第29話 |全てを護る者《トゥー・シェリール》」の守護者。
あの顔は怒りではなかった。
ただ、生まれつきそういう顔をしているだけだ。
……そう、頭では理解している。
それでも、あの表情を前にして、身構えずにいられるほど、ボクは冷静じゃなかった。
「……」
思わず身体を強張らせたボクを見て、守護者は喉の奥で低く笑った。
「わはは!
よく来たな、サンブライトの子孫よ」
その声は、腹の底に響くように低く、重い。
だが、不思議と――殺気や敵意は感じられなかった。
まるで、敵として見られていないような感覚すらあった。
「我輩は
全てを護る者の守護者」
そう名乗ると、守護者はゆっくりと玉座から立ち上がる。
石が擦れるような音と共に、その巨体が完全に立ち上がった瞬間、フロアの空気がわずかに沈んだ。
「証の継承者を見定める者。
この塔の、守護者じゃ」
その声音は、守護者に相応しくフロアに響く。
一歩、また一歩。
床を踏みしめるたび、振動が靴裏から伝わってくる。
巨大な体で、フロアの中心へと歩み出ながら――
「先に言っておくぞ」
その一言で、空気が張り詰めた。
まるで見えない糸が、全員の喉元に巻き付いたみたいに。
「証の継承には、ルールがある。
それを一つでも破った時点で――
おぬしの挑戦は、失敗と見なす」
ヒジリも、リーネも、珍しく口を開かない。
冗談めいたやり取りの多い二人が、完全に黙っているのが、逆に異様だった。
ボクは息を呑み、続きを待った。
守護者はフロアの中心に立つと、両腕を大きく広げる。
「では、ルールを告げよう」
一つ、指を立てる。
「我輩に触れる、もしくは攻撃できるのは
サンブライトの子孫のみ」
――つまり、ボクだけ。
二つ目。
「我輩も攻撃を行う。
その場合、ここに居る女子二人も対象に含まれる」
一瞬、ヒジリが眉をひそめた。
リーネは、無言のままボクの方を見る。
三つ目。
「女子二人に、傷を負わせてはならぬ。
かすり傷一つでも、その時点で失敗じゃ」
……一気に、難易度が跳ね上がった。
四つ目。
「全員、皮袋に入っているアイテムの使用は禁止。
回復も、補助も、例外は無い」
五つ目。
「サンブライトの子孫は、能力を使ってはならぬ。
強化、補助、干渉――
一切、禁止じゃ」
思わず、喉が鳴る。
無意識に、唾を飲み込んでいた。
守護者は、それを見透かしたように、楽しそうににやりと笑った。
「そして――」
最後に、指を一本、ゆっくりと立てる。
「勝利条件は単純。
我輩の――」
背後にある壁を指差す。
「体の一部でも壁に当てる」
「……それだけ、じゃ」
簡単じゃろ?
そう言わんばかりの顔。
……いや、簡単なわけがない。
目の前の守護者は、
さっきの土人形よりも一回り以上大きい。
ボク一人の力で、押し返せるとは到底思えない。
ヒジリも、リーネも攻撃できない。
強化も、魔法も、アイテムも無し。
しかも――
ヒジリとリーネに攻撃が当たったら、その瞬間で失敗。
(……詰んでないか?)
頭を、必死に回す。
だが、どれだけ考えても、条件はどれも“ボク1人で何とかしろ”と言っているようにしか見えなかった。
そんなボクを見て、守護者は愉快そうに言った。
「どうした?
知恵を使えと言うておるのじゃ」
……常に冷静でいろ、か。
ボクは一歩前に出た。
「すみません。質問してもいいですか?」
「うむ。言ってみよ、サンブライトの子孫よ」
「そこに居る女の子達は、
あなたに攻撃さえしなければ、能力や魔法を使ってもいいんですか?
