第21話 魔法の街 リーネ
移動する・苦痛
「ヒジリは、そこから動けない」
ヴォルズが禍々しい靄を纏い、背後から斬りかかろうとしたヒジリの動きを完全に封じた。
「惜しかったな、ガキ共。本当の“恐怖”ってやつを、見せてやる」
ヒジリへと向き直り、骸骨を踏み砕く遠吠えする狼の刺青が刻まれた筋肉質な腕が、白く細いヒジリの首へと伸びていく。
締め付けられ、息が詰まる。
「ハ……ツ……キ……」
――ダメだ。
助けなきゃ。
今度こそ、間に合わなきゃ――
◇
ゴンっ!
「イッタ~~!!」
洞窟内に、間の抜けた悲鳴が響いた。
「なにするのよハツキ! 起きてる時は勝てないからって、寝てる間に攻撃するなんて卑怯じゃない?」
頭を押さえ、口を尖らせるヒジリ。
……夢?
あまりにも生々しい感触に、しばらく現実との境目が掴めなかった。
昨日、もしヴォルズがヒジリに気づいていたらどうなっていたか――そんな話をしていたせいだろうか。
「ハツキ、汗かいてるよ? 怖い夢でも見たの?」
心配そうに、ヒジリが顔を覗き込む。
「ヴォルズとの戦い、トラウマになっちゃった?」
「……いや」
ハツキは、無理に口角を上げた。
ヒジリが死ぬ夢を見た、なんて言葉にしたら、現実がそれをなぞってしまいそうで――言えなかった。
ここを早く離れたい。
もっと、安全な場所へ。
それはきっと、ヒジリも同じだった。
「じゃ、そろそろ行こうか」
「うん♪ 早く街に行ってお風呂入りたい……水、冷たいし」
洞窟を出て、地図を広げる。
位置・確認水の効果は、まだ残っていた。
「もう少しじゃない♪」
はしゃぐヒジリを見て、胸の奥に引っかかっていたものが少しだけ溶ける。
――夢で、良かった。
リーネまでの道のりは、本来それほど遠くない。
朝に出発し、昼過ぎには到着する予定だった。
だが、街に辿り着いた頃には、空は茜色に染まり始めていた。
「ヒジリさん?」
「……な、なに?」
「なんでこんなに遅くなったか、わかりますか?」
「……ご、ごめんなさい……」
ヒジリは俯き、小石を蹴りながら視線を泳がせる。
「だって……妖精、初めて見たんだよ? すっごく小さくて、ふわふわしてて……おいでおいでって手招きするんだよ? 追いかけたくなるじゃん……」
「それで、落とし穴に落ちて」
「……う」
「ヒジリ。まだ一回なら、ボクも許すよ」
「……」
「何回?」
「……ろ、6回……!」
「サバ読むな。7回だよ」
「も、もう! ほら、街に着いたんだし、ギルド行かなきゃ!」
逃げるように腕を掴まれ、強引に引っ張られる。
リーネは魔法が盛んな街だった。
宙に浮かぶ灯り、どこからともなく流れる心地よい音楽。
家々を守る使い魔、通りを掃除する魂入りの人形。
「わぁ……すごい……」
ヒジリは手を離し、小走りで雑踏に消えていく。
「迷子になるよ~」
「大丈夫! これがあるから!」
皮袋を指差す。
確かに、迷子にはならない。
「ちょっと探索してくる♪」
きらきらした目のまま、人混みに溶けていった。
「……早いな」
さて、と気持ちを切り替え、父に言われたギルドへ向かう。
街の中心に佇む、大きな白い建物。
派手さはないが、圧倒的な存在感があった。
重い木製の扉を押し開ける。
中には、掲示板、テーブル、椅子。
顔に傷のある戦士、杖を持つ魔法使い、白ローブのヒーラー。
「……いつ来ても、慣れないな」
視線が、痛い。
――ガキが何しに来た。
――ミルクは置いてねぇぞ。
――依頼人じゃないだろ。
嘲笑と侮蔑。
いつものことだ。
ヒジリが居なくて良かった。
絶対、面倒なことになる。
ため息を飲み込み、カウンターへ。
「リーネギルドへようこそ。本日のご用件は?」
受付の女性は、穏やかな笑顔を向けてくれた。
青髪、碧眼のヒューマン。整った顔立ちだ。
「……すみません。ハル=サンブライトの名前を出せば、わかると」
その瞬間、ギルド内が静まり返った。
「ご依頼ですね。かしこまりました。こちらへご記入を」
再び、ざわめきが戻る。
受付は、何も書かれていない黒い紙を差し出した。
「……?」
金色の文字が浮かび上がる。
――証拠を示せ。その後、違いますと答えろ。
理解したハツキは、服を捲り右腕を見せる。
黄金色の宝箱を守る竜の紋章。
「……違います」
「失礼いたしました」
羊皮紙が差し出される。
――確かに手紙は受け取った。
東エリアの『おかしなやどや』で待て。
魔法って、本当にすごい。
「……よし。まず一つ、完了」
その時、受付が手を握ってきた。
「私、ハル様の大ファンなんです。今晩、お部屋に伺っても……よろしいですか? ハツキ様」
「……え、あ、はい」
「ありがとうございます♪ 夜、楽しみにしていますね」
握った手を離し小指を出し、約束ですよ。と笑顔で受付は言う。
コホンと受付は咳払いをし、
「依頼確かに承りました。
依頼完了後またご連絡いたします。
リーネのご加護がありますように!カヅキ様」
「……?」
名前、間違えられた?
まあいいか。さてとヒジリに連絡しないと。
~ ハツキ?どこにいるの? ギルド着いた? ~
噂をすれば、だ。
~~ 今ちょうど終わったところ。今日は東エリアにある
「おかしなやどや」って宿に泊まることになった ~~
~ ……なにその名前? 変なの~♪ でも東エリアね? ~
~~ うん。東エリア。
先に着いたら、宿の前で待ってて。ボクも買い物したらすぐ向かう ~~
~ りょ~かい♪
じゃあ「へんなやどや」で待ち合わせね! ~
~~ 違うよ!おやかしなやどや!間違えないでね。「お・か・し・な・や・ど・や」 ~~
~ はいはい♪ 冗談よ!間違えないってば~ ~
ふふふ、とヒジリの笑い声が響き、
両思いの石は静かに沈黙した。
買い物を済ませ、宿へ向かう。
街路樹の下で、ヒジリが待っていた。
「遅い~~!」
「ごめん!」
「……ふーん」
そして、目の前に現れた宿。
巨大なお菓子の形をした建物。
――甘いあま~い一夜を
――二人のひとときを
「「……ほんとに、お菓子な宿屋だね……」」
ハツキは呆れ、
ヒジリは目を輝かせる。
「たくさん食べるぞ~~♪」
天使の翼を展開し、宿へ飛び込むヒジリを見ながら、
ハツキは小さくため息をついた。
――嫌な予感しかしない。




