第26話 残されたもの
昨晩は、色々ありすぎた。
ヒジリとの仲が進展したり、
リーネがこっそり覗いていたらしく説明したり…
寝不足もいいところだ。
しかも今日は、新たな旅立ちの日だというのに――雨。
まったく、ツイてない。
ツイてないけど…
宿のキッチンから漂ってくる、いい匂い。
トントンと心地の良い音!
それだけで気分が上がる!!
ヒジリは朝から張り切って料理をしていた。
別に誰かに頼まれたわけでもない。
ただ単純に――
みんなに、自分の手料理を食べてもらいたい。
それだけで、十分といって笑って答えていた。
テーブルに並べられた朝食を見て、
リーネが目を輝かせる。
「おお……これは……普通にうまそうじゃな」
「普通ってなによ」
ヒジリはそう言いながらも、少し嬉しそうだ。
三人で朝食を取りながら、
今後やるべきことを相談する。
強くなるため。
これからの行動。
そして、リザーヴの討伐。
やるべきことは分かっている。
けれど、先はとてつもなく長い気がした。
「さて。今後やるべき事、行くべき所、
会うべき……いや、“会わなくてはならない存在”の話をしようか」
食後のケーキと紅茶を前に、
リーネが口を開く。
「まず……
やるべき事は……
わかるな……?」
一拍置いて、少しだけ真面目な声になる。
「リザーヴの討伐…
これが、今の私たちの最終……
目標だ……」
そのために――と続けようとしたが、
ずっとリーネの視線は完全にケーキに釘付けだった。
話が、まったく進まない。
その様子に気付いたヒジリが、苦笑しながら言う。
「リーネ?
ケーキ食べてからにしましょ。
あたしも気になって仕方ないから」
どうぞ、と笑顔で差し出す。
「そうか!それでは先に食べちゃおうか♪」
リーネは嬉しそうに頬張った。
……本当に、伝説の存在なんだろうか、この人。
ケーキを平らげ、満足そうに息をついたリーネは、
ようやく本題に戻った。
「おいしかった♪
食べてわかった!
ヒジリが作るのは何でも絶品だ!
これからもずっと食べられると思うと楽しみで仕方ない!」
ヒジリは少し照れながら、嬉しそうに笑う。
「さて。本題だ。
リザーヴを倒す前に、まず二人に“証の継承”をしてもらいたい」
証の……継承?
無意識に、ボクは自分の右腕の紋章を見る。
「ハツキは継承しておるが、まだ足りん。
ヒジリに関しては……全然だ」
「詳しく言うと、ハツキは継承を終えていない。
今はまだ“紋章を持っているだけ”の状態だ」
ざっくりと説明するがガーディアンの塔に登り、
正統継承を行ってもらう、とリーネは言う。
全てを護る者
登る者によって試練の内容が変わる、
正真正銘の“適性試験”。
「次にヒジリだが……
これが少し、面倒というか……」
歯切れが悪い。
もしかして、今のヒジリでは継承できないのか?
そう思った瞬間、ヒジリが真っ直ぐに言った。
「リーネ。
あたしは大丈夫だから。
ハッキリ言って」
その目は、覚悟というより、
「自分に出来ることならやる」という
いつものヒジリの目だった。
「……すまん。ハッキリ言うぞ。
継承に必要なものが、わからないのだ!」
「「え!?」」
ボクとヒジリの声が完全に重なる。
「正確には――
白銀龍の居場所が、わからない」
「「……んっ!!?」」
「……白銀龍…名はブラン。
エールといつも共にあった」
その竜を手懐けることで得られる証。
竜が付き従う者
「エールとブランの名をもらい、
お前たちの一族は“ブラン=エール”を名乗るようになった」
リーネが、静かにそう言った。
「私が知っている限り、
二人は常に一緒だった」
一拍置いて、少しだけ視線を落とす。
「だが……なぜか“あの日”だけは違った」
「世界が壊れた、あの戦いの日。
エールは、ブランを連れてきていなかった」
「理由はわからん。
未来を見たわけでも、
何かを予知していたわけでもないと思う」
「ただ……」
リーネは、ほんの僅かに言葉を選ぶように間を置いた。
「“この場に連れてきてはいけない”と、
何かを感じ取っていたのかもしれん」
「だから、置いてきた…?」
「……“残す”ために」
リーネの言葉に、
ヒジリはゆっくりと頷いた。
「……あたしたちの一族には、
白き竜と共にあったって話が伝わってる」
「ブラン様って呼ばれてたって」
「剣術や体術、
風の読み方、風の操り方……
全部、ブラン様から教わったって聞いた」
一瞬、言葉を探すように間が空く。
「それを全部教え終えたあと……
白い竜は、ふっと居なくなったらしい」
ヒジリは、少し困ったように笑った。
「最後に、こう言ったって」
『自分が此処に居なくても、見ている』
『助けが必要なら、呼ぶが良い』
『その方法は、エールの子達に教えてある』
「……でも、その“呼び方”を、
あたしは知らない」
「お父様が、二十歳の誕生日に教えるって……
毎年毎年それを楽しみにしてたのに……」
その声は、
ただ少し、取り残されたみたいに弱かった。
リーネは、静かに頷く。
「つまり――ブランは生きている可能性が高い」
「だが……どこにいるかは、
今のところ誰も知らん」
ヒジリがその言葉を聞き、俯く。
「まぁ心配するな。
ヒジリの故郷に戻れば、手がかりくらいは出るだろう」
ヒジリは小さく、でも確かに頷いた。
「そして継承さえ出来れば……」
リーネは拳を握る。
「ハツキが私たちを護り、
私が動きを止め、
ヒジリがトドメを刺す」
迷いのない笑顔でウィンク。
「単純じゃろ?」
「なるほどね!単純で分かりやすいからヒジリにも――」
言い終える前に、首に腕がかかる。
「……一言多い」
冷たい視線。
「ごめんなさい」
すぐに解放され、背中を軽く押される。
「まったくハツキは“勉強しない”んだから」
笑い声が部屋に広がる。
三人で手を重ね、
「「「いくぞー!!」」」
「でも…雨だけどどうする?」
そう言った瞬間、二人から冷たい視線。
「「善は急げよ!!!」」
……はい。ボクが間違ってました。
荷物は必要なものだけ。
入れる気なら真珠龍の皮袋に入るけど、念のため他の物は“半永住権”のあるこの部屋に置いていく。
リーネはキューブを人型にし、その中に入った。
なにかあればすぐに出るから心配するなと言いながら入るとキューブが小声で、
「お昼寝の時間なのです」
と口元に人差し指を当てて呟いた。
なぜか二人とも普通に納得する。
気持ちを切り替え、掛け声代わりに、
「新しい冒険の始まりだね!」
「そうだね♪また一緒に頑張ろう!」
ロビーを抜け、玄関へ。
――そして、外はやっぱり雨。
「はぁ……憂鬱……」
思わずため息と共に声が漏れる。
「ハツキ……あれ……」
ヒジリが外にいる人影を指差す。
黒い靄。
嫌な予感しかしない。
「待っていたぞ。ハツキ、ヒジリ」
破れたローブ。
悪意に満ちた視線。
「ヴォルズを殺してくれたぁぁぁ、
お前たちに会いにきたよぉぉぉ
ヒジリちゃんの能力喰いにきたよぉぉぉ!!」
舌を出しながらねっとりと喋る。
その舌に刻まれた――
骸骨を踏み付け遠吠えする狼の紋章。
――冒険は、
出発して、まだ五分しか経っていないのに。
もう、地獄だった。