……避けるため、とか」
守護者は少し考え、顎に手を当てる。
「うむ。それは許可しよう」
にやり。
「ただし――
我輩に対する攻撃や壁への押し込みは不可。
そして――」
視線が、鋭くなる。
「お主に対する強化、補助も不可。
その時点で失敗じゃ」
……最後の希望が、潰えた。
「さて」
守護者は拳を鳴らす。
骨が鳴る、鈍い音。
「質問は終わりか?」
フロアに、重たい音が響く。
「では――
試練を始めよう」
その言葉と同時に、
守護者の巨体が、地面を踏み鳴らした。
――来る。
ボクは即座に、二人の位置を把握する。
(正面にリーネ。
右後ろにヒジリ。
距離は……問題ない)
最初に考えるのは、守ること。
押し返す条件は後回しだ。
今は、とにかく二人に攻撃を“当てない”。
守護者の一歩が、床を揺らす。
速い。
見た目に反して、動きがやけに軽い。
(真正面から受けたら、弾かれる)
ボクは横に回り込み、
拳が振り抜かれる“軌道”を読む。
「リーネ、下がって!
ヒジリは――そのまま!」
短く、的確に指示を出す。
守護者の拳が、空を裂く。
風圧が、頬を叩いた。
ギリギリで躱し、
腕に体重を乗せて、横から押し返す。
――重い。
腕が、軋む。
筋肉が悲鳴を上げる。
歯を食いしばり、足を踏ん張る。
(いける……?)
だが、守護者はすぐに体勢を変え、
肩で弾くように、ボクを押し返した。
後ろへ、数歩。
息が、荒くなる。
(……ダメだ)
純粋な力じゃ、勝てない。
次に、誘導を試みる。
あえて前に立ち、
大きく踏み込ませる。
拳を躱し、
背後の壁との距離を測る。
(あと、三歩分……)
だが――
守護者は、突然足を止めた。
「ほう」
低い声が、響く。
「考えておるな。
悪くない」
攻撃を受けているはずなのに、その目はボクではなく“全体”を見ていた。
次の瞬間。
踏み込みが、
さっきとは比べ物にならないほど鋭くなる。
避けきれない。
反射的に、体を捻る。
拳が、肩をかすめ――
その衝撃で、ボクは床を転がった。
視界が、揺れる。
(……このままじゃ)
立ち上がろうとして、
足に力が入らない。
距離が、詰められる。
――次で、
誰かが巻き込まれる。
守護者の巨体が、真正面に立った。
視界いっぱいに広がる影。
逃げ場は、もう無い。
(……正面から受けたら、終わる)
腕も、脚も、言うことを聞かない。
防ぐ手段も、逃げる手段も、もう思いつかない。
「……っ、ハツキ!」
背後から、
ヒジリの声が響いた。
その時だった。
(……いや、ダメだ……)
一瞬、脳裏をよぎる。
ほんの、馬鹿みたいな発想。
でも――
今の条件で、
唯一“成立する可能性”があるとしたら。
(……これしか、ない)
喉が、ひくりと鳴る。
自分でも、最低だと思う。
けど……やるしかない!!!
「あのさ。ヒジリ?」
「えっ!?急になに?」
「その闘いの正装、すごく似合ってる」
一拍。
「でもさ、やっぱりヒジリのお胸だと――」
言い切る前に。
ドンッ!!
拳が、
背中から叩き込まれた。
視界が一気に前へ弾ける。
身体が宙を舞い、
そのまま――
ガンッ!!
目の前の守護者、
全てを護る者の胸部に激突した。
「……ぬっ?」
巨体が、わずかによろめく。
一歩、
後ろへ。
(――押せた)
ほんの一瞬、
そう思ってしまった。
作戦として、
成立してしまったから。
だが。
次の瞬間。
「……」
背後の空気が、凍る。
足音はない。
気配も、ない。
ただ。
「――ッ」
言葉にならない“何か”だけが来た。
恐怖でヒジリの方に向き直す。
ドゴンッ!!!!
今度は、正面。
拳が、腹に突き刺さる。
息が、音を立てて抜ける。
身体が、
今度こそ完全に制御を失い――
ドンッッッ!!
