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第19話 奪う者、奪われる者

天使の翼(アンジェ・エール)


ヒジリの闘いの正装(バトル・ドレス)から、真っ白な翼が広がる。


次の瞬間、レイズが吹き飛んだ。

ドンっ、と衝撃音が遅れて響く。


ヒジリはヴォルズの方を向き、天使の笑顔のままスカートの裾を持ち、優雅にカーテシーをした。


「次は、あなた達よ」


地面を蹴り、ふわりと宙へ浮く。


「よくもレイズを!」


顔を真っ赤にし、怒りを露わにするライズ。

ヒジリへ手を向け、呟いた。


凍える矢雨フリージング・アローズ


無数の矢が降り注ぐ。

音速を超えるヒジリに、当たるはずがない。


すでに離れた場所に、ヒジリは立っていた。


「……イタッ!」


声を上げた瞬間、腕や脚から血が流れ出す。


完全に避けていた。

だが、何本かは確かに当たっていた。


その傷を見て、ライズはニヤニヤと笑う。

ハツキは、その一瞬の油断を見逃さなかった。


皮袋に手を入れ、低く呟く。

数秒待ち、そのまま手を引き抜くと、指を噛み羊皮紙に血を滲ませた。


闇からの大口(アバドン)


ライズの足元に漆黒の闇が拡がり、大きな穴が開く。


「しまっ――」


言葉を終えるより早く、ライズは闇に飲み込まれ、穴は閉じた。


「初めて使ったけど……なんか、ヤバめなアイテムだな」


ハツキは安堵しつつ、心に誓う。

――次は、使う場所を考えよう。


「ハツキもなかなかやるわね! 惚れ直したよ」

「ヒジリ、油断するな! まだめんどくせ~のが残ってる!」


ヴォルズは、こうなることが分かっていたかのように口を開いた。


「折角、喰わせてやったのに……こんなもんか」


喰わせた?

何を?


ヒジリは、その気配に押され、無意識に後退る。

喉の奥から、苦く酸っぱいものが込み上げてきた。


「なあ、知ってるか。ガキ共」


低く、ねっとりとした声。


「この世界には、願いを叶える代わりに何かを失う、莫迦臭い能力があるだろ?」


聞きたくない。

今すぐ耳を塞ぎたい。


・・・コワイ・・・


「聞いてるのか? さっきまでの威勢はどうした?」


不快な笑い声が暗闇に響く。


「俺はな、そんなのが嫌いなんだよ。

貰うのは好きだが、払うのが嫌いでな」


ヴォルズは続ける。


「だから考えた。タダで貰う方法をな」


――嫌な予感が、背筋を這う。


「適当に人を攫って、願わせる。

俺が欲しい能力を、な」


淡々と、残酷な事実を語る。


「大概、発狂する。

あったはずのモノが無くなるんだから、当然だ」


ヒジリの指先が震えた。


「次に殺す。

今度は俺が願いを叶えてやる。

――殺して下さい、ってな」


唇が歪む。


「満足そうな顔で死ぬんだよ。

……その後は」


ヴォルズは、思い出すように舌で唇をなぞった。

愉しそうでも、興奮しているわけでもない。

ただ――当たり前のことを語るように、続ける。


「……その後は」


目が、笑った。


「喰う」


禍々しい靄がヴォルズを覆う。


「能力者の肉を喰えば、能力は移る。

ただな……一つしか持てねえのが悩みだ」


「……もう、人間じゃないよね」


ヒジリが、ぽつりと呟いた。


「あたし、武器って嫌いなんだよ。

だって……あたしの意思に関係なく、殺しちゃう(・・・・・)じゃん」


確かに、ヒジリが武器を手にしている姿を、ハツキは見たことがなかった。


「でも……」


ヒジリは、真っ直ぐヴォルズを見る。


「コイツはもう人間じゃない。

あたしは、認めない!!!」


肩の力を抜き、冷静に。

冷酷に。

そして、残酷に。


「我が名は、ヒジリ=ブラン=エール。

悪しきモノを切り裂く力をこの手に。

顕現せよ――白き翼の刃」


虚空から羽が一枚、舞い落ちる。

掴んだ瞬間、白い光と共に直刃の剣へと変わった。


「もう……なにも喋らないで。穢れるから」


剣を握る手に、静かに力が籠もる。


「お前も喰ったんだな」


ニヤリと、楽しそうでも嘲るでもない笑みを浮かべ、ヴォルズが問いかける。


「その力は、ブラン=エールの秘術だろ?

