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第21話 魔法の街 リーネ

移動する・苦痛(ペイン・ムーヴ)


「ヒジリは、そこから動けない」


ヴォルズが禍々しい靄を纏い、背後から斬りかかろうとしたヒジリの動きを完全に封じた。


「惜しかったな、ガキ共。本当の“恐怖”ってやつを、見せてやる」


ヒジリへと向き直り、骸骨を踏み砕く遠吠えする狼の刺青が刻まれた筋肉質な腕が、白く細いヒジリの首へと伸びていく。


締め付けられ、息が詰まる。


「ハ……ツ……キ……」


――ダメだ。


助けなきゃ。

今度こそ、間に合わなきゃ――



ゴンっ!


「イッタ~~!!」


洞窟内に、間の抜けた悲鳴が響いた。


「なにするのよハツキ! 起きてる時は勝てないからって、寝てる間に攻撃するなんて卑怯じゃない?」


頭を押さえ、口を尖らせるヒジリ。


……夢?


あまりにも生々しい感触に、しばらく現実との境目が掴めなかった。

昨日、もしヴォルズがヒジリに気づいていたらどうなっていたか――そんな話をしていたせいだろうか。


「ハツキ、汗かいてるよ? 怖い夢でも見たの?」


心配そうに、ヒジリが顔を覗き込む。


「ヴォルズとの戦い、トラウマになっちゃった?」


「……いや」


ハツキは、無理に口角を上げた。

ヒジリが死ぬ夢を見た、なんて言葉にしたら、現実がそれをなぞってしまいそうで――言えなかった。


ここを早く離れたい。

もっと、安全な場所へ。


それはきっと、ヒジリも同じだった。


「じゃ、そろそろ行こうか」


「うん♪ 早く街に行ってお風呂入りたい……水、冷たいし」


洞窟を出て、地図を広げる。

位置・確認水(コンパス・ウォーター)の効果は、まだ残っていた。


「もう少しじゃない♪」


はしゃぐヒジリを見て、胸の奥に引っかかっていたものが少しだけ溶ける。

――夢で、良かった。


リーネまでの道のりは、本来それほど遠くない。

朝に出発し、昼過ぎには到着する予定だった。


だが、街に辿り着いた頃には、空は茜色に染まり始めていた。


「ヒジリさん?」


「……な、なに?」


「なんでこんなに遅くなったか、わかりますか?」


「……ご、ごめんなさい……」


ヒジリは俯き、小石を蹴りながら視線を泳がせる。


「だって……妖精、初めて見たんだよ? すっごく小さくて、ふわふわしてて……おいでおいでって手招きするんだよ? 追いかけたくなるじゃん……」


「それで、落とし穴に落ちて」


「……う」


「ヒジリ。まだ一回なら、ボクも許すよ」


「……」


「何回?」


「……ろ、6回……!」


「サバ読むな。7回だよ」


「も、もう! ほら、街に着いたんだし、ギルド行かなきゃ!」


逃げるように腕を掴まれ、強引に引っ張られる。


リーネは魔法が盛んな街だった。

宙に浮かぶ灯り、どこからともなく流れる心地よい音楽。

家々を守る使い魔、通りを掃除する魂入りの人形。


「わぁ……すごい……」


ヒジリは手を離し、小走りで雑踏に消えていく。


「迷子になるよ~」


「大丈夫! これがあるから!」


皮袋を指差す。

確かに、迷子にはならない。


「ちょっと探索してくる♪」


きらきらした目のまま、人混みに溶けていった。


「……早いな」


さて、と気持ちを切り替え、父に言われたギルドへ向かう。


街の中心に佇む、大きな白い建物。

派手さはないが、圧倒的な存在感があった。


重い木製の扉を押し開ける。


中には、掲示板、テーブル、椅子。

顔に傷のある戦士、杖を持つ魔法使い、白ローブのヒーラー。


「……いつ来ても、慣れないな」


視線が、痛い。


――ガキが何しに来た。

――ミルクは置いてねぇぞ。

――依頼人じゃないだろ。


嘲笑と侮蔑。

いつものことだ。


ヒジリが居なくて良かった。

絶対、面倒なことになる。


ため息を飲み込み、カウンターへ。


「リーネギルドへようこそ。本日のご用件は?」


受付の女性は、穏やかな笑顔を向けてくれた。

青髪、碧眼のヒューマン。整った顔立ちだ。


「……すみません。ハル=サンブライトの名前を出せば、わかると」


その瞬間、ギルド内が静まり返った。


「ご依頼ですね。かしこまりました。こちらへご記入を」


再び、ざわめきが戻る。


受付は、何も書かれていない黒い紙を差し出した。


「……?」


金色の文字が浮かび上がる。


――証拠を示せ。その後、違いますと答えろ。


理解したハツキは、服を捲り右腕を見せる。

黄金色の宝箱を守る竜の紋章。


「……違います」


「失礼いたしました」


羊皮紙が差し出される。


――確かに手紙は受け取った。

東エリアの『おかしなやどや』で待て。


魔法って、本当にすごい。


「……よし。まず一つ、完了」


その時、受付が手を握ってきた。


「私、ハル様の大ファンなんです。今晩、お部屋に伺っても……よろしいですか? ハツキ様」


「……え、あ、はい」


「ありがとうございます♪ 夜、楽しみにしていますね」


握った手を離し小指を出し、約束ですよ。と笑顔で受付は言う。


コホンと受付は咳払いをし、


「依頼確かに承りました。

依頼完了後またご連絡いたします。

リーネのご加護がありますように!カヅキ(・・・)様」


「……?」


名前、間違えられた?


まあいいか。さてとヒジリに連絡しないと。


~ ハツキ?どこにいるの? ギルド着いた? ~


噂をすれば、だ。


~~ 今ちょうど終わったところ。今日は東エリアにある

「おかしなやどや」って宿に泊まることになった ~~


~ ……なにその名前? 変なの~♪ でも東エリアね? ~


~~ うん。東エリア。

先に着いたら、宿の前で待ってて。ボクも買い物したらすぐ向かう ~~


~ りょ~かい♪

じゃあ「へんなやどや」で待ち合わせね! ~


~~ 違うよ!おやかしなやどや!間違えないでね。「お・か・し・な・や・ど・や」 ~~


~ はいはい♪ 冗談よ!間違えないってば~ ~


ふふふ、とヒジリの笑い声が響き、

両思いの石フィーリング・ストーンは静かに沈黙した。


買い物を済ませ、宿へ向かう。


街路樹の下で、ヒジリが待っていた。


「遅い~~!」


「ごめん!」


「……ふーん」


そして、目の前に現れた宿。


巨大なお菓子の形をした建物。


――甘いあま~い一夜を

――二人のひとときを


「「……ほんとに、お菓子な宿屋だね……」」


ハツキは呆れ、

ヒジリは目を輝かせる。


「たくさん食べるぞ~~♪」


天使の翼(アンジェ・エール)を展開し、宿へ飛び込むヒジリを見ながら、

ハツキは小さくため息をついた。


――嫌な予感しかしない。

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