守護者と共に壁に叩きつけられる。
石が砕け、
背中から床へ落ちる。
……痛みは、来なかった。
不思議なくらい、
感覚が遠い。
でも。
胸の奥が、
ずしりと沈む。
(……やっちゃったよね…)
試練のためとはいえ。
ヒジリを…
都合のいい力として、
口にした。
その結果が、
これだ。
「……ふん」
ヒジリの声。
低く、短く。
怒鳴らない。
説明しない。
視線も、寄こさない。
それが、余計に重かった。
「――そこまでだ!」
次の瞬間。
守護者が、
腹の底から響くような声で――
「がははははは!!」
高らかに、笑った。
フロア全体に、重たい笑い声が反響する。
さっきまでの張り詰めた空気が、一気にほどけた。
「見事じゃ、サンブライトの子孫よ」
巨体が、胸を張る。
「今の一撃で、
我輩は確かに壁際まで押された」
ごつり、と背後の壁を軽く叩く。
「条件は満たされた。
試練としては――成功じゃ」
一瞬だけ、
胸の奥に、安堵が広がりかける。
だが。
守護者は、にやりと口角を吊り上げたまま、
ゆっくりと、言葉を続けた。
「じゃがの」
声の調子が、わずかに低くなる。
「全てを護る者の守護者として、一つだけ問おう」
視線が、ボクを射抜く。
「護るための試練で、
まず女子を傷つけてどうする?」
言葉は、穏やかだ。
だが、その一言は、
さっきの拳よりも、はるかに重かった。
「仲間を踏み台にして得た勝利を、
それでも“護った”と言えるのかの?」
笑みは消えない。
だが、そこにあったのは嘲りではなく――
失望に近い、静かな問いだった。
フロアに、短い沈黙が落ちる。
その沈黙を、破ったのは。
「……まあ」
ヒジリの声だった。
低く、どこか呆れたような。
「一応、補足しとくけどさ」
ボクの背後から、ゆっくり歩いてくる。
「途中で気付いたから」
「……え?」
思わず、振り返る。
ヒジリは肩をすくめる。
「最初の一発で、
守護者さんがちょっとよろめいたでしょ?」
「その時点で、だいたい分かったよ。
あ、これ――ハツキ、わざと殴らせにきたなって」
胸が、ひくりと鳴る。
「だから二発目は、
壁まで届く“ちょうどいい強さ”にしただけ」
さらっと、とんでもないことを言う。
「本気でやってたらさ」
ちらっと、ボクを見る。
「たぶん、死んでたよ?」
冗談みたいな口調。
でも、目は笑ってない。
「……っ」
言葉が、出ない。
ヒジリは小さく息を吐いて、続ける。
「作戦としては、まあ合格。
頭も回ってたし、条件もちゃんとクリアしてた」
一拍。
「でもね、ハツキ」
声が、少しだけ低くなる。
「次やったら、折るから」
「……え?」
「その考え方」
視線が、真っ直ぐ刺さる。
「仲間を“道具”にして勝つクセ、
一回ついたら終わりだから」
軽い口調なのに、
内容は、さっきの守護者より重かった。
「今回は、私が分かってて合わせた。
だから成立しただけ」
「でも次、誰かがハツキの言葉を本気で受け止めたら――
その時点で、もう護ってないでしょ」
「まぁ骨も折るけど!!!」
言い返せなかった。
守護者が、静かに笑う。
「……がはは」
「聞いたか、サンブライトの子孫よ」
「“全てを護る者の守護者”として言わせてもらうが」
「今の一撃で、壁まで押したのは
力でも作戦でもない」
「――仲間との信頼じゃ」
その言葉が、胸に落ちた。
勝ったはずなのに。
試練は成功だったはずなのに。
なのにボクは、
この塔に来てからで一番――
自分が、弱いと思った。
誰も傷付けない勝ち方です。
たくさんありますが…
一つ目、守護者の体に壁を当てればいいだけなので別に押し込まなくてもいい。壁を壊してそのまま当てる。
二つ目、リーネの魔法で壁を移動させる。守護者をターゲットにしてないのでセーフ。
こんな感じで頭を柔らかく考えればハツキでもクリア出来たはず…!




