そこじゃない。
「……自分を、使いました」
喉の奥が、少しだけ重くなる。
「殴らせて。
押し込ませて。
結果が出るなら、それでいいって……」
言葉にすると、想像以上にひどい。
守護者は、静かに頷いた。
「そうじゃな。
おぬしは、自分を“駒”にした」
「仲間を護るために、
自分を消耗品として使った」
一拍。
「……じゃが、それだけではない」
守護者の声が、わずかに低くなる。
「おぬしは同時に、
“仲間自身も駒にした”」
「……え?」
思わず、顔を上げる。
「自分を殴らせ、
自分を押し出させ、
結果を出すために――
おぬしは、仲間の感情と判断を、
“都合よく利用した”」
言葉が、喉の奥で詰まる。
「それは自己犠牲とは別の歪みじゃ」
「前者は“自分を削る歪み”
後者は“他者を手段に変える歪み”」
「方向は違えど、
どちらも同じ場所に辿り着く」
「――護るという名で、
人を壊す道じゃ」
守護者の言葉は、怒りでも非難でもなかった。
ただ、静かに事実を突きつける声だった。
「自分を護れぬ者に、
他者を護り続けることはできぬ」
「そして」
視線が、鋭くなる。
「他者を手段にする者に、
本当の意味で“共に立つ資格”はない」
「それは護り手ではない。
指揮官でもない。
ただの“利用者”じゃ」
胸の奥が、重く沈む。
……何も言い返せなかった。
利用者。
その言葉で、ようやく腑に落ちた。
ボクはずっと、
“誰かのために壊れる自分”を、
正しい形だと思ってた。
それが優しさで、
それが一番マシな選択だと、
疑いもせずに。
でも――
それって結局、
自分を護る視点が、最初から欠けてたんだ。
「だからこそ」
守護者は、ゆっくりと手を下ろす。
「おぬしに、この力を授ける」
「これは、褒美ではない。
称号でもない」
「歪んだままの護り手に、
“問いを背負わせるための力”じゃ」
問い。
胸の奥で、能力が静かに脈打つ。
感覚はないのに、
存在だけは、はっきり分かる。
「仲間を護りながら、
自分も護れるか」
「他者を守りながら、
自分を消耗品にしない選択ができるか」
「それを、生き方そのもので証明せよ」
守護者の声が、フロアに静かに広がる。
「それが出来た時――
おぬしは初めて、
“全てを護る者の継承者”の力を得られる」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥にあった後悔と自己嫌悪が、
少しだけ、形を変えた。
消えたわけじゃない。
軽くなったわけでもない。
ただ――
「……はい」
ちゃんと、前を向いて返事ができた。
「次は、自分も護ります」
「逃げないし、
使い捨てにもしない」
「仲間と一緒に立ったまま、
ちゃんと……選びます」
守護者は、満足そうに頷いた。
「それでよい」
「その迷いと後悔を忘れるな。
それこそが、おぬしの“証”じゃ」
その言葉を胸に刻んだ瞬間、
右腕の奥で、何かが静かに“切り替わる”のを感じた。
力を得た、という感覚じゃない。
むしろ――
これからずっと、問い続けられる場所を
身体の中に作られたような気がした。
その次の瞬間。
「全てを護ってみせよ! ハツキ!!!」
そう叫ぶ声と同時に、
守護者の姿が霧散し、
フロア中に散らばった小さな光が、
一斉にボクの方へと集まってきた。
全部、右腕に吸い込まれていく。
フロア全体が光に包まれ、
視界が、真っ白になる。
――白い世界。
ヒジリも、リーネも見えない。
足元も、壁も、天井もない。
「……え、どこ?」
思わず声に出した瞬間、
少し離れた場所に、人影が浮かび上がった。
「よお! 俺の子孫!!!」
……子孫?
その声と雰囲気で、なぜか一瞬で察してしまう。
「……サンブライト…様?」
「おう、そのサンブライト様だ」
軽いノリで笑うその姿は、
神話に出てくる英雄というより、
どこにでもいそうな、普通のお兄ちゃんだった。
「なんかさ、俺達のせいで
ずいぶんめんどくせえ事になっちまったな」
頭を掻きながら、少しだけ気まずそうに言う。
「力、ばら撒きすぎたせいでよ。
世界も、お前も、ずいぶん歪んじまった」
……ああ。
やっぱり、そこは避けられないんだ。
「押し付けちまって、悪い。
正直、今さら取り消しも出来ねえ」
「だからせめて――」
サンブライトは、真っ直ぐこっちを見る。
「その力で、リーネを。
お前の大事な人を。
あと……出来るなら、世界も護ってやってくれ」
軽い口調なのに、
言ってることだけは、やたら重い。
「全てを護る者はな、
使いこなせば、マジで厄介なくらい強え」
「でも同時に、
“世界に負担かける力”でもある」
……負担。
その言葉に、胸の奥が、わずかにざわついた。
「護るってのは、便利な言葉だ。
でもな――」
サンブライトは、少しだけ笑って。
「それで“何かが消える”時もある。
気付かないうちにな」
その瞬間、景色が揺らいだ。
白い世界が崩れ、
視界が一気に元のフロアへと戻る。
……夢?
幻?
右腕を見る。
紋章は、確かにそこにある。
でも見た目は、何も変わっていない。
「……コレ、ほんとに変わったの?」
思わず呟くと、
隣でリーネが、頷いた。
「中身が変わったんだ! たぶん!」
たぶん、って。
「まあ、細かいことはいいじゃん!」
ヒジリがボクの背中を軽く叩く。
「とりあえず帰ろ。
今日はもう、頭使いすぎた」
「だな。甘い物、食べたい」
三人で顔を見合わせて、頷く。
ほとんど我が家になりつつある
「おかしな宿屋」へと、歩き出す。
――その時。
誰も気付かなかった。
世界の、どこか遠くで。
本当に小さな場所が、
音もなく“消えていた”ことに。
小さな町。
小さな日常。
小さな、いくつもの命ごと。
その日。
新たな
全てを護る者が誕生した日であり――
同時に。
世界が、ほんの少しだけ
“護られなかった”最初の日でもあった。