代々、受け継がれてきたモノなんだろ?」


一歩、近づく。


「……喰うしかねえよな?

そうなんだろ? ヒジリ=ブラン=エール」


ヒジリの全身から、血の気が引いていくのが分かった。


「ち、違う! そんなことしていない!」


必死に否定する。


「この力は……先代の命が失われた時に、その血縁者に受け継がれる力。

喰うなんて……そんなワケ……」


言葉が、途中で止まった。


――あれ?


いつ、受け継いだ?


あの日。

お父様も、お母様も失った、あの日。


その時……?


記憶が、曖昧だ。

思い出そうとすると、頭の奥がざらつく。


もしかして――

滅ぼしたのは、“あたし”……?


家に戻る前に能力に目覚め、

怒りに身を任せて……自分の故郷を……?


――そんな、ワケ……


縋るように、ハツキを見る。


……震えている?


あたしを、見て?


あぁ。

あたし……やっぱり身も心も、バケモノ(・・・・)なんだ。


涙が零れ、手に力が入らなくなる。

剣を取り落とし、地面に落ちる。


カラン――

乾いた音だけが、やけに大きく響いた。


地獄の蔦(ヘルズ・アイヴィ)


息も絶え絶えに、レイズが呟く。


赤黒い蔦が地を這い、ヒジリの手足に絡みつく。


「少しはお役に立てましたか? ヴォルズ様」

「少しはな。だが――」


ヴォルズは顔を近づけ、囁く。


「抵抗する気力も無いようだが……念には念を、だ」


「お前の能力、ウマそうだな」


値踏みするような視線。


「俺にくれねえか?

代償は……お前が払うんだがな」


「……この能力は、ハツキだけのモノなの」


絶望に顔を歪めながら、それでもヒジリは言い切る。


「誰が……あんたなんかに、あげるものですか」


「そうか」


ヴォルズは、どこか納得したように頷いた。


「無理強いじゃ、譲渡は出来ねえ。

俺は研究したからな」


そう言って、ヒジリの右腕を掴む。


「どうか……お願いします、って言ってもらわねえと」


――パキン。


乾いた音。


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」


悲鳴が闇に響く。

視界が、涙で歪む。


「何本まで我慢できるかな?

ヒジリ=ブラン=エールちゃん」


愉快そうに、続ける。


「まぁ……無理すんなよ」


その声で、ハツキは我に返った。


――ボクは、なんて顔をしていた?


もし“喰って”受け継ぐのが真実なら、

父も、そうだったのではないか?


それしか方法が無いなら……

大事な人から受け継ぐ、大事な儀式だったのかもしれない。


ヴォルズの、身勝手な譲渡とは……違う。


「ごめん、ヒジリ……今、助けるから」


ハツキは、震える声で呟く。


罠・強奪(トラップ・スティール)


ヒジリに向け、手を伸ばす。


・・・ 対象:地獄の蔦(ヘルズ・アイヴィ) ・・・

・・・ マジック・トラップにつき移動・消去不可 ・・・

・・・ 罠・強奪(トラップ・スティール)終了致します ・・・


「……嘘だろ」


なんで……。

なんで、助けられない……?


また……目の前で……?


ヒジリが、痛みを堪え、ハツキに微笑む。


~ ハツキ、今までありがとう ~

~ こんなバケモノ(あたし)を、最後まで助けてくれようとしてくれて ~

~ 最後に、お願い…… ~

逃げて(・・・)


両思いの石フィーリング・ストーンから、か細い声が伝わる。

泣いている。


自分はどうなってもいい。

だから――逃げて、と。


――逃げられるわけないだろ。


ヒジリ、知ってるか?


