第24話 新たな仲間
外を眺めながら、懐かしそうで、どこか辛そうな顔をして。
忘れたいのに、忘れられない。
そんな表情を何度も繰り返しながら、リーネは窓の縁に腰掛け、時折、空を見上げて話してくれた。
「……今のこの世界。
能力という代償ばかりが大きい世界にしてしまったのは、私たちの責任だ」
リーネは、ゆっくりと言葉を選ぶように続ける。
「当時は、何も分かっていなかった。
ただ……このままではいけないと、そう感じただけだ。
匣を開けた時も、そこに“何がいるのか”なんて知らなかった。
ルナ様の存在も、世界の仕組みも……何ひとつな」
唇を噛み締め、視線を落とす。
「止められなかった。
私たちは、ただの人間で……
それでも“何かを護りたい”と、思ってしまった」
「まー……しょうがないんじゃないですか?」
ヒジリが、いつもの調子で言った。
「だって、その状況で何もしない方が、よっぽど不自然ですよ。
世界がおかしいって感じたなら、動くのが普通です」
「そうだね」
ボクも頷く。
「結果だけ見れば失敗だったのかもしれない。
でも、その時の選択自体は……間違いじゃなかったと思います」
ヒジリも「うんうん」と頷く。
リーネは、少し驚いたようにボクたちを見てから、
ほんのわずかに微笑んだ。
「……優しいな、お前たちは」
そしてヒジリが首を傾げる。
「それで、リーネ様はその後どうしてたんですか?」
「私か……」
リーネは、遠い記憶を辿るように目を閉じた。
「まず私は寿命を延ばすため、必要最低限まで体を縮めた。」
その声は、静かで、しかし確かに疲れていた。
「今のままでは……リザーヴに、打つ手が無いとわかっていた。
新たな魔法を編むため、研究が必要だった。
だがこの世界に……完全に安全な場所など、存在しない」
一瞬、視線が横へ逸れる。
そこにあるのは、黒い匣。
「だから私は――」
「ワタシに、新たな使命を与えてくださったんです♪」
突然、場違いなほど明るい声が割り込んだ。
次の瞬間。
宙に浮いた黒い匣が、ゆっくりと回転しながら形を崩す。
立方体が分解され、再構築され、
光の粒子が編まれるようにして――人の姿へと変わった。
「この姿では初めましてですね。
ワタシはキューブと申します。」
綺麗に挨拶をしたのは少女だった。
どこかリーネに似た、柔らかな輪郭。
年齢は十代半ばほどに見える。
「今度はリーネ様を護る“匣”になれと。
そして、人型として生きろと」
くるり、と一回転してみせる。
「この姿もギルドの受付の姿も与えてくれたのも、キューブと名付けてくれたのもリーネ様なのです。
このお姿は元のリーネ様に、出来るだけ近づけた……特注仕様でございます♪」
まるで褒められるのを待つ子供のように、
特別ですよキューブは満面の笑みを浮かべていた。
リーネはその様子を見て、
小さく、優しく微笑む。
「話を戻すぞ。……そうだ、体の話だったな」
「この体にし寿命を伸ばし、私はキューブの中で魔法を編み続けた。
外界から完全に隔離された、疑似安全領域だ」
「そこで私は、時間をかけて研究し、
リザーヴに対抗し得る、魔法を完成させた」
一拍。
「だが――私とキューブでは、リザーヴは倒せない。
決定打に、至らない」
その言葉は、重かった。
天才ですら届かない“限界”。
「だから私は待った。
サンとエールに近い魂を持つ者が生まれるのを」
「何代かに一人は現れた。
だが……同じ時代に揃うことは、なかった」
沈黙。
八百年分の時間が、その一瞬に圧縮されたようだった。
「私は待ち続けた。
約束を託され、それを守るために、ただ待った」
そして、ゆっくりとこちらを見る。
「……そして」
微笑みながら、言う。
「お前たちが生まれた。
生まれてくれた」
その声は、
長い時間を生きすぎた“一人の存在”の声だった。
リーネは立ち上がり、窓際へ歩き、空を見上げる。
「……これで、ようやくだ。
ルナ様。サン。エール。
見ていてくれ」
振り返ったその顔は、
笑っているのに、泣いているようだった。
「今日から、私も仲間にしてくれ。
神でも英雄でもない。
八百年、約束を抱えて生きてきた……ただの一人として、ここに立たせてほしい」
深く、深く頭を下げる。
「力を貸してくれ。
この世界を、これ以上壊さないために」
ヒジリが慌てて駆け寄る。
「リーネ様!頭上げてください!」
ボクも前に出る。
「……リーネ様。
ボクたちは、逃げない。
護るって決めたんです。
だから、お願いします」
二人で頭を下げた。
しばらく沈黙があって――
リーネは、小さく笑った。
「……もう“様”は要らない。
仲間だろ?」
「……わかったわ、リーネ」ヒジリが微笑む。
「ヨ…ヨロシク!り、リーネ!」
三人で、手を重ねる。
仲間が増えた。
八百年、約束を託され、
それを守るためだけに生き続けた少女と。
人間を捨てた少女と。
護ることを決意した少年。
「……あの」
ヒジリが首を傾げる。
「この後どうすればいいの?」
「今日はもう遅い。明日また話そう」
少しだけ間を置いて、恥ずかしそうにリーネは言った。
「……ここに泊まってもいいか?」
「当たり前でしょ!!」
「ずっと一緒だよ!」
リーネは何も言わず、振り返り俯いて歩き出した。
肩が、わずかに震えている。
床に残ったのは、
いくつもの涙の跡。
それが誰のための涙なのか――
ボクたちには、まだ分からなかった。
分かっていたのは、ただ一つ。
日付が変わるまで、
まだ時間は、たっぷりあるということ。
「「寝るの早くない!?!?」」
二人で腹を抱えて笑った。
そして、声を揃えて。
「「こんなに笑うの久しぶりだな(ね)」」
――神のいない世界で。
それでも誰かを護ろうとする、
ただの人間たちの物語は、ここから始まる。