ボクはトレジャーハンターマスターだ。

世界に名を馳せた、ハル=サンブライトの息子だ。

そして――


ボクは、ヒジリを護りたい。



その瞬間、視界が歪んだ。


色が抜け落ち、世界が反転する。

音も、距離も、感情さえも――均一化されていく。


モノクロの世界。



……違う。


これは、いつもの世界じゃない。

罠を“視る”ための世界だ。



・・・ 罠・強奪(トラップ・スティール)、進化を開始します ・・・



ハツキの足元に、無数の罠の輪郭が浮かび上がる。

地面、空気、魔力の流れ――

そこに仕掛けられた“意図”が、線となって重なっていく。


今までの能力は、

罠を「奪う」だけだった。


だが今は違う。


奪えない理由まで、見えている。



「なんだ、あれ……ガキを止めろ」

ヴォルズが声を荒げ、ヒジリの腕に力を込める。


「ハツキ!! 気にすんな、そのまま行け!!」

乾いた音が響いた。


パキン。



焦るな。

急ぐな。


奪えないなら――

“否定する”。



・・・ 二重罠・強奪ダブルトラップ・スティール ・・・

・・・ 対象:地獄の蔦(ヘルズ・アイヴィ) ・・・

・・・ マジック・トラップは移動不可 ・・・

・・・ 消滅のみ可能 ・・・

・・・ 発動確認 YES・NO ・・・



この罠は、

縛るためじゃない。


心を折るための罠だ。



「……YES」



答えた瞬間、

“地獄の蔦”を形作っていた魔力の論理が、反転した。


絡みつくための命令が、

存在を許さない命令に書き換えられる。


赤黒い蔦は、悲鳴を上げることすらなく、

静かに――消えた。



ハツキは、確信する。


奪ったんじゃない。

重ねたんだ。


罠の上に、

「ヒジリを護る」という意志を。



皮袋に手を入れ、呟く。


執着する刃アタッチメント・ナイフ



今度は、迷いがない。


数秒後――

罠として“設定された死”が、発動する。


鈍い銀色のナイフが、空間に縫い留められたように現れ、

一直線に走った。


「ヴォルズさ……ま……」


レイズの額に突き刺さり、声はそこで途切れる。

倒れるより先に、意識が落ちた。


「……俺には当たらねえ」


ヴォルズが嗤う。

その足元に、もう一本のナイフが乾いた音を立てて転がった。


「惜しかったな、ガキ。

俺には――当たらねえんだよ!」


叫ぶと同時に、ヒジリの太ももを踏み抜く。

骨が悲鳴を上げた。


「――っ!!」


声にならない声。

その瞬間、ハツキの胸に“罠の形”がはっきりと浮かぶ。


当たらないんじゃない。

“当たらない前提で世界を騙している”。


嘘を、真実として成立させる能力。



この距離なら――

スピードと微風の外套(エア・オーバーマント)で助けられる。


そう判断した瞬間、

ヴォルズの声が、直接頭に響いた。


「お前は――動けない」


体が、完全に止まった。


「……な……に……?」


命令じゃない。

現実を書き換えられた感覚。


「不思議か?

能力だよ。真実に為る嘘ライズ・アンド・トゥルー


ヴォルズは淡々と続ける。


「死ねとかは無理だ。

だがな、動きを止めるくらいは簡単だろ?」


ヒジリの首を掴み、持ち上げる。


「お前の力がありゃ、もう少し楽しめそうでな。

だから――それ、くれよ」


侵食され、変わってしまったヒジリの眼球を舐める。

ヒジリは、震える視線で見下ろし、唾を吐いた。


「……死ね。

誰が……あんたなんかに……」


その言葉を、最後まで言わせなかった。


地面に叩きつけ、

残っていた足を、容赦なく折る。


ヒジリは、もう動かない。



――守れなかった。


その事実が、胸を抉る。


涙が溢れ、視界が歪む。

憎悪だけが、鮮明だった。


コロシテヤル。



その時。


首の後ろに、

“熱”が走った。


痛みじゃない。

記憶でもない。


――理解だ。



なるほど。


そういうことか。



わかったよ。

お父さん。

お母さん。


ありがとう。



「――――――――――」



ハツキは、ゆっくりと顔を上げる。


「ヴォルズ。

ボクは――お前を許さない」


震えながら、

それでも立っていた。


「動けもせず、震えるだけのお前が、何を出来る?」


「確かに……ボクは、動けない」


一歩も、踏み出せない。


「でもね……」


ヴォルズの体に、

一本の“線”が入った。


次の瞬間、

それは――ズレた。


「……な……ぜ……?」


そこに立っていたのは、

黒の闘いの正装(バトル・ドレス)を纏い、

羽を持つ天使。


直刃の剣を携え、

冷たい瞳で、ヴォルズを見下ろしている。



「地獄に行くのは――あんたよ」



ヒジリが、

冷静で、冷酷で、残酷な表情で、

死に行くヴォルズを見下ろしていた。

